ペイジュへ その6
早速、私は商業ギルドでロフマンと正式な契約を交わした。
一番の懸案だったフレイディール方面へ向かうキャラバンが見つかったので、気持ちに随分余裕が出来る。
出発は10日後だから準備をする時間もたっぷりだ。
……というか、たっぷりすぎた。
道具のメンテナンスと必要な消耗品の補充は、のんびりと進めたのに翌日には終わってしまったからだ。
まぁ鍛冶屋さんで見てもらわないといけないような物と言えば、ナイフくらいなものだったしね。
保存食はなるべく出発前に買い揃えたいから、後回しにしたことも大きい。
雪山登山用の装備も見ておきたかったけれど、ここは砂漠の街だ。
当然店頭に並んでいるはずもない。
つまり、いきなり1週間以上も暇になってしまったのだ。
宿でゴロゴロしていてもよかったけれど、何もない部屋に居てもすぐに退屈に飽きるのはわかり切っている。
私はギルドの依頼でもしようかと冒険者ギルドへ足を運ぶことにした。
ところがいざ依頼ボードの前に立ってみると、Aランク向けの依頼は数が極端に少なくて1週間以内に終わらせられそうなものがない。
仕方がないのでCランク向けのお手頃そうな依頼をカウンターへ持っていったら、なんと受付嬢に断られてしまった。
他の冒険者の仕事を奪わないでください、と。
受付嬢が言うにはギルドから要請がない限り、原則として受けられるのは1ランク下の依頼までなんだって。
まさか昇級にこんな落とし穴があったとは。むぅ。
Cランクの仕事は一番数が多いのでDランク以下の仕事を受けようと思った事はなかったからね。
いままで気づかなかったよ。
かといってBランク向けの依頼も数は多くないし、不慮の出来事でもあれば1週間以内に帰って来れなくなる可能性のある依頼ばかりだ。
結局依頼は受けずに、資料コーナーで雪山の装備や登山についての本を探しただけで宿に帰って来た。
途中お店に寄って買ってきた夜食をタイガと一緒に部屋で食べる。
「砂漠の国で雪山のことを調べようと思っても限界があるね。予想はしていたけれど、やっぱり現地で調べないと駄目みたい」
「そーなのか?」
「うん。専門書なんて1冊も置いてなかったもん」
結構粘ってはみたものの、初心者向けの総合的な内容の書籍の中で数行触れられている程度しか見つけられなかった。
これではなんのアドバイスにもならない。
「そういえばずっと疑問だったんだけど、タイガのお腹はどうなってるの?」
「あ?」
「えっと、つまりまた体が大きくなったじゃない? いままで以上にお腹が空くのかなって思って。それによっては今後の食料調達も考えないといけないじゃない?」
体の封印を解除するたびに食欲が増しているのは間違いないようだけど。
タイガはいつも与えれば与えるだけ食べてしまうから、上限も下限もいまだによくわからないんだよね。
「力を使わなければ問題ねーよ」
「ん~? それってこないだみたいにでっかくなって全力を出すといっぱいお腹が減るってこと?」
「ああ」
「でもそっか。タイガは魔核がないから食事だけで魔力を補ってるんだもんね」
食事によって蓄えた魔力を使って、活動したり魔法を使ったりしているんだ。
ロングヘアーや黒猫の姿は、タイガにとって一番お腹が空かない温存状態ということだね。
「だが取り戻した器はまだ埋まってねー」
「器ねぇ。それって例えるなら封印を解いて大きくなった胃袋は、まだ満たされていない状態ってこと?」
「ああ」
キングデスストーカーのお肉をあれだけ食べたのに。
と思ったけれど、仕留めるためにブラッドベアーサイズになって全力を出していたから、とんとんになってしまったという事かな?
