ペイジュへ その5
「ならこっちは無料だ」
ロフマンがにやりと笑う。
「なっ!? それでは赤字ではないか! そんなものは商談でもなんでもない! 貴様ァ、この俺に嫌がらせすることが目的か!!」
「ちょっと待ってくれ。気が早過ぎるぜ、ガメーツさん。俺も商人だ。商売となれば親兄弟だって例外はない。商品をタダでくれてやるはずがねえだろう? もちろん条件があるぜ」
「条件って?」
私はロフマンに尋ねた。
「まず俺の提案はガメーツさんの物とは前提から違う。俺はあんたを大事な荷物を運ぶようにするつもりはないんだ。俺が出せるのは同行の許可のみで、それ以外の事、例えば食事や寝床、移動のための足なんかは自分でなんとかしてもらうってことよ。まぁ食事に関しては食材を多めに提供してくれたら一緒に調理しても構わないがね」
条件っていうからつい身構えてしまったけれど、何も問題はないね。
私の事はタイガが運んでくれるし、野営に必要な道具はひと通り持ち歩いている。
それにタイガは大食らいだから、どのみち食事は自分たちで現地調達するつもりだった。
「あとはそうだな。道案内の対価として有事の際にはちょっと手を貸してくれたらそれでいい」
手に負えないような魔物に襲われる事があったら、私の冒険者としての腕前を貸してくれってことだね。
これもまったく問題ない話だ。
というか、ロフマンはわかっていてこの提案をしてるよね。
「ふざけるなロフマン! それでは損もないが利益もないではないか!」
「そうかい? あんたがそう思うのは勝手だが、俺にとっては価値のある取引だぜ」
「ふん。小娘のひ弱な手に価値だと? ハッ! この娘に何ができるというのだ。こんな意味のない条件を本気で言うとるなら、貴様はいますぐ商会を畳んで教会の坊主にでもなった方がいい」
ガメーツの皮肉にロフマンが肩を竦めて返す。
「条件はわかったよ。それで出発はいつなの?」
「俺達の出発は10日後だな」
「10日後かぁ」
その差は7日もある。
金銭的にも感情的にもロフマンだけど、実利を考えると悩ましい所だ。
「10日後だと何か不都合でもあるのかい?」
「ちょっとね。旅の遅れを取り戻すためにも、1日でも早くペイジュに着きたいんだ」
「フフン。わしらは3日後には出発するからな。やはりお前はわしと契約するべきだ。いまなら40万イルガで運んでやろう」
「む……」
またしれっと10万値上げしてるよ、この人。
「ガメーツさんの所はオノデミ経由だろう? 俺達は直接ザピスを目指して国境を越える予定なんだ。出発が7日遅れでも、おそらく国境付近で追いつくと思うぜ」
確かにオノデミ経由でフレイディールとの国境へ向かう場合でも、結局ザピスを通ることになる。
シャンダサーラから東へ向かってオノデミに寄ってから南のザピスを目指すよりも、南東へ向かって直接ザピスを目指した方が地図上の位置関係で言えば単純に距離は短い。
「ルートとしては最高だね。でも7日も短縮できるんだ?」
「まあ追いつくは少々言い過ぎかもしれないがな。トントンにはなるはずだぜ」
そう言って見せたロフマンの笑みには、自信のようなものが伺えた。
彼の実力は既に見知っている。
ならもう決まりだね!
