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大魔王タイガ・ガルドノスの城

 つんざくような耳鳴りに似た音を響かせて、巨大な魔力図は砕け散って消失した。


 けれど門そのものは消えずに残っている。


 どうやら門自体は魔法によって生み出された物ではないらしい。


 でも門の扉の向こうに映し出されていた人界の景色はもう見えないので、空間転移ゲートとしての効力は間違いなく消えている。


 これで魔族達は人界へ渡ることが出来なくなったはずだ。


「よし。この場は逃げるよ、タイガ」


 タイガが不満そうな顔で私を見る。


「戦いならルーヴァの城があるじゃない。ここは一旦引こう。ね?」


「ちっ」


 タイガが馬サイズに変わる。


 私はその背に飛び乗った。


 タイガが門を登るように空へと飛翔する。


 私は目の前を下へ流れていく魔界の門を眺めた。


 本当に大きな門だ。


 空間転移するだけなら空間転移ゲートの魔法だけで事足りるはずなのに、どうしてわざわざこんなものを造ったんだろう?


 そう思うと、この門になんの役割もないとは、ちょっと考えづらい気がしてくる。


 空間魔法と言えば、空間を操るという特性上、とてもデリケートで不安定な要素を含んだ超高難度の魔法だ。


 これだけ巨大な空間転移ゲートをずっと開き続けるのは相当に難しいはず。


 もしかしたらこの門は魔法を補助する魔道具の様な物で、巨大過ぎる空間転移ゲートをこの場に長時間安定維持させるための役割があるんじゃないだろうか?


 あくまでも予想で確かな事はわからないけれど、完全に壊してしまえばそれだけ復旧に時間がかかるはずだよね。


 よし、念には念をだ!


「タイガ、門を完全に破壊して!」


「いいのか? 100年は戻れなくなるぜ」


 意外な事に具体的な数字を出してタイガは私に確認をしてきた。


 やっぱりあれは重要な物なんだ。


「心配いらないよ。帰る方法ならいくつか心当たりがあるから。やって!」


 タイガが門から距離を取りつつ、巨大な魔力図を描き出す。


 眼下に見える魔界の門が大分小さくなってきた頃、気が付けばいつの間にかタイガはヴァリアントブラッドベアーサイズへと変化していた。


 タイガの折れた2本の角の先に展開する巨大な魔力図は、濃密な魔力に満たされて煌々と輝いている。


 予想に反した大袈裟な行動に、私が嫌な予感を感じて制止しようとしたその時――タイガは魔法を発動させた。


 魔力図から巨大な白い火球が音速で放たれる。


 それは瞬きの間に魔界の門に着弾し、瞬間、周囲一帯を飲み込む白い巨大な火柱を立てた。


 轟音に遅れて強烈な爆風が駆け抜ける。


「わふ……っ!」


 私は振り落とされないように必死にタイガにしがみついた。


 爆風が落ち着いてから顔を上げた私は唖然とした。


 視界の悪さから詳細はわからないけれど、魔界の門があった場所を中心に、半径100mほどの一帯が真っ赤に染まっている。


「ちょっ、いくらなんでもやりすぎじゃない!?」


「中に高硬度の魔鉱石が使われてるんだぜ? これくらいしねーと壊せねーよ」


 タイガはそう言うと馬サイズへと戻った。


「そう、なの?」


 私は赤く燃え盛る大地を見つめた。


 魔族軍が目の前の有様に騒然としている。


 少し離れた場所に待機していたおかげで直撃は免れたとは言え、それでも相当な熱風に襲われただろうに。


 思いのほか元気そうだ。


 元から熱耐性があったのか、もしくは防御魔法によって防いだのか……?


