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そこにくるみの木があったから  作者: タラ吉の助
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逃病生活

父の病名は十二指腸潰瘍。学校から帰ると母から告げられたが、中学生の私にはピンとこなかった。今から40年前の事だし、その時の症状もわからない。店の建て替え中の1ケ月半毎日の店の売上は入らないうえ、建て替えに際しての備品代などお金はでる一方でそのストレスからこの病気になったのだと、のちに家に遊びに来ていた友達のおじさんに父は語っていた。「手術を…」との事だったが、手術をしたくない父は入院して投薬治療するとの希望で市内の病院に入院した。父が入院すると、私は夜一人だ、やった夜友達を呼んで好きなだけ遊べるぞ!と思ったのだが父がいても自由に友達も泊まりに来ていたし、逆に夜中ともなると寂しい。部活を終えて6時過ぎて家に帰ると、6時前には店に出る母には会わず、朝も起きて来ないので一週間会う事がなかった。さて、ここから父の本当の意味の逃病生活が始まった。しかし父は一週間ほどで帰ってきた。母はすごく機嫌が悪かった。「お父ちゃん病院追い出されたんよ!出入り禁止」「追い出さた?」さすがに子供の私でも耳を疑った。「お父ちゃん病院を脱け出して、スナックや居酒屋で酒を飲んでたのよ!」(そりゃダメだわ)私もそう思った。そこで夫婦喧嘩が始まり、父は「家で治す!」と。しかしまた違う病院に入院した。「今度はちゃんと入院して!恥ずかしくて病院に行けなくなるわ!」しかし事はコントのように繰り返されて、市内の入院できる病院は制覇した。追い出されては数ケ月家にいて、父はフッといなくなり、またフラッと帰ってきた。薬局で胃腸にいいとされる液体を飲んだり、だが、酒はやめられない。母が呪われたように呟いていた。「酒の一升が三日もたない」と。タバコも1日二箱。「俺にタバコをやめさせるには刑務所に入れるしかない。」自分の意志の強さを自慢していた。そんなある日退院したばかりの父から病院に人を迎えに行くからついてきてほしいと言われついていった。住み込みで働いてくれるホステスをスカウトしたのだと。行く道中の車の中で父の自画自賛が始まった。「俺は入院中でも店の宣伝をしてたんだ。名刺を配って、サービスで送迎するからと、遊びで入院してる訳じゃない、」と。しかもホステスまで見つけたと。病院に着くと玄関先で女の人が待っていた。(白いオオサンショウウオ)私の第一印象だった。おばさんは車の助手席にいた私に後ろに行くよう促した。おばさんは助手席に座ると父の横で何年も一緒にいる夫婦のような雰囲気をかもしだし、「ちょっと家に寄ってくれる?」父はそのおばさんの言うがままハンドルをきっていた。家の前に車を横付けすると10才くらいの男の子が立っていた。「お父ちゃんに挨拶して!」おばさんが言った。男の子は満面の笑みで「お父ちゃんこんにちは!」と、言った。すると、おばさんは父に「小遣いやって!」父は財布から5千円を出して渡した。「お父ちゃんありがとう!」「いい子にしてるのよ」おばさんは言った。私はこの寸劇を後部座席で笑いをこらえて見ていた。また面白いキャラが出て来たぞ。その日の夕方お店に出勤。おばさんの衣装はジュディ・オングの「魅せられて」。首から上が白いオオサンショウウオ首から下が魅せられてお父ちゃんの目に留まるわけだ。私は面白そうなので店に行って勝手口からのぞいてみた。おばさんは客とカウンターに座りあごで母を使っていた。母はカウンターの中でやれビールだのウィスキーだのと作らされていた。こりゃダメだ。母が一番嫌うタイプ。どっちがママかわからない。母は私がママよ!と、言うタイプ。