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実のある武術鍛錬方法 その4

「アルもグリースも、そんな遠くからいくら撃っても魔力の無駄だよ? ダンジョンじゃもっと沢山の鉄の矢が、もっと近くから一斉に飛んでくることもあるからね」


 笑顔で教える私を見た2人が無駄な事をしていると理解する。


「だったらもっと近くから放てばいいだけだろ。グリース、こいつの魔法トラップの範囲はおそらく半径2mもないくらいだぞ。そこまでなら近づいても問題ねえ!」

「アル、僕の見立てでも同じだ。君と彼女が足をすべらせた距離がそのくらいだった」


 2人が私を警戒しつつも、木剣で地面をつつきながら、恐る恐る2m程の距離まで近づいてくる。


「思った通りだぜ。魔法はここから先に効いてる。やっぱりこいつを中心に半径2mもない範囲だぞ」

「ああ、間違いない。ならこの距離を保って魔法を撃つだけだ。これだけ近ければ流石に当たるだろう」


 私の魔法トラップのギリギリに立つ2人が水球を放つ。それを寸前まで引きつけてから体捌きで避ける。


「うぶっ!」

「ぶふっ!」


 放たれた水球が狙い通りアルとグリースの顔面にヒットした。


「げほっ、手を止めるな! 撃ち続けろ!」


 それでも懲りずに次の魔力図を構築しては魔法を放ち続ける。


 近距離から放たれる水球に対して、叩き落す数が減る代わりに避ける数が増える。同士討ちを繰り返して2人とも全身びしょ濡れだ。


「くそっ、ぶっ! げほっげほっ」

「アル! ストップ! これは駄目だッ……ぶはっげほっ」


 下を向いてむせながらグリースが苦しそうに叫ぶ。


「えへへ。そんなに近くで射出系魔法で挟撃したら同士討ちしやすくなるよ? 水球がもし氷のつぶてだったら、2人共今頃瀕死だね。それと……」


 アルとグリースの手に魔法をかけつつ、地面にかけている『つるつるの魔法』の範囲を少しだけ広げると、木剣がすっぽ抜けるのと同時に、2人がうつぶせに転倒する。


「「げぶッ!」」


「半径2mが私の魔法範囲の限界とは限らないんじゃないかな」


「なっ……騙したのか!」

「騙す? 何いってるの。冒険者が手の内を簡単に見せる訳がないでしょう」

「つ、つまり、君の魔法の範囲はいまのこれよりも広いかもしれない、とでもいうのか」

「えへへ。さぁ、どうだろうね~」

「なん、だよっ。それっ!」


 こうして私の足元には木剣を手放してズッコケたまま起き上がれずにもがいている3人の姿が出来上がった。


「な、納得しましたわ。これは確かに鍛錬以前の問題ですわ……」

「だから言っただろうが……」

「僕も彼女の魔法を初めて体験したけど、これは見た目以上にやばすぎないか。全く起き上がれる気がしない。それにこれだけの威力ある魔法にもかかわらず、効果範囲も発動速度も尋常じゃない」

「それだけではないですわ。魔力を一切感じさせないから魔法のトラップを感知する事すらできないですわ……」


「くっそぉ~……。魔法範囲外から射出系の魔法をただ撃っても、簡単に木剣で叩き落されるだけだしよぉ」

「避けられないように近くで撃とうとすればこの様だしね。まいったな、いい対抗策が思いつかない」

「「「う~ん……」」」


 3人が寝転んだままでなにやら作戦会議が始まったので、水入りと判断して私が魔法を解除すると、しばらくしてのそのそと起き上がる3人。そして口をそろえてこう言った。


「お前は」

「君は」

「貴女は」


「「「魔法禁止!!」」」


「はいはい」


 どうやら対策案は思いつかなかったらしい。再び3人が私の前に立つ。


「じゃあ私だけ魔法禁止でやり直しね。いつでもいいよ」


 アルが筋力強化、グリースが射出、エクールが放出の魔力図をそれぞれ構築し始める。


 最初から思っていたけれど、みんなタイガのように攻撃をしかけながら魔力図を構築できないのか、足を止めてやっている。私には魔力図の構築ができないのでわからないけれど、タイガが普通にやっていることは案外難しいことなのかもしれない。


 魔力図の構築を終えたエクールが、彼女の顔の横辺りに魔力図を展開したまま間合いを詰めてくる。


「今度こそ、私の融合技をお見せいたしますわ!」


 木剣の間合いに入れば、展開されたその魔力図はちょっと手を伸ばすだけで壊せるけれど、それをするとまた3人から抗議されそうだからやめておこう。いつ発動するかわからない魔法に警戒しつつ、エクールと向き合う。