あの時、完全に満たされるまで食べ続けなかったのは、人間の胃袋と同じで一度に摂取できる量には限界があるということかもしれない。
「いまは何分目くらいなの?」
「8分目だぜ」
「人間のお腹で言うと丁度いい具合だけど、タイガのそれは実際には胃袋じゃなくて魔力の備蓄量って事だもんね。よし、決めた!」
「何がだ?」
「出発までの残りの時間は、魔物狩りをしてタイガの魔力を蓄える事にしよう!」
ロフマンのキャラバンと同行する間は、置いて行かれないためにもあまり自由には動けないだろうからね。
いつもそう都合よく魔物にありつけるとは限らないし。
言ってみれば食い溜めというやつだ。
それには強敵と戦うよりも格下を乱獲する方が効率がいいよね。
翌日から早速、私達は街の周囲にいるCランク以下の魔物を狩って歩いた。
そう、まさに狩りと呼ぶに相応しい。
タイガが魔力感知で魔物の群れを見つけては、一直線に向かって行って2人がかりで一撃で仕留めていくの繰り返し。
圧倒的な戦力差の前には、危うさの影すら落ちようもない。
そうして4日経って、溜め込んだ素材をギルドへ売りに行ったら受付嬢から怒られてしまった。
どうやら私達が乱獲している姿を何人ものCランク冒険者が見ていたらしく、仕事を奪われたと苦情が入っていたらしい。
むぅ。なんか理不尽だ。これも昇級の弊害なのか!?
仕方がないので5日目からはちょっと遠出するようになった。
それと平行して、私は手に入れた沢山の魔核を使ってスクロールの制作にも勤しんだ。
というのも、毎回毎回魔物のお肉を調理するのが大変だったからだ。
殆どは”野生の味”でタイガには我慢してもらったけれど、私だけローストミートを食べるのもなんか気が引けたからね。
かといって大量のお肉を焼くのはそれだけで時間のかかる大変な作業だ。
そこで思いついたのが魔法による調理法だった。
大雑把でもいいからお肉を切って焼くという一連の流れを、万能と呼ばれる魔法で自動化できないかと考えたのが切っ掛けだ。
魔法による加熱なら物理的な火よりも早く中まで熱を通す事ができるので、調理時間の短縮にもなるしね。
ただ魔力図は必然的に大きくなってしまうし、魔法にはタイガの魔力を必要とするので本末転倒になっては意味がない。
スクロールを使えば毎回魔力図を構築しなくて済むんだけど、これには使い捨てという問題がある。
その所以は魔力のインクに厚みが出せないことによる魔力図の耐久力の無さだ。
じゃあ厚みを出せばいいのか? というと、そう単純にはいかない。
厚みを出せば出すほど線がポキリと折れてしまいやすくなるので、丸めたりできなくなってしまうからだ。
魔力図が割れてしまわないようにするためには、木の板などのしっかりとしたものを使わなくてはならなくなって、今度は荷物の問題が起きてしまう。
魔導兵器に使われるような上級レベルの精製魔法で作った強力な魔力のインクを使えば、耐久力のあるスクロールも簡単に作れるんだろうけど。
でも残念ながら私にはその魔法の知識がないので、複数回の使用に耐えるスクロールを作るには別の工夫が必要だった。
いろいろと試行錯誤を繰り返した結果、魔力図の中でも魔法発動時に負担の少ない部分を切り出して、そこをスクロールにするという方法に辿り着いた。
つまり通常の魔力によって描かれる魔力図と、魔力のインクによって描かれた魔力図を合わせて使うという方法だ。
負荷の高い部分を魔力で描くこの方法なら、中級の精製魔法で作られた魔力のインクでも何十回かの魔法の使用に耐えられることがわかったんだよね。
でも1つのスクロールだと大きな紙になってしまうので、処理ごとにキャンバスを分けて複数のスクロールに分けたい。
鞄に入らないからね。
そこで私は、改めて魔力図の全体的な構成について見直しをすることになった。
だってもっと上手くできるような気がしたんだよね。
例えばいろいろな調理方法に対してスクロールの使いまわしができるように出来ないかと思ったんだ。
切ってから焼く料理と、切ってから煮る料理があったとき、共通部分の”切る”魔法を1つのキャンバスとしてスクロールにしておけば使い回せるじゃない?
そう。結果からすると、要するにレンジがクラスライブラリと呼んでいたものを、私はスクロールで実現したという訳だ。
さしずめ私専用の料理用クラスライブラリといったところだね。
魔力図をもっと小さくまとめたり、パラメータを整理してより汎用的で使い易くしたりと、まだまだ試行錯誤の余地はあるけれど、この1週間で実用レベルのものは作り上げる事ができたと思う。
そんな充実の日々を過ごしつつ、いよいよ出発の日を迎えた私は、ロフマンのキャラバンと合流を済ませると隣国フレイディールの街、ペイジュへ向けてシャンダサーラを出発したのだった。




