表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そこにくるみの木があったから  作者: タラ吉の助
66/67

2人の女の子の話

私には期間限定の友達が2人いた。1人はM。私が中学一年生くらいの時。家に新しいホステスのおばさんが来ていた。そのおばさんの娘が後から汽車で来るから、仲良くしてやってほしいとの事だった。少しして父が駅から連れて来た女の子は、私と同じ歳だった。長身の私より背が高くきゃしゃで多分人見知りなのか、口数の少ない子だった。母が言うには、お父さんがお酒ばかり飲んで仕事をしないので、ホステスでもしようかと人づてでうちに来た。旦那には内緒でいずれ離婚もと、考えているらしい。        私達2人はすぐ仲良くなった。    バレーをしたり、バトミントンをしたり、卓球をしたり、マンガを読んだり、お菓子を食べたり。        しかし、2日ほど親子でいたけど帰る事になった。私はMと「また、会おうね」と言って別れた。          それから1年くらいたったある平日の夜。8時半くらいだったか、玄関から女の人の声が。行ってみると玄関の両引き戸を顔の幅くらい開けてMがいて「何か食べさせて、3日何も食べてない」と言った。私はすぐ台所に向かいながら「入って!入って!」といいながら片手鍋に湯を沸かしインスタンスラーメンを作った。          「他にも何か作ろうか」と私が言うと  「これで、十分」と言ってボサボサに伸びたショートカットの耳辺りを抑えながら、ラーメンをすすっていた。    スープも飲みほすこともなく。      「ありがとう。家中の引き出し探しまくって、やっと汽車賃かき集めて来た」と言って、すぐそのあと、「疲れた、眠い」と言ったので、お風呂にいれてあげパジャマを貸して2人で私のダブルベッドで寝た。         もしかしたら最寄りの駅まで、何キロも歩いたの?Mは雪深い所に住んでいると聞いていた。どうして夜に来たの?なんで制服なの?          誰と暮らしてるの?お兄さんがいると聞いていたけど。            でも、Mの聞かないでオーラで聞けなかった。次の日は、私の一番のお気に入りの服を着せてあげて、当時飼っていた子犬を抱いて写真も撮ってあげた。                   Mは1年前より少し変わっていた。     もともとだったのかもしれないけど、   男っぽい言葉を使ったり、不良っぽく振る舞っている感じがした。      世間に反抗的だぞ!と私にアピールしている。でもMの学校は同級生も数人。   すごく田舎の学校で不良っぽく振る舞っても。              逆にカッコ悪い感じがした。      それでも私達はまた、バレーをしたり。バトミントンをしたり。卓球をしたり。マンガを読んだり。お菓子を食べたり。楽しい時間を過ごした。   しかし、どうやら母がMの母親に連絡したみたいだ。明日迎えにくると言われた。                私達はまた会おうと約束した。      母が言うにはMのお母さんは、離婚後別の男性と暮らしていると、女1人生きて行くには大変な時代だ。       それからまた1年後、私は高校に入学した。入学して数日後隣のクラスにMがいた。私はびっくりして「Mもここに入学したの?」と偶然の再会に興奮気味に言ったが、Mはあごをしゃくりあげるだけだった。         私はMのその態度で、この1年すさんだ生活を送ったんだなと、悟ってしまった。                  あれから心配はしていた、またひょっこりやって来て、何か食べさせてと言うじゃないかな。            でも、今の態度で彼女に近づくのをやめた。Mにとって私との思い出はイヤな事になってるのではないか。      でも、時々見かける。パンを小さくちぎって口にいれている姿。       そして、段々と姿を見なくなりMは1学期で高校を辞めた。          


それから15年くらいたったある日、私は息子の剣道の市内の大会でMを見かけた。               私は無視されるのを覚悟で軽く胸の辺りで手を上げて「久しぶり」と言ってMの前を通った。            Mは相変わらず無表情でうなずくだけだった。               旦那も来ていた。            彼女なりの幸せを掴んだみたいだった。