「ヤアッ!」


 彼女の腰の入った剣撃を木剣で受けていく。私との模擬戦闘を行うようになってから少しずつ上達していっている彼女からはボンスと稽古をした時のような大きな隙はめったに見られなくなっている。


 頭部へ向けて大きく横なぎに払われる木剣を、受けずにスウェイバックで避けると、そのまま振り切って背中を見せるエクール。近頃の彼女にしては珍しい大きな隙だ。その背中へ一撃入れようとしたところで魔力図が光ると、魔法が発動した。


 魔力図より放出される細く圧縮された水の槍が私の顔面へ迫る。小首を傾げてスレスレでそれを避けると、振り返ったエクールが放つ袈裟斬りを木剣で受け止めた。


「なっ、これを避けたですって!?」


 魔力図が観える私にとってはそこから来るぞとバレバレだけど、観えない普通の人からしたらこれは避けるのも難しい不意打ちになったかもしれない。


 自信の一手を防がれて一瞬、浮き足立った様子を見せたエクールだったが、すぐにいつもの動きに戻ると鋭い連撃を放ってくる。


「流石ですわ。あの魔法を避けたのもそうですが、まだ重力負荷の魔法効果が残っているのに、こうしていつもと変わらない動きができるなんて」

「もう慣れたからね。もっと重くされなければハンデにはならないかな」

「そう。でしたらリクエストにお応えしますわ!」


 そう言ってエクールが不敵に笑った。

 私の右手に展開されている2つの魔力図に、エクールから発せられる魔力が流れ込むと青く光った。


「む、急に右手が重たくなったけど、何をしたの?」

「フフ。展開中の魔力図に追加で魔力を注ぎ込みましたわ」


 なるほど、そういうことも出来るんだ。魔核の魔力を使って発動する魔力図があるのだから、あとから魔力を注げることは驚く事ではない。問題はそっちではなく……。重たくなった右手でエクールの剣撃を弾く。


「それだけじゃ効果時間は延ばせても、負荷は増えないよね。設定加重を変更するために魔力図の一部描き換えが必要なはずじゃない?」

「フフフ、ご明察ですわ。私は魔力図の一部再構築が得意ですの」


 なるほど、よく観ると5キロ設定だった魔力図が30キロ設定の魔力図と同じ模様に描き換えられている。さっきのは威力を上げた分、魔力不足で魔法を維持できなくなるのを防ぐために魔力を注いだのだろう。


「エクールって、さっきは足を止めて魔力図を構築していたけど、本当は剣を振るいながらでもできるんじゃないの? 構築速度もアルより速いのに、いつもの演習ではわざと手を抜いてゆっくりやってたりして」


 その言葉にエクールの目から先ほどまでの余裕が消える。


「本当に、貴女って鋭いですわ……!」


「俺がなんだって?」


 筋力強化されたアルが私の背後から木剣を振り下ろす。


「せっかくの不意打ちなのに自分からばらしちゃ駄目じゃない?」


 私に半身で避けられた木剣が空を斬る。


「くそ! んなこといって、ほとんど同時に避ける動作にはいってんじゃねぇかよ!」

「だってアルって気配が強いからわかりやすいんだもん」

「んっだよっ、それ!」


 切り返すように逆袈裟に斬り上げられるアルの木剣を屈んで避けると、振り下ろされるエクールの木剣とアルの木剣が私の頭の上でぶつかる。


「嘘ですわッ! まさか狙って!?」

「さぁ、どうでしょ~」


 重なり合う2つの木剣を下から突き上げて弾き飛ばしつつ立ち上がる。


「「くっ」」


 よろけたエクールの背後から、カーブを描きながら水球が飛んできた。グリースだ。最初に魔力図を構築してから、ずっと狙っていたのはわかってた。まぁ撃つなら2人が離れたこのタイミングだよね。


「へぶッ!」


 それを半歩下がってスウェイバックで避けるとアルの顔面にヒットした。


「完全に死角から撃ったのに、このタイミングでなんで避けられるんだ!?」

このタイミング(・・・・・・・)しかない(・・・・)からだよ。来るとわかっていれば避けるのは難しくないからね。まぁ、射線上にアルがいるところから撃ってきたのは予想外だったけど、アルの犠牲よりもエクールの身体を使った目隠しの利点を取ったの?」

「あ、ああ。アルすまない。さすがにこれなら避けられないと思ったんだ」

「……いいけどよぉ、それ対魔物の時はなしだぞ?」


 水で濡れた顔を、シャツを伸ばして拭いながらそう言ったアルは不満げな表情だ。


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