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七大天使《セブンス・ゴスペルズ》 その2

 最高指揮官は報告を終えたのか、エンドイルに会釈すると翼をはためかせてその場から離れて行った。


 エンドイルが私の方を見ながら大天使達に言う。


「どちらも信じがたいことだが、争うつもりがないというのは本当のようだ。そして大魔王タイガ・ガルドノスがこの者の言葉に従っているという事も」


 そして私の肩へ視線を向ける。


「しかしどういう心境の変化だ。お前は台頭を表しはじめたばかりの若輩だった頃も、前大魔王を打ち倒すほどの強者へと登り詰めた後も、純粋とも取れるその本質は変わらず、不動のものだったではないか」


「あ?」


 私の耳元でタイガが呟く。


 タイガにもエンドイルが言ってる意味がわからなかったらしい。


「天も魔も人もなく、自も他もない。常に闘争の中に身を置き、そこへ踏み入った者には一切の躊躇いも容赦もなく、全霊の魔を以って(ことごと)く屠るのみ! それがお前だったはずだ。そのお前が、何故一人も殺さなかった? 孤高のお前が、まさか本当に誰かの下についたというのか?」


 タイガはエンドイルから顔を背けると、あざ笑う様に鼻を鳴らしただけで質問には答えなかった。


「あの、私とタイガは主従の関係じゃないよ。誰も殺さなかったのは、単にタイガが私のお願いを聞いてくれたからだよ」


 エンドイルが私を見る。


「尤も、今は殺さずに制圧する事に楽しみを覚えてるみたいだけどね」


 私は知っている。


 タイガは手加減を覚えてから、殺さずに相手を制する事にちょっとずつ喜びの感情を抱くようになっていった事を。


「凶魔の暴風。漆黒の天災」


 エンドイルが呟くように言った。


「え?」


「踏み入った者に絶対的な死を与えるハリケーンの如き戦い様からつけられた通り名だ。全身に纏う禍々しい魔力と、踊り狂う爪と牙が血と肉で織りなす巨大な奔流の中で、魔と闘争に酔いしれた瞳を歓喜の光で深紅に染める――まさしく天災と呼ぶに相応しい大魔王だった。そのタイガ・ガルドノスが、殺さずに制圧することに喜びを感じるだと?」


 私はエンドイルに向かって小さく首を横に振った。


「1500年以上も大昔のことなんて私にはわからないよ。私にわかるのは今のタイガだけだもん。けど、タイガがそうしてきた理由ならわかるよ。タイガは命を懸けた闘争の先に魔の深淵を見出したんだ」


 魔の深淵へ辿り着く事――それはタイガがずっと焦がれ続けてきた夢だ。


 タイガにとって己が生まれた意味と生きる目的と言ってもいいくらいのものだと思う。


「ただそれとは別に、元来戦う事が大好きなタイガにとって、勝ち方に拘る戦闘はいままでになかった新しい発見をくれたんだと思う」


 封印を解いて力を取り戻していくほどに、格下の相手との戦闘は、むしろ実力差が離れれば離れるほど繊細な力加減が必要になって難しくなった。


 同格以上の相手と全力を出して命を獲り合う楽しさを求めてきた中にあって、余りある剛腕をただ振るい屠ってきたつまらない格下との戦闘が、今度は強くなった自分の力と向き合う戦いへと置き換わったんだ。


