天魔戦争 その3
「そう願うよ」
私は力なく笑った。
正直エンリを助けることで頭がいっぱいで、その後の事なんて全く考えてなかったから。
「ところでお前は、敵軍のかなり深い場所から戻ってきたという話だが、魔族の兵士は見たか?」
「魔物達なら見たけど、それのことじゃなくて?」
「ふむ……どうやら此度の天魔戦争は少し違うようだな」
ヴァンが考え込む。
「違うって何が?」
「保存されている限りの記録に依れば、連綿と繰り返してきた天魔戦争には、大魔王が現れた天魔大戦という例外を除けば毎回必ず決まった流れがあるのだ」
「戦闘に決まった流れなんてあるの?」
私は首を傾げる。
得意な攻め方やコンビネーションはあるけど、毎回同じ攻め方を見せていたら対策されて裏をかかれるだけだと思うけど。
「個人や小隊レベルの話ではない。天魔戦争全体の大枠でという意味だ。魔族の軍はまず最初に『死の森』や『黄泉への誘い』に生息する魔物を先兵としてぶつけてくるのだ。奴らはその後ろに陣を敷き、我々の戦力や手の内を探って対策を練る」
「魔族が対策を……?」
ちょっと驚いたけれど、そもそも魔族は人界の魔物と違って言葉も使うし、知能が圧倒的に高い。
情報戦くらいしかけてきてもおかしくないのか。
「だが厄介なのは奴らが考えつく対策の方なのだ。いや、例え考えることがあったとしても、普通はやらないような手段を実行してくるところにある」
「……どんなことを?」
私は恐る恐る訊ねた。
「国同士が戦争をする場合、普通は敵国の国土や街を必要以上に破壊したり、一般人を、特に職人を虐殺するような真似はしない。人道的な倫理という側面もあるが、実際は戦争をする目的がまさにそこにあるからだ。莫大なコストをかけて戦争に勝っても、手に入るのが焼け野原では意味がない」
ヴァンは少し前かがみになってテーブルに両肘をついた。
「だが魔族は違う。人が築き上げてきた文化や豊かな土地になど興味はないのか、平気で街を滅ぼすし、畑を焼き尽くす。そして自軍の兵士の命すらためらいなく捨て駒に使うと記録には残されている」
魔界は弱肉強食だ。
強者の命令に弱者は逆らえない?
なら魔族の習性を逆手にとれないだろうか。
「だったら群れのリーダーを潰せば……」
「そうです。だから一番強い指揮官の魔族を倒すことが、天魔戦争をいち早く終結させる最も有効な手段なんです」
「エンリ!?」
カブトにいちゃんと並んでエンリがテントに入ってくる。
私はエンリに駆け寄ると、飛びつくように抱き付いた。
エンリの両手が私の背中をやさしく包む。
「もう起きても大丈夫なの?」
「ふふふ。はい。ティアのおかげです」
話したい事がいっぱいあるけれど、何から話したらいいのやら。
「エンリ~~~~っ」
感極まった私は、エンリをぎゅっと抱きしめた。
「はう、苦しいです。ティア」
「ごめん。うれしくて、つい。えへへ」
エンリから離れる。
「申し訳ありません。パンテロン卿。私達は失敗してしまいました」
エンリが申し訳なさそうにヴァンに頭を下げる。
ヴァンは席を立つと、エンリの前へ歩み寄った。
「頭をお上げください。ルーフィルド卿。謝罪すべきは私の方だ。これは私の読み違いのせいです。先兵の魔物の壁がかつてないほど厚かったようです。むしろよく生きて戻られた」
「ティアに助けられました」
「そうであったか」
ヴァンが私に微笑む。
ひとまず私達は各々円卓の席についた。
「先程ルーフィルド卿が申された通り、被害を最小限に抑え、天魔戦争を早期終結させるには、精鋭部隊による敵将の暗殺が最も有効な手段なのだ。無謀とも言える作戦だが、これは1500年前の天魔大戦以降、成果を上げてきた実際的な戦略でもある」
「天魔大戦から?」
私の疑問にエンリが口を開く。
