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審判の時 その12

「四天ともあろう者が……諦めが良すぎるぞッ!!」


 倒れていたゼクスが血だらけの顔を上げると、私に向かって巨大な魔力図を発動させた。


 まだそんな余力を隠していたのか。


 いや、ここは魔族がその力を最大限に発揮できる魔界だ。


 魔力の回復が即時ではないにしても、量だけなら無限にある。


 しかも相手は魔界を統べる大魔王達だ。


 どんなに躯体がボロボロでも、魔力図を描く集中力さえ残っていれば魔法くらいは撃てるのかもしれない。


 瞳を焼くほどの強烈な光の束が私に迫る。


「邪魔をするな!!」


 私は叫んだ。


 視界が銀色に輝いた瞬間、ゼクスが放った魔法は風となって掻き消えた。


「あんたたちもだよ!」


 他の大魔王達が隠すように構築していた魔力図に視線を投げて破壊していく。


 ゼクスが、他の大魔王達が、そして大天使達が目を丸くして固まる。


「野郎……! 魔力図破壊の射程が劇的に伸びてやがる。奴はこの戦闘で更なる成長を遂げたってのか!?」


「恐るべきはそこではないでしょう、プエル! 貴方は観ていなかったのですの? 彼女は魔法効果そのものを視ただけで打ち消したのですよ!」


 オルタネイルが叫ぶ。


「うぅ……っ!」


 眩暈を感じてぐらりとよろけた私は両手で自分の頭を押さえつけた。


「煩い……っ、殺せだの憎いだの! あんたも邪魔だよ。すっこんでなさい!!」


 再び視界が銀色に輝いた瞬間、私の中に渦巻いていた魔が神力に抑えつけられて縮小する。


 身体が少し軽くなったような気がする。


 背中に生えていた漆黒の翼が消滅したせいか。


「ティアを包んでいた魔が……あれほどの魔が一瞬のうちに消失した。それにあの銀色に輝く瞳は一体……?」


 ヴァレンテイルが呟く。


「わからぬ。だが俺には魔が別の力によって……あの銀色の光によって制圧されたように観えた」


「エンドイルの推測は当たっているかもしれない。あの瞳の光……神器に展開する神の魔力図の光とよく似ている。ゼクスの魔法を打ち消した力も、もしかすると……」


 ラフィーエルが言った。


「神の力だというのか?」


 私を見下ろしながらエンドイルが息を呑んだ。


「はぁ……っ! はぁ……っ! これは私がちゃんと考えて答えを出さなきゃいけない問題なんだ……っ! 天も魔も、神様も、誰の誘導も干渉も許さない!!」


 私は大天使達が羽ばたかせている翼周りの気流を乱すのと同時に、この場の全員が収まる広範囲で重力を1000倍へ変えた。


 困惑の声を漏らしながら急速落下してきた大天使達が、次々と地面へ縫い付けられていく。


「なんだっ? こりゃあ……!」


 プエルが力みに震える声で叫んだ。


「う……動けぬ!!」


 ゴスドエルが冷や汗を流しながら言った。


「重力魔法、なのか?」


 エンドイルが言う。


「違いますわ。これは断じて魔法ではありませんわ!」


 オルタネイルが叫ぶ。


「全員、そのまま動かないで」


 銀色に輝く世界で、私はまっすぐ背筋を伸ばした。


 大魔王達も大天使達も地面に押し潰されたように身動きできない。


 そんな中、たったひとりだけ超重力に逆らって立ち上がる者がいた。


 私はその者を睨みつける。


「タイガァ……!」


「ああ……」


 私はタイガの目の前まで歩み寄った。


 鼻先が触れる距離で見つめ合う。


「お前が私のお父さんを、お母さんを殺した!!」


「そうだ……」


「許さない!!!!」


 私は手にしていた杖でタイガを殴りつけた。


 タイガの顔を、足を、体を、頭を、本気で殴りつけた。


 周囲に血が飛び散る。


 しかしタイガは少しも避けるそぶりすら見せず、ただ黙って体で受け止めている。


「どうして! どうして殺したの!!」


 タイガの足元に血だまりが広がっていく。


 それでも私はタイガを殴り続けた。


「なんとか言いなさいよお!!」


 タイガの頭へ向かって渾身の力で振り下ろした杖が、耐え切れずに折れた。


「……すまない」


「許さない! 許さないんだから!!」


 私は両拳でタイガを殴った。


 手がどんどん血で染まっていく。


 超重力に抗えなくなったタイガが、崩れ落ちて地面に縫いつく。


 私の隣では黒い私がそれを見て愉快そうに微笑んでいる。


 私の胸は張り裂けんばかりの激痛を訴えていた。


 だけどこれは私の感情じゃない。


