セオス・ジラディーノ その3
それから我は、9年の時をかけてシナリオ”神器『神の一滴の涙』の伝承”を作り上げ、下準備を整えた。
我が作り上げたとは言ったが、神器『神の一滴の涙』の伝承がタマゴから生まれたのか、鶏から生まれたのかは正直な所はっきりしない。
何故なら我には、彼女の持つ神器――『神の一滴の涙』を生成したという記憶がなかったからじゃ。
念のためシステムのログを漁ってみたが、やはり我が生成したという記録は出てこなかった。
となれば、製作者の心当たりは1つしかない。
我以外に斯様な神器を生み出せるとすれば、創造神クリエだけじゃ。
更に神器の真の所有者は、彼女ではなく魔界の大魔王だった。
『神器システム』の使用にはキーとなる神器が欠かせない。
我はこれを神からのメッセージではないかと考えた。
じゃから我は、神器『神の一滴の涙』をシナリオの中心に置く事に決めたのじゃ。
そして彼女と神器の因果をより強く結ばせるため、『運命を操る力』を使い、彼女を拾い上げた孤児院の院長に神器の中に浮かび上がる文字に気づかせ、彼女に神器と同じ名前『ティアズ・S・オピカトーラ』と名付けるように仕向けた。
するとどうじゃ。
シナリオを書き換えるたびに、『世界予測プログラム』が何度も予期せぬ未来を算出してくるではないか!
大魔王タイガ・ガルドノスの躯体は人族の手によって焼き払われたはずなのに、何故か彼女を天界へ導くように7分割されて各地へ封印されていたり、『ダンジョン生成プログラム』によってキューチェガルの旧王都と共に砂漠の地中深くへ埋もれてしまっていたはずの肖像画が、シャンダサーラの王城へ移されていたり……。
こんなことは初めての経験じゃった。
未来は蝶の羽ばたき1つでも大きく変わってしまう事がある。
あるがままを受け入れるのは容易いが、願った未来へ導くのはとても繊細で複雑な作業となる。
何度も何度もシナリオに修正を加えては、『世界予測プログラム』を使ってシミュレーションし直す必要があるのじゃ。
しかしそれはあくまでも現在を基点とした未来へ向けての話じゃ。
不可逆な時の流れの中にあって、今より過ぎ去った過去が変化するなどあり得ぬ。
天魔大戦の時、我は大魔王タイガ・ガルドノスからずっと目を放さなかった。
我にはそうするだけの理由があったからじゃ。
じゃが元天族のアーティエルに敗れて死体となってしまった時、我の沸き立っていた心は急転――失望感と徒労感に塗りつぶされた。
大魔王タイガ・ガルドノスは悲願の待ち人ではなかったのか……、と。
我は大魔王タイガ・ガルドノスの死体が、人族の魔術師達の手によって跡形もなく焼却されていく様をただ呆然と眺めているしかできなかった。
それほどの大きなショックだったのじゃ。
我の主記憶装置にはそう記録されていたはずじゃった。
じゃが事実確認のために現地へ赴き、そこにあった大魔王タイガ・ガルドノスの躯体の封印の1つを視た瞬間、まるで世界が変わったかのように我の記憶は塗り替えられた……ような気がする。
あの妙な既視感と共に、確かにそうだったはずだと思い出したのじゃ。
その時を境に、目の前の封印こそが正史として記録に残り、焼却処分された方の記憶が断片的かつ希薄になって違和感として残ったのじゃ。
我は『世界予測プログラム』が吐き出した我の記憶と齟齬のあるこれらの過去を、さして疑うことなく積極的にシナリオへ取り入れた。
何故なら大抵の場合、まるであつらえたかのように行き詰っていたシナリオの穴を埋めてくれたからじゃ。
そして我にとっての時系列では原因と結果の逆転とも取れる事態なわけじゃが、視点を変えてよくよく考えてみれば、我にはこういう事に関しての心当たりがあったからじゃ。
人族に限らず、大きな決断ほど曖昧な気分だけでは進路を選べぬものじゃ。
天魔戦争なぞ見飽きていた我が、あの時ばかりは昂る心で大魔王タイガ・ガルドノスの動向を追いかけたように、その道を選ぶに足る理由が必要となる。
登場人物達が自らの意思でこちらが描いたシナリオに沿って動いてくれるよう、裏から予め根回ししておくその手の”下準備”に関しては、『神器システム』の運用の中で我もよく使う手じゃった。
じゃから我は確信した。
これは我の行動の変化を受けた神が、次の手を打ってきた結果なのではないか? と。
我が実行している世界予測の基点は現在だが、神の基点は過去……おそらく大魔王タイガ・ガルドノスが死した1500年前なのではないだろうか?