「じゃあ」
「待て待て。小娘、話はちゃんと聞いていたのか? ロフマンはお前が魔物に襲われても助けないと言ってるんだぞ」
「それはまぁ。でも自分でなんとかするし」
ガメーツが呆れたように大きなため息をつく。
「砂漠の魔物の恐ろしさを知らぬようだな。いいか? お前のような小さくて細い小娘なぞ、ひと噛みであっさり命を奪われるぞ! そういう狂暴な魔物がうようよしておるのだ。悪い事は言わん。わしに40万払え。そうすれば安全な旅を約束してやる!」
「提案はありがたいけれど、私はロフマンと契約するよ」
「馬鹿者が! 40万の金と命と、どっちが大事かもわからぬのか! お前はわしと契約すればいいのだッ!!」
大きな声を上げてガメーツが両手の拳をテーブルに叩きつけた。
あまりの剣幕と大きな音に、商業ギルド内にいた人達が何事かとこちらに注目しはじめる。
「お金の問題じゃないよ。私があなたを信用できない。それが一番の理由だよ」
それでも1日でも早く着けるなら我慢しようと思っていたけれど、ロフマンの登場で別の選択肢が出来た。
だったら言う事をコロコロ変えるような信用できない人と、無理に契約する必要はないよ。
この調子じゃ旅の途中でいろいろと理由をつけては追加料金を要求されそうだし、そもそも予定通りにペイジュまで辿り着くのかも疑わしくなってくる。
「小娘ぇ……! 商人のわしに、信用できない、だと? 誰に何を言ったのかわかっているのだろうな!!」
そんな風に威圧されても私の本心だもん。訂正するつもりはないよ。
私は平然としてガメーツを真っ直ぐ見返した。
「生意気なガキめが! 必ず後悔することになるぞッ!!」
捨て台詞を吐いたガメーツは、席を立つと行ってしまった。
「ふぅ~、やれやれまったく。商会トップの座から滑り落ちたってのに、ムーンパレス商会は相変わらず力で信用が得られると勘違いしていやがる。新会長があのザマじゃ、ムーンパレス商会ももう長くはないかもなぁ」
「ガメーツがムーンパレス商会の今の会長なの?」
「ああ。先代会長の悪いところだけしっかりと受け継いでやがるぜ」
「ふうん。あれが普段通りなんだ? なんだか焦ってるようにも見えたけど」
「そりゃ焦ってるだろう。先代が犯した罪の賠償金で、ムーンパレス商会の資金はショートしちまってるって、もっぱらの噂だからな。いまは少しでも現金が欲しい所だろう。俺の予想だが、今度のフレイディールでの商売も金目の物を現金化するのが目的なんじゃねえかと読んでる」
「なるほどねぇ。ん?」
何故だかロフマンが複雑な表情で私を見ている。
「なあに?」
「なあにじゃねえだろう。あんたは腕はやたら立つってのに、なんだかんだ中身は年相応なんだなあ。ほっとしたような、心配なような複雑な気分だぜ。わかってんのかい? あんたはさっき、暴利の借金背負わされた揚げ句、フレイディールの貴族か娼館に奴隷として売り飛ばされるところだったんだぜ?」
「む……。流石にそれくらいは気づいてたよ。あからさまに怪しい話だったし、ムーンパレス商会が違法な奴隷商売で大きくなった所だって知ってたし。でも人には得手不得手があるでしょう? 私はそゆのが苦手なの」
背伸びして上手くやろうとしたところで、顔に筒抜けなんだからどうしようもないじゃない。ぶー。
「わっはっは。ま、それはそうだな。俺だってあんたのような戦闘力はもってねえ。だがなぁ、もう少し人を疑うってことを覚えた方がいいぜ。特に商人が相手の時はな。一流の商人ほど笑顔のお面の下に強かな本心を、決して悟られぬように上手に隠してるもんだからよ」
「むー。わかった。気を付ける」
「本当にわかってんのかねえ。あんた、俺の事を良い人だとか思ってんじゃないか?」
「え……? 思ってるけど、違うの?」
今の話からしても、私のことを心配してガメーツとの話に割って入ってくれたってことでしょう?
ロフマンが渋い顔をして頭を抱える。
「わかってねえなぁ。いいか? 俺は俺にとって旨味のある商売の匂いがしたから関わっただけだ。そうでなければあんたが騙されて売られようが知ったことじゃなかった。無視してたぜ」
「旨味なんてあるかな?」
「あるだろう! 考えてもみろ。あんたがいてもいなくても俺のキャラバンがフレイディールへ行くことは決定事項なんだ。そこに優秀なBランク冒険者と使い魔を無料で護衛の保険に出来るんだぜ? ギルドに依頼を出して雇っていたら、一体いくらかかると思ってるんだ。その分がそっくり丸儲けだぞ?」
「言われてみれば確かに……」
「だろう?」
でもそんなことまで懇切丁寧に教えてくれるのだから、やっぱりロフマンは良い人だと思う。
「うん。えへへ」