「そうです。私も監視塔からの知らせが届いた夜にお父様から真実を聞かされました。どうやらルーフィルド家に伝わる特級魔法は、1500年前に屋敷に滞在していた天使アーティエルから授かったものらしいです」
「アーティエルが? って、ちょっと待って。いまの話ってつまり……」
「はい。敵将の暗殺。それが秘密にされてきた私達『紫丁香花の騎士』の本当の目的なんです」
「恐怖で支配されてる魔族の兵士共なんざ、親玉をやっちまえばバラバラよ。逃げ出す奴も出るだろうぜ。そうなりゃ、俺達は脳みその軽い目の前の魔物さえブッ殺せれば、国も街も守り切れるって話だったんだ」
カブトにいちゃんが補足する。
「だがよぉ。今回の大将はどうやら腰抜けらしいぜ。あれだけ深く切り込んだってのによ、まったく姿が見えなかった。戦線から遠く離れた後ろに引っ込んでるみたいだぜ」
「おかげで皆さんには無理をさせてしまいました。カブトさん以外の『紫丁香花の騎士』は皆、特級魔法のために生命力を使い果たして……」
エンリが悲しそうに俯く。
「おめぇは何も間違っちゃねえ。全部必要な魔法だったぜ。それがなきゃ、あっこまで辿り着く前に全滅してたんだからよ」
「カブトさん……」
「ふむ……。敵の大将を討ち取るのが難しいとなると、真っ向からの持久戦か……」
難しい顔をしてヴァンは両腕を組んだ。
沈黙が流れる。
「大丈夫だよ。敵の大将が強い魔族なら、黙っていてもタイガがきっと倒してくれるよ」
暗い空気を打ち消すように、私は努めて明るく言った。
タイガは強い相手を求めてる。
一番強い魔力を持つ魔物を探し出して戦闘をしかけるはずだ。
「あん野郎がそこまで信用できっかよ。そもそもこいつは人と魔族の戦争なんだぜ。俺達人の手でなんとかするべきだろがよ」
「そうは言っても他に手がないんでしょう? 正面からやり合えば戦争は長引くし、被害も大きくなる。さっきそう話してたじゃない」
「んな事言ったってよぉ。あいつは魔界の大魔王なんだろ? 要は魔族の親玉じゃねえか。んなモンに作戦の要を任せて、もし裏切られたらどうすんだ? 取り返しのつかねぇ致命的な失態になるぜ」
「タイガは私を裏切らないもん!」
「んな保証がどこにあんだよ」
なによぉ。カブトにいちゃんはタイガと馬が合わないからって、こんなところまで持ち出したりして!
「保証なんてなくても、そうだもん!」
「2人共少し落ち着け」
ヒートアップしてきた私達の間にヴァンが割って入る。
「この戦場を任されている俺としてはカブトの意見に賛成だ」
「そんな……」
「誤解のないように言っておくが、ティアズと大魔王タイガ・ガルドノスの間の事まで疑うつもりはない。だが我々と大魔王との間にはなんら信頼関係が築かれていない事も事実であろう?」
「それは……」
返す言葉がない。
「である以上、やはり作戦の要を任せることはできぬ」
「……もう一度、紫丁香花の騎士になってくれる有志を募って、私が行きます……!」
ずっと押し黙っていたエンリが言った。
「エンリ!? 何を言ってるの!」
「これはルーフィルド家の使命ですから……私がやらなきゃなんです!」
エンリの目は真剣だ。
「エンリはもう十分やったよ。また戦場へ戻る事はないよ!」
「おめぇが行くってならよ。モチロン俺も行くぜ」
「ちょ、カブトにいちゃん!?」
「カブトさん……はいっ」
エンリがカブトにいちゃんに向かって微笑む。
カブトにいちゃんもどうかしてる!
エンリが死んじゃってもいいっていうの!?
「そんなの絶対駄目!!」
私は椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がった。
「せっかく助けられたのに……っ、そんなことさせない!」
「ティア……」
「……私が行く」
私は円卓に着く全員を見渡す。
「私が行って、魔族軍の大将を倒してくる!!」