 流れ込んできているタイガの胸の痛みだ。


「いくら反省したって……後悔したって! 奪われた命はもう還って来ない!!」


「ああ……」


 タイガが悲しそうな目をして深く俯く。


「俺は……取り返しのつかねーことをした。だが俺は……償い方を知らねぇ……。だから……この命をお前に差し出す」


「う……っ、馬鹿ぁ!!!!」


 私は血だらけのタイガの首に抱き付いた。


「あんたが死んだって……2人は還って来ない。私の気持ちだって晴れない。もう……これ以上家族を失うのは……あんな身を斬られるような悲しみは沢山だよ……っ」


「ちょっと! まさか許すつもり!?」


 黒い私が言う。


「許せないよ、許せる訳がないよ!」


「命でも駄目なら俺は……どうすればいい……。どうすれば……」


 私の首筋に温かい物が流れた。


 それは血ではなく、タイガが流した涙だった。


「……傍にいて」


 私はタイガの首から顔を離すと、まっすぐ目を見つめてもう一度言った。


「ずっと私の傍にいて。私が死ぬまで、ずっと!」


 タイガが涙でぐちゃぐちゃになった目で私を見つめる。


「わかった。お前が望む限り……俺はお前の傍にいると誓う」


 タイガがひれ伏すように地に頭を付ける。


 私は覆いかぶさるようにタイガの頭に抱き付いた。


「ふざけないでよ! こいつは親の仇なんだよ!? 目の前で殺されるところを見たでしょう!」


 黒い私が捲し立てる。


 ズキリと胸の奥が痛んだ。


「見たよ。あんな酷い事ってないよ……!」


 思い出すだけで胸が締め付けられる。


「だったら……!!」


「私ね。怖かったけど、嫌だったけど、あの時に観たシーンをよく思い出してみたんだ。そしたらね、気づいたんだよ」


「気づいたって、何を……」


「アーティ母さんが封印魔法を放つ直前に、私に向けて呟いたひと言にだよ」


 私は黒い私に言った。


「出鱈目言わないで! あの時お母さんは私に背を向けてた。声だって聞こえてない!」


 私は首を横に振る。


「あなたが私なら覚えているはずだよ。よく思い出して。タイガの瞳に映るアーティ母さんの口元を」


「口元……?」


 黒い私がハッとしたように口を開く。


「『幸せになりなさい。ティア』……?」


 私は涙でぼろぼろの顔で黒い私に微笑んだ。


「タイガの爪がアーティ母さんの身体を切り裂いた時、お母さんはとても満足そうに笑ってた。きっと私を守れたことがうれしかったんだね」


「う……」


 黒い私がたじろぐ。


「お母さんは復讐なんて望んでない。願っているのは私の幸せなんだよ。きっとお父さんも……」


「そ……そんなの……っ! じゃあ、私の! 私達のこの憎しみはどうしたらいいの!?」


 私は小さく首を横に振る。


「アーティ母さんは命の全てを天力へ変えて封印魔法を発動させた。タイガの爪に引き裂かれるより前に、アーティ母さんはもう息絶えていたんだよ。そしてタイガの魂も……」


 あれは2人の魂が肉体を離れた後の事だったんだ。


「だとしても! タイガがお母さんを殺したことに変わりないじゃない!!」


 その通りだ。その事実に変わりはない。


「じゃあタイガを殺す? そんなことをしても気は晴れないってわかってるのに、あなたは同じ事を繰り返すの?」


 黒い私が悲しそうな顔をして俯く。


「私は誰も殺さない。殺したくない。憎しみで命を奪ったところで2人はもう帰って来ないし、悲しみは消えない……何も解決にならなかったもの。なによりもアーティ母さんが私に望む幸せから遠のいてしまうから」


 タイガや魔族を滅ぼしたところで、得られるのは悲しみと失望感が増しただけの空虚だけだ。


「タイガは私の家族だもん。見捨てたりなんてできない。私の悲しみとタイガの反省と、どう整理をつけたらいいのか、一緒に考えて行こうと思う」


 私は涙を拭って顔を上げると黒い私を真っ直ぐ見据えた。


「これが私の選択、答えだよ」


「それでいいの?」


 黒い私が困ったように微笑む。


「……うん」


 私は彼女を安心させるように、努めて明るく微笑み返した。


 私はお父さんとお母さんの命を奪ったタイガを許さない。


 許せる日はきっと来ないと思う。


 だけどタイガは私の大切な家族だ。


 こんな悲しい事は2度と起こさないように、家族である私がしっかりとタイガを見張り続けるんだ。



 その時、世界が銀色の光に包まれた――。

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