もう1人はH。             Hとは、中学だけが同じだった。     中学入学して、全校生徒参加の陸上競技大会が行われた。          生徒1人が2種目に参加する。      私は、高跳びと幅跳びに出場してどちらも2位だった。           3年生のイケイケの男子が同級生の女子にイヤミを言っていた。なにしろほとんどの種目で1位を1年の女子が取ったものだから。この前まで小学生の1年に。私の同級生は、勉強もスポーツも優秀だった。 

Hもその1人で、勉強もできたし、高跳びで彼女が1位だった。            この校内の大会で各種目1位の生徒は次は市内の大会に出場して、また1位になった生徒は県大会に出場するのだ。

この時期にHと会話をする事はなかったが、小学校の合同修学旅行の時、花札をやろうとHがいい出したものの、誰も知らないから私が1人付き合ってあげたくらい。ほとんど会話もなく。


ある日担任に呼ばれた。         高跳び1位のHは身体が弱くよく学校を休む為、補欠で私にも大会についてくるよう言われた。

なので、出場するかしないかの私まで放課後残って練習させられた。      全くの貧乏くじだ。          

これなら3位にでもなっておけばよかった。

そして大会当日。朝早く駅での集合。  だるい気持ちで行くと、Hが来た。    私は先生にHが来たから帰らせてほしいと言ったが、大会で体調が悪くなったらいけないので、ついてくるよう言われた。

もう、なんなのいったい。私からすると「知らんがな」の世界だ。     ちなみに私が出場しても1位にはなれないから出たとて、の話だと思うし、そこは棄権でもいいだろ。

先生の心配をよそに、Hは出場したが多分1位ではなかったと思う。

私は大会のあいだ中、初夏の強い日差しの中でみんなの荷物番をしていた。

炎天下での中でお弁当大丈夫?と横目で見ていた。先生が気を使って私だけ早く弁当をたべてもいいと言われたが、みんなが終わるまで待った。

2時頃ようやくみんなが帰って来てお弁当をたべる事に、私はお弁当のふたを開け、何かおかしいなと思いながらごはんにはしを刺すと、プスッとガスが出た。おにぎりとして巻かれていた海苔はピンと1枚に伸びていた。

私は静かにふたをした。

「食べないの?」隣の子が聞いた。    「うん。ほしくない」

みんなのは大丈夫なの?

みんなは普通に食べていた。       私のだけ?ていうか母はお弁当いつ作った?夜中?

私は家に帰っておかゆになっていたごはんとおかずをゴミ箱にいれ、真っ赤に日焼けした顔にキュウリのスライスパックをしてみた。よくテレビでしてるけど効果あるの?

今日の1日っていったい。

そんな日って人生だれしもあると思う。全くその通りの1日だった。

Hとは、多分2年生で同じクラスになったと思う。

席が近かったのかすぐに仲良くなった。

Hは背が低くく、かなりのマッチョだった。ショートカットで一見ボーイッシュに見えるけど、仕草が女性ぽかった。

結婚と離婚を繰り返すお母さんとおばさんとの暮らし。

だが、お母さんは隣の町の小さなスーパーで住み込みで働いている。      そしてスーパーの店主とは不倫関係。

HはMと違ってなんでも赤裸々に話をしてくれた。

お母さんと彼氏との営みを見てイヤだったとか。

小学生の時、いとこのお兄さんから性的暴行を受けたとか。

でも、その時の私ですら感じていた。

Hには隙がある。

男の人を誘っている感がある。

中学生の時、うちに泊まりに来た夜。私が爪を切ろうとしたら、「夜爪を切ると親の死に目に会えないよ。だから私は夜爪をきらないんだよ」とHが教えてくれた。


Hとは、仲良くなって私からの提案でニックネームで呼び合おうと決めた。  私は自分の名前を入れ替えて「ミク」と呼んでと言うと、Hは「ポチ」と呼んでほしいと言われた。

