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そこにくるみの木があったから  作者: タラ吉の助
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それでもわたしゃ生きてきた

喫茶店の開店2年くらいでUCCの営業の人が代わった。

次の人は40歳くらいの鬼瓦みたいな顔の人でちょっと合わないかもと少し構えた。

2回目に会ったら前の人以上のおしゃべりでとてもいい人だった。

その人のお兄さん2人は超一流企業に勤めているが自分はしがない営業マン。お父さんは元海軍出身。

終戦後、帰国してからできた子供だからもう高齢なのだと。

お父さんは近所に住む元陸軍出身の人と毎日将棋を指すのが日課。将棋を指している最中海軍が強かったいや陸軍が強かったなどでケンカになり将棋の勝ち負けが決まる前にケンカ別れしてしまうとか、それでも次の日にはまた2人で将棋をしているのだと。

ある日とんかつを10枚注文したのに20枚もってきた。

「とんかつ10枚って言ったでしょう?」と困惑ぎみに言うと

「伝票みて」とお茶目に言った。    伝票には10枚と書いてかあった。

「いいの?」と私が言うと

「いいの、いいの」とサプライズが成功したのか嬉しそうに言った。

またある日絞り袋に入ったホイップクリームを注文したのに忘れてきた。

「明日高速降りてもってくるよ」と言って2個もって来てくれた。

もちろん伝票は1個で。

そんなある日キレイな一輪挿しをくれた箱に会社名が書いてあったので     「いいの?うちなんてたいして仕入れしてないのに、もっと上客にあげなきゃ」にも

「いいの、いいの」

細長ーいシックな一輪挿し。キレイだ。

私は夕方になって母に見せようと母の店に降りた。

勝手口から入ると台所越しのカウンターに男女2人の客が見えた。

母は私に気づくと「ネックレス持ってきてるの、一緒に見ない?」と言った

私は一瞬でムッとした。

私の店の開店から2年、来年には車庫兼2階を住居にと離れを建てようかって時にネックレスなんて。

少し前私の店に、私が高校生の時から出入りしていたショップのお姉さんがジュエリーを売りに来た。

そのジュエリーはアレキサンドライトと言う希少石。

いずれ値が上がるから買わないかと進められた。

販売している社長を連れて。

社長いわく「うちはアレキに狂ってると、なにしろアレキがでるという鉱山を丸ごと買っているから」と      

どっちに転ぶかはバクチだと。

私もどちらかというと宝石より希少石が好きだ。アレキサンドライトやパライバトルマリン。 

やはりそういう人はいる。

少し前訪問販売で開業医の高齢の奥さんが500万のアレキを買ってくれたらしい。

何度も「奥さん、50万じゃないですよ」と聞いたそうだ。

こういう事があるから商売はおもしろい。

私はこの時アレキを諦めた。

なのに母は何か買おうとしている。

しかも私の知らない客から。

またサウナを買った時みたいに買ったとたん来なくなるパターンか。

店の壁にはマンハッタンの夜景にイルミネーションを付けたばかり。

場末のバーの壁がピカピカしている。

これも100万くらいした。

これはまだいい。薄暗い店内を少しは賑やかにしてはくれている。

私は勝手口から店に入りカウンターの2人の背を横切りながら

「買わないでよ」とキツめに言った

が、結局母は買った、

1カラットのダイヤのネックレス。     値札に200万と書かれていたみたいだ。それを100万プラス18万の値札が付いていた18金のネックレスも付けてくれたそうだ。

売りに来ていたのは少し離れた所でスナックをしているママだった。

副業でジュエリーを売っていたがもう辞めるのでたたき売りをしていると言う。

その人が自費で自分の半生を書いた自叙伝を本にしたと、その本も買っていた。

もうえーかもやん。

「この本読んでよ!私泣いたわ」   もう面倒くさい。

私は文章を読むはキライだ。

巻き物か!と思うくらい長いラインなんか斜め読み、もしくわ静かに目を閉じる。

しかもラインの通知音も消している。


題名 それでもわたしゃ生きてきた

そのママは山奥の貧乏な家に生まれた。

おかわりをする弟を睨見つけ、心で詫びていた。

ある日お姉さんの嫁ぎ先に行った時    洗濯をしているお姉さんに雑巾なんて洗濯しなくていいのにと言うと、これは私の着物とお姉さんは言った。

お姉さんはもっと貧しい家に嫁いでいた。

まだ20歳になっていないママは、ある日キレイな服を着てお母さんとバスに乗った。

「着いたらよろしくお願いしますと言うんだよ」と母に言われ、着いた先の家で言われた通りにした。

そこは自分の嫁ぎ先だった。       明治や大正の話でなくもう昭和40年くらいの話だ。

夫は足が不自由だった。

生活に困る事はなかったが、夫は足のコンプレックスからだったのか嫉妬心が強かった。

隣のおじいさんとあいさつしただけでも嫉妬していた。

ママは自由を求めた。

時々利用していたタクシーの運転手を誘惑して2人で駆け落ちをした。

一人息子を残して。

実話、こういった事は珍しい事ではなかった。

私の近所でもよく聞いていた

お嫁さんが夫との不仲なり姑らとの不仲なりで家をでたい、かといって女1人生きていけないので若い男を誘惑して駆け落ちするパターン。

私の父も隣の嫁に手を持たれて一緒に逃げてと言われて 腕を振り払ったと言っていた。


本はその辺りからあきてきて、斜め読み。

途中息子との再会ありの…あとは読んでいない。


ところであのダイヤのネックレスは母がしょっちゅうチェーンを切るので困っていた。

「どうしたら切れるのよ」と聞くと。

首の辺りを洗うのにネックレスを忘れてチェーンごと握ってゴシゴシ。

その時ブチってなるらしい。

何という荒業。

近くの時計店に修理にだした時、鑑定してもらった。

多分鑑定書も持って行ったと思う。    ダイヤは変わったカットをされていた。

普通はブリリアントカットとかなんだが、それは氷砂糖のように、真四角にカットされていた。

真四角にカットされた4粒を平らに合わせ四角にしてその上に一粒ピラミッドのように乗せていた。

このカットの仕方は難しいとか。

ダイヤはアメリカ製でちかは日本製だった。

「いい物だよ」時計店のおじさんは言った。

18金ネックレスもチェーンではなく肌にピタッと貼り付くような少し平らなデザインで胸元でvになっていてなかなかいいデザインだった。

母はこのネックレスもちぎっていた。

結局、ダイヤのネックレスは「買わないでよ」と言っていた私のデコルテに鎮座したのだった。

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