実のある武術鍛錬方法 その2
「ティアズ、重すぎては逆に鍛錬にならないですわ。グリースにかけなおしてもらいましょう」
真面目にそう言ってくれたけど、アルの嫌がらせが含まれているとはいえ、せっかくかけてくれたのだし、無にするのもなんだか勿体無い。
「今日はこれでやってみるよ。それで無理そうだったら次からは軽くしてもらうね」
「フフ。いいですわ」
エクールが自分の素振りに戻っていった。よし、私もやろう。
全身に力を込めてふらつきながら、なんとか形だけだけど木剣を振るう。すごく重たいけど、それだけ体のあちこちの筋力を使っている実感が持てる。
筋力は使えば使うほど強くなるってカブトにいちゃんが言っていたから、このひと振りひと振りがきっと私の力になっていっているはずだ。
無心になって振っていると、視界にいくつかの小さな光の粒が見え始める。これって座ってる状態からいきなり立った時にたま~に見えるやつだね。木剣を振ってても見えることもあるんだなぁ。
近くで風切り音が響いている。エクールかな? 私も負けていられないね! 木剣を振るう速度を加速させていく。重さに体が馴染んでいく。調子が上がっていくのがわかる。
「お、おいお前……!」
「何よアル、今いいところなんだから邪魔しないで」
見ると何故かグリースとエクールもこちらを向いて固まっている。
「なに? みんなしてどうしたの」
「あ、貴女ついさっきまですごく重そうにしていたのに、どうしてもう片手で軽そうに持っているのかしら……?」
右手で肩に抱えていた木剣を振り下ろすと、風を切る音が鳴る。
「あれ? 本当だ。ひょっとしてアルの魔法が切れちゃったんじゃないの?」
「お、俺がそんな初歩的なミスをするわけがないだろ!」
確かに木剣には発動中の魔力図が観える。
「……慣れた、とか?」
「ねーよ!」
「ないだろ」
「ないわよ!」
3人から総ツッコミが飛んできた。そんなこと言われても、さっきまでは重かったけど、いまは重くないんだもん……。
「あー、わかった。たぶんあれだよ。追い込むことで己の限界を超えてパワーアップしちゃうやつだよ」
サラがそんなこと言ってたし、きっとそうに違いない。
「いや……ないんじゃないかな」
「けどよ、バトル物の物語では定番だぞ?」
「アルフレイド、これは物語ではなくて現実ですわ。それに何ヶ月もの修練の末であれば得心もいくけれど、ついさっきのいまですのよ?」
3人があれやこれやと話し合いを始める横で、試しに右手を握ってチカラコブを作ってみたら、コブは生まれなかった。ブリトールのときと何も変わってなさそうだけど、あれから力が増しているのは明らかだ。だからといって理由はわからないけど。
……いや、1つ心当たりがあるとすれば、タイガの体の封印解除後は、いま思えば極端に力が増していた気がする。人攫いにあったときも5人を相手に逃げることすら出来なかったのに、7人を相手に殺すことなく完封できた。もちろん、タイガ自身は体の一部を取り戻して強くなっていたけれど、私も2人相手に全く手応えを感じなくなっていたのも事実だ。
じゃあ私のこの力はタイガからの借り物の力なんだろうか? けど、原因がタイガの封印解除によるものだとすれば、いましがた力が増した事の説明がつかない。最後に封印を解除したのはもう4ヶ月以上も前の事だから、いまさらって感じだし。
それにこれまでに2回経験した、あの何かが流れ込んでくる怖い感じ。私の体がそれを拒絶している事は感覚としてわかっているんだよね。だからかなぁ、タイガの封印解除の影響がないとまでは言わないけど、その力を分けて貰っているという風には到底思えないんだよね。とはいえ、他に思い当たる事もない。う~ん……。
「――ティアズ、ティアズ?」
「えっ、なに?」
「『暗黒の息吹に疼く左手』の活動開始ですわ!」
エクールが嬉々として言う。
「あれ? 授業は……」
「いま終わったでしょう。ひょっとして疲れているのかしら?」
心配そうに言われて、ふと周りを見ると他の生徒達がゾロゾロと帰っていくところだった。
「ティア、エンリ、サークル頑張って」
「アタシも帰るし。みんな、じゃーネ!」
メディとアンドリィも帰っていく。ちょっと考え事をしていたつもりが大分時間経ってた?