3回ほど呼んでみたが、人としてダメな気がしたので悪いけどって下の名前で呼ばせてもらった。


Hは地元でも偏差値の高い高校に入学して、それから3年間は疎遠になった。うわさではよく学校を休むので卒業が危ういと聞いていた。

膵臓が悪いらしいとその頃聞いた。

しかし、なんとか卒業したらしくその次会ったのは成人式。        

少し遅れて来たHは、見た目が変わっていた。      

ワンレングスのロングヘアスタイル。  ある子が言っているのが聞こえた。

「Hは、浅野温子に似ているってよく言われるみたい、本人も意識して浅野温子が好きなレノマのスーツ着て来たのよ」

そうなんだ。

その成人式の後私の店に、ひょっこり来た。

Hは高校卒業後、もともと度のキツイメガネを掛けていたのだけれど、弱視という事で鍼灸師の専門学校に通っていたが、そこでストーカーに会い、H自身がうつになって学校を辞めたというのだ。

私から言わせると、うつの人は自分からうつとは言わない。

私が会ったうつの人達は必ず言う。

(ぼく)がわかる?」と、わかると言ってあげるとすごく安心した顔をする。

ちなみに音痴の人も自分から音痴とは言わない。と、言うか音痴と思っていない。涼しい顔で音をはずしてくれるので、笑いをこらえながら拍手するとまんざらでもない顔をする。

Hは、少しの間私の店で働かせてほしいと言ってきた。私はこの通り暇なのよ。人を使うほどではないのよと言うとごはんを食べさせてくれるだけでいいからと言われ、働かせてあげた。

Hが店に来ると、新顔に客達も喜んでくれた。私達は店が終わるとまだ私もバイクだけだったし、Hもバイクしかもってなかったので、2人でバイクで夜ごはんをたべに行ったり、そのままうちに泊まりに来たり、楽しく過ごしていた。

2週間ほどしてHが言った。

「また、鍼灸師の学校に行き直そうと思う」と。

私は、もう一度頑張ってみるよう励まし、Hを見送った。


それから1年後くらい、毎日仕事帰りに寄る客がしれっと言った。

「Hとデートに行った時、お腹が痛いって叫びだしてどうしようかと思った」と。  

この客は、自分が30才の時入院先で実習に来ていた看護学校の生徒をナンパして18才の子と結婚した。子供がいなかった為、普段からブラブラしている人だった。

そう言えば、うちに来ていた時1日だけ休ませてほしいと言った事がある。

あの時か、いつの間に私の知らない所で話がついていたとは。

こんな40過ぎのおじさんと。


その話からまた1年後、Hがまたフラッと来た。

また、学校を辞めていた。

その頃私は、結婚の準備をしていた。   Hにも結婚式に来るよう誘った。

Hは、結婚式の間体調が悪くなって迷惑をかけたらいけないので、出席できないと断った。

しかし、結婚式当日、Hが来た。     写真撮影中の私の視界に入った。     Hは「みくの晴れ姿見に来た」と、嬉しそうに言った。

私は慌てて席を用意するからと言ったが、「大丈夫。ドアの隙間からそっと見るから」と言って、本当にドアの隙間から見ていたらしい。

今考えると、祝儀が用意できなかったからかもしれない。

それから半年ほどしてまたHは姿を消した。

今度会うまで、5年ほど月日が過ぎた。

この5年間何をしていたかを聞いても言おうとしなかった。

ただ、北海道で雪の中、睡眠薬を飲んで凍死を試みたが、誰かに助けられたとか。

そんな事をしている間、Hのお母さんは胃がんの為胃を全摘し、ペースメーカーもいれていた。

どうもその事をきっかけに、地元の老人ホームに就職した。

張り切っていた。老人が好きだ。死んだばーちゃんを思い出すと。

夜勤明けでも残業ばかりして、24時間起きてるとか、いくら私が注意しても聞かなかった。

それでも、骨髄バンクに登録したり、

地区の有志で催ししていた、大衆演劇に入って、私を誘ってくれて、Hは町の娘役、私は違う演目で城の姫を演じた。

しかし、これもまた長く続く事はなくまた、Hは姿を消した。

お母さんが危篤。一軒しかいない親戚が探したけれどわからないと。

結局お母さんは亡くなった。

そのあと、お母さんの元彼氏は自分の家に火をつけた。

商店街だった為、近所数件が全焼した。

代々続いていた、家具店も。

そして、お母さんが居なくなった家には、沢山のネコが残されていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