 そしてタイガは、大型魔導兵器並の力を持ちながらにして、デコピン並の繊細な力のコントロールを身につけた。


 これはとてもすごい事だ。


 長い長い重たい鉄の箸で、5m先の豆を1粒1粒摘まみ上げるようなものだ。


 それには封印によって力を根こそぎ奪われ、そして段階的に取り戻していったタイガの経験も活かされたのかもしれない。


 いまやタイガは自身が持つ膨大な力を隅々まで完全に掌握している。


 強さと力に更に深みを得た。


 相手を殺すことも、生かすことも、全てはタイガの自由になったんだ。


 私が確認するように微笑みかけると、タイガは照れ臭そうに鼻を鳴らして顔を背けた。


「にわかには信じられぬ。それともこの者が、大魔王に変化を与えたというのか……?」


 エンドイルはぼそりと呟くと私の目をじっと見つめてきた。


 私の内側まで覗き見るような視線。


 背筋にぞくりと悪寒を感じた私は、反射的にその視線を拒絶した。


 物理的に目を逸らした訳じゃない。


 ただエンドイルの視線と共に無作法に私の中に入り込んでくる何かを拒絶した時、視界が僅かに銀色に輝いた。


 エンドイルが目を細める。


「お前は……本当は何者だ?」


「えっと……?」


「聞くまでもないでしょ~。こいつは魔の手先だよ」


 私が返答に困っているとメイエルがまた割り込んできた。


「争うつもりはないって~? そんな訳ないじゃん。さっきのこいつの目、見てなかったわけ? エンドイルも小娘の演技に騙されてちゃってさ。チョロすぎ~」


「口が過ぎるぞ、メイエル!」


 ラフィーエルがメイエルを睨みつける。


「はいはい。四天様を相手に口が過ぎましたー」


 飄々(ひょうひょう)としたメイエルの態度に流石にイラついたのか、ラフィーエルが顔を歪める。


「でもさぁ。あたしにはわかるんだよね~。こいつの中でうごめく、大魔王タイガ・ガルドノスと同質の禍々しい膨大な魔力がさぁ」


 メイエルが殺気の篭った冷たい目で私を見る。


 彼女は私の中のタイガの魔力に気づけた?


「主従を装ってはいるけれど、この娘の方が大魔王の眷族だと言いたいのかしら?」


 オルタネイルは言った。


「ハッ! それはねーわ。大魔王タイガ・ガルドノスはそういう性質(タチ)じゃねえよ」


「プエルの言う通りだ。策を弄するなど凶魔の暴風らしからぬ。メイエルの言い分には無理があると言わざるを得ない」


「あのさー、あたしさっきうっさいっていったよね? もうゴスドエルは黙っててくんない? あたしはどっちが手下だなんて話はしてないじゃん。あたしはただ、こいつを生かして置くべきじゃないっていってるだけだよ」


 私に向けるメイエルの殺気が一気に膨れ上がった。


 一瞬で間合いに踏み込まれて首を落とされる、そんなイメージが脳裏に浮かんだ。


 うなじの毛がぞわりと逆立って、遅れて冷や汗が流れる。


「こいつはいままで見てきた魔族とはどこか違う。ここで見逃せば後の禍になるよ、絶対!」


「そもそもの話、本当に魔族なのか? 魔力なら人族だって持っているだろう。俺にはただの人族の娘にしか見えないが。気分で言う奴の言葉はどうにも理解し難い」


「だーかーら~、頭の硬い馬鹿は黙ってて!」


「感覚ってのは大事なモンだが、ゴスドエルの言い分にも一理あるぜ。俺達天族の闘志は、討ち払うべき魔に対してのみ向けるべきもんなんだからよ」


「プエルの言う通りだ。七大天使セブンス・ゴスペルズともあろう者が、理由もなく人族を殺めたとあっては堕落の極みぞ」


 ラフィーエルが言った。


「そうですわね。メイエルの直感はいつも正しいけれど、もう少し私達にも分かり易く言ってもらえると助かるのですけど」


 オルタネイルが溜め息をつく。


「あ~~~~もう~~~っ、みんなどうしてわっかんないかなぁ~~~! こいつは本当にヤバイんだってば~!!」


「だから何がどうヤバイんだって話だろ?」


 プエルが言う。


「とにかく変なんだってばぁ! まるで水平線まで広がる魔力の海原に、ぽつりと小さな天力が浮かんでるみたいっていうか……こんな状態、絶対あり得ないのに。魔にどっぷりと染まった体で、ルーヴァみたいに変貌することもなく、こいつはそこに平然と立ってるんだよ!!」


 メイエルの言葉に大天使達が目を見開いた。

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