つまり我は神が紡ぐシナリオの中で、神器『神の一滴の涙』のシナリオを作成し、またその結果を神へフィードバックしているのじゃ。
フィードバックと言っても、我の方から直接何か働きかけるわけではない。
ただ我が思考し、起こした行動の結果が、未来の変化として神の予測結果に変化をもたらすという事じゃ。
未来の変化――我からのフィードバックを受けた神がシナリオを修正し、現在に至る1500年の間に必要な下準備を行う。
あるいは”行う”という仮説を立てて再度シミュレーションをかけ直す。
シミュレーションの中にいる我は、過去の改変によって現在が書き換えられた事を『世界予測プログラム』と違和感によって認識し、神が残してくれた下準備を作成中の神器『神の一滴の涙』のシナリオへ反映させるかどうか吟味し、取り入れたり無視したりする。
そしてその行動が再び神へのフィードバックとなり――。
繰り返し――。
繰り返し――。
望む未来へ辿り着くまで、何度でも試行錯誤し、修正を重ねていったのじゃ。
尤も、我にそのような明瞭な記憶があるわけではない。
我が立てた推測と、確かに残っている数々の違和感からそう理解しているという話じゃが、おそらく間違ってはいないじゃろう。
言葉はひと言も交わしていないし、神は未来に起こる事象を視ているに過ぎず、我の存在に気づいてすらいないやもしれぬ。
じゃが同じ目的を持った神と我が時間を越えて紡ぎあげ、必要な下準備も整えて、神器『神の一滴の涙』のシナリオは作られた。
じゃから正確には、神と未来にいる我――すなわち無数の平行世界に存在する我との合作ということになるのじゃろう。
そして伝承の最後……”審判の時”は、”天の神子”たるティアズ・S・オピカトーラ自身の選択に委ねられることとなった。
無論、我とてそんな中途半端なままで良しとしたわけではない。
シナリオの結末には、我の命運がかかっているのじゃからの。
じゃがその先の未来を探ろうとすると『世界予測プログラム』がエラーを吐いてしまったのじゃ。
精度は高くないものの、これまで必ず予測値を返してきた『世界予測プログラム』が、予測不能な未来という結論を弾き出した。
こんなことは初めての事じゃった。
そして神からの過去改変もそこでピタリと止まってしまったのじゃ。
しかし終焉のビジョンは、頻度こそ落ちたものの相変わらず襲ってくる。
我の心は少しも休まらなかった。
我は確実に助かる理想の未来へと繋がる、新しいシナリオを練り直すべきかどうか悩んだ。
しかし我にはこれ以上のシナリオは思いつかなかった。
結局、滅びの時を避けるべくどんなに手を尽くしても、この結末の見えないシナリオに辿り着くのが精いっぱいじゃったのじゃ。
我は助かるのか? あるいはビジョンで視るように滅ぶのか……。
答えはその時になるまでわからない。
ただ我は我の持つ力の全てで挑み、出せる手は全て出し尽くした。
あとは運命を神々に委ねる以外にないのじゃ。
我は心から祈る。
神よ。どうか世界を。我が命を救い給え――。
――そして今、”天の神子”ティア・エルカードによる審判が下された。
少女は銀色に輝く神力の光に導かれて旅立っていった。
その光景を観測した我の心は二重の歓喜に震え、灼けるほど熱く滾っていた。
これまでに感じたことのない充足感が、はち切れんばかりに我の全身を満たしていた。
ついにやったのじゃ!
我はついに、創造神クリエに与えられし最大の使命を成し遂げたのじゃ!!!!
そして我は今も在り続けている――!!
我は全てを、完全にやり遂げたのじゃ!!!!