 いずれにしても同じ事なのかもしれない。


 魔界は魔の者が最も実力を発揮できる場所なんだ……。


 決して侮っていたつもりはないけれど、私はもう少し認識を改めるべきかもしれない。


「ルーヴァの城はあっちだぜ」


「待ってタイガ」


 先を急ごうとするタイガを私は呼び止めた。


「その前にタイガの城を見てみたいな」


「あ?」


「門は壊しちゃったし、今回は別に急ぐ旅じゃないでしょう? せっかく魔界に来たんだもん。いろいろ見て回りたいじゃない」


 振り返ったタイガの目が、いますぐにでもルーヴァの城を攻めたいと訴えている。


 だけど私もそこは引きたくなかった。


 この旅は急ぎたくないから……もう少しだけ、気持ちを整理する時間を私に頂戴……。


「だめ?」


「何も面白れーもんはねーぜ」


「それでもいいんだよ。私はただ、タイガが生まれ育った世界の事を知りたいだけだから」


 しばらくタイガと見つめ合う。


「……ちっ。城を見たらルーヴァのところへ向かうぜ」


「うんっ。えへへ」


 タイガは方向転換すると空を蹴った。



 魔界は私が想像していた通りとても広かった。


 幾度となく野営を繰り返しながら、広大な湿地帯を抜け、雷鳴の轟く渓谷を突き進む。


 タイガの城はそこから更に灼熱の大地を越えた先にあるみたいだ。


 ここまで町や村らしいものは一度も目にしていない。


 もしかしたらタイガがトラブルを避けて、敢えてそういった場所を避けて通って来ただけかもしれないけれど。


 私が目にしたのは、人界では見られないような様々な地形や異常な自然環境と、そこで争い戦っている魔族や魔物達の姿だけだった。


 中にはタイガに襲い掛かってきた命知らずの飛行系の魔物もいたけれど、結果は言うまでもない。


 灼熱の大地を抜けると天まで届きそうな巨大な黒竹が生い茂る土地へと変わっていった。


 私は発動していた断熱の防御魔法を解除する。


「ここが、タイガが支配する領地?」


「ああ」


 いままで灼けるほど熱い場所にいたせいだろうか?


 巨大な黒竹の間に吹き荒ぶ風が、ひんやりと涼しくて気持ちいい。


「いい風だね」


 私は風に乱れる髪を手で押さえた。


「全然変わってねー」


 タイガが懐かしそうに辺りを見回している。


 私は微笑んだ。


 1500年ぶりの帰郷だもん、タイガにも思う所はあるよね。


 タイガは記憶を辿る様に、ゆっくりと竹林の中を飛翔して進んでいく。


 ここまで魔界を旅してきて分かった事だけど、それぞれの土地の環境は支配者たる大魔王の特性に由来しているようだ。


 湿地帯は大魔王メイダス、雷鳴轟く渓谷は大魔王ジラトス、そして灼熱の大地は大魔王ミューズの支配地だった。


 そこに生息している魔族や魔物も、支配者たる大魔王の姿に大きく影響を受けているみたい。


 これは大魔王が発する強力な魔力が、長い年月の間にその土地の魔素になんらかの影響を与えているからなのだろうか?


 非常に興味深いところだ。


 タイガが支配するこの土地も同様のようで、虎型や竜種の魔物をよく目にする。


 ただ他の地域と違って、ここには魔物はいても、何故か人型の魔族は見当たらなかった。


 竹林を抜けて開けた場所に出ると、小高い丘の上に鎮座する城が姿を現した。


 急に現れた人工的な建造物に、私はなんだか違和感を覚えた。


「あの城はタイガが造らせたの?」


「俺が生まれる前からあった城だぜ」


「そんなに大昔から……」


 ということは、石造りに見えるあの城も魔鉱石で造られているのかな。


 タイガは城の入口ではなく、2階のバルコニーへ降りた。


 黒猫のタイガの後に続いて私も城の中へ踏み入る。


 埃臭い城内は静まり返っていた。


 明かりの点いていない薄暗い廊下を進んでいく。


「誰もいないね」


「ふん。俺がいねー間ですら、足を踏み入れる度胸のある奴がいねーとはな」


 平然としてタイガは言ったけれど、私にはタイガの感情が届いている。


 隠しきれないよ……。


 私達は玉座の間に辿り着いた。


 壮観なはずの立派な玉座の間は、だだ広い場所にぽつんと玉座が置かれているようで、物悲しい雰囲気が漂っていた。


 魔界最強と謳われた大魔王は、この広い城で孤独だったの?


 私は玉座に腰掛けた。


 誰もいない玉座からの景色は、想像していた通り寂しいものだった。


「ねぇタイガ。しばらくここで一緒に暮らしてもいいかな?」


「あ? ルーヴァはどーすんだ?」


「もちろん会いに行くよ。でも言ったでしょう? 今回は別に急ぐ旅じゃないしさ。ひと月くらい。ね、いいでしょう?」


「……ふん。勝手にしろ」


 顔を背けたタイガに私は微笑んだ。


「決まりだね!」

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