エクールへ視線を戻す。
「大丈夫。少し体がダルイけど、サークルには出られるよ」
私の返事にエクールが安堵の表情を浮かべる。
「フフ。それはよかったですわ。今日は新しい仲間が3人増えたことですから、改めて役割を確認しましょう」
あれ、2人じゃなくて? みると、いつものメンバーの他にアルフレイドとグリース、それと不満顔のボブスンが残っていた。
「ボ、ボクはやるなんてひと言も言ってないのに……」
「お前もいい加減に男を見せろ。このままだとこいつよりも足手まといだと認定するぞ!」
「僕も概ねアルと同じ考えだ。ここで逃げ出すようなら男じゃない」
「わ、わかったよ。やればいいんだろぉ」
ボブスンとは殆ど話した事がないけれど、男3人で何かあったんだろうか。彼は2人に無理やり引き込まれたっぽいけれど、嫌嫌ながらも納得して参加するようだ。
「それでは役割を確認しますわ。まず、エンリとボブスンは初心者枠。私とアルフレイド、グリースは初心者枠の2人への指導枠。そしてティアズは指導枠の私達3人と模擬戦闘の相手をする役割ですわ。何か異存はありまして?」
エクールの提案にみんなは無言で肯定の意を表す。
「ないようですわね。指導枠の3人はローテーションで交代しましょう。今日は私が指導役をやりますわ。次にどちらがするかは2人で決めなさい」
「アルどうする?」
「どっちからやっても変わらないだろうが、こいつを倒した方が後ってのはどうだ?」
そう言って木剣を私に向けてくる。アルは私に勝てるつもりのようだ。
「それは無理じゃないか。せめてひと太刀入れた方というのはどうだい?」
「いいぜ。倒すんならひと太刀以上は入れるわけだしな。じゃあどっちが先にやる?」
「アルからでいいよ」
挑戦的な目をするアルフレイドにグリースは馴れているのか、そう言って軽く受け流す。
「ちっ、そんなこと言ってお前。俺がやるのを観て参考にするつもりだろ?」
「まぁな。けどアルこそ先にやりたいんじゃないのか?」
男2人で見つめ合ってにやにやしている。私の意見は聞く気ないんだね。まぁいいけど。
「よし、俺からだ。構えろよ足でまぶッ! ……おい! 魔法は禁止だ!!」
「魔法じゃなくて呪いなんじゃないの? 私は魔法が使えないんでしょう? 足手まといっていうとズッコケる呪いだよ。アルの問題であって私は関係ないない」
横でグリースが苦笑いしている。
「ちっ、ボブスンに言ったときはそうならなかっただろ……。くそ、おいグリース! 合図頼む」
グリースの合図の後、アルが木剣で斬りかかって来る。私はそれをいなしていく。
驚いた事に前にボンスとやりあっていたときよりも少しだけ剣撃が鋭くなっていた。あれからもずっと影で鍛錬を続けていたのかもしれない。アルはいちいち絡んできてうるさいけど、案外真面目な性格なんだろうか。
「くっ、当たらねぇ! くそ!」
アルが見せる沢山の隙の中のうち、特に大きな隙を選んで反撃する。エクールと何度か模擬戦闘をやっているうちに身につけた私なりの手加減のやり方だ。彼女にも聞いてみたらこれがいいらしかったのでアルにも同じようにしてあげよう。
「ぐっ、なんでそこにくるんだっ。くそっ」
「ほら、ここ隙だらけだよ」
大振りの後の隙だらけの脇腹を木剣で軽く叩く。
「ぐうっ。この、おらぁっ」
「そんな力任せなだけじゃ駄目だよ、ほら」
振り下ろした木剣を半身で避けてアルの背中を手のひらで叩く。
「がっ、くそっ!」
模擬戦闘を始めてから10分を過ぎた頃、アルが息を切らせてへたり込んだ。
「はぁッ、はぁッ、くそっ! 全然、当たらねぇ! どう、なってんだよ。俺の魔法、まだ、残ってるっ、てのに」
「この重さはもう慣れたからね。それに重さは使い方によっては武器にもなるよ。構えてるだけでも私の木剣を弾くの大変だったでしょ? さて、次はグリースかな」
「くっそ~~、息も上がってねぇのかよぉ」
アルが悔しそうにぶつぶつ言いながら下がると、入れ替わってグリースが私の正面に立つ。
「君は女性だけど強者であると、僕は実力を認めている。だから胸を借りるつもりで本気いくよ」
グリースが木剣を構えた。
「うん。いつでもいいよ」
アルよりも鋭いグリースの剣撃を同じようにいなしていく。彼もアル同様、鍛錬を続けているみたいだ。
元々小さい頃からやっているみたいだしね。それでも大きな隙はあちこちに観える。そこを突いていく。
20分もするとグリースもへたり込んだ。
「わかって、いたけど。君は本当に、すごい、な。はぁッ、はぁッ」
「グリースでもひと太刀も入れられないのかよ」
「大分手加減、された上でね。はぁ、ふぅ~、僕らには当てるだけでも、難しそうだ」
その言葉にアルが思案顔になるが、しばらくして目を輝かせてこう言った。
「なぁ、だったら今度は魔法有りでやってみねぇ?」