案の定次の日には帰っていただいた。「客より呑んで客より酔っぱらうんだもの仕事になる訳ないじゃない」たしかに、魅せられてを着て出てきた時、「売上は私に任せて、じゃんじゃん呑んであげるから」と。しばらくして父はまた入院した。今度は少し変わった病院で昔よく店の客やホステスと夜中に遊びに行っていた温泉街にあった。温泉で治療しましょうと、いった湯治場的な病院だった。「ここはいい。最高だ」そりゃそうだ。温泉街だ、呑み歩くには最高だろう。昔のサザエさんの放送で波平がお風呂に入ってお盆に熱燗を乗せて呑んでるシーンがあり、やってみたくなり家で私がやってみた。一口呑んでる胸までお湯に浸かった心臓が

バクバクしだした。これはヤバイ!とゆー経験があり、父に話した所、この温泉街でやったらしい「俺もおはらしょうすけさんごっこをしたくて朝寝朝酒朝湯をやってみたけど死ぬかと思ったらしい。入院して一週間ほどで外泊で帰ってきた。退屈との事でけやきで作らせた丸いお盆を暇な時に磨くんだと持って行き、また帰って来ると松の盆栽を持って行き、また帰って来ると今度は飼っていた(本当は飼ってはいけない)ウグイスのウッチャン(父命名)も連れていった。しまいには嫁さんまで連れて行く勢いだ。どこに入院してもいつも帰ってきていたので私が見舞いに行く事はなかったが今回の病院は少し長く入院していたので母についていった。入院中つねに財布に30万ないと催促の電話がありその度に母は上納していた。部屋に入ると父一人だった。お盆や盆栽を飾りウグイスウッチャンも元気だった。「もう一人は外泊して家に帰っている」隣のベッドには人は居なかったが番茶の入った袋が天井まで積まれていた。私が下からずーっと上に向けて顔をあげているのを見て父が「隣の人のだ。家族が見舞いに来ないとすねて腹いせに買い物をしまくるんだ」と。天井まであるお茶の葉、どーやって飲むんだろ。ベッドの横にはトニックと鼈甲のくしが置いてあった。私のいとこ(私の代わりに服の仮縫いでサイズ確認の為男の子なのにワンピースを着せられてた)S人も子供の時心臓の手術で入院していた時もおばさんが忙しくて見舞いに行けなかった時売店でリカちゃん人形まで腹いせに買っていたらしい。見舞いに来てもらえないとみんなすねるのかな。少しして父が退院した。さすがに荷物が多く次の日に父と私でまた病院に荷物を取りに行った。今度は患者のおじいさんがいた。つるっぱげの。(あのトニックとくしはどこに使うんだろう)ボーッとしている私に「奥さん入りなよ」と、「えっ!あ、あの私奥さんじゃ…」といい掛けると、そのおじいさんは小指だけを突き上げ「これか!」と言った。「娘だよ」と言った父に「なんだ」と、残念そうに言っていた。荷物を持って「じゃあな」と、父。そのおじいさんは寂しそうに「おう!」と言った。今まですべての病院は追い出される形の退院だった。ここでは円満退院だったので病気が良くなったから退院できたのだと安心していた。数ケ月後学校から帰ると父は入院していた。「出血していたらしくとうとう足が立たなくなって、手術するのよ」と母が言った。それからすぐの手術だった。手術室から出た父はピクリとも動かなかった。私は大変な手術だったんだと、神妙な気持ちになった。二人の看護師が手術用のベッドから病室用のベッドに抱き抱えて移動させた「いてぇだろ!この野郎!」全身麻酔の父が叫んだ。さっきの神妙な気持ちは飛んだ。私は高校生になっていた。母はお店があるので私が学校を休んで付き添う事になった。執刀医が来て「これを摘出しました」と、いって丸いガラスの皿に父の内臓を片手でハンバーグをこねるようにクチャクチャもみながら「胃を少しと十二指腸を切りました」と説明してくれた。手術はみぞおちから真っ直ぐおへそへおへそを半休曲がりまたおへその下から膀胱近くまで切開したとの事だった。(すごい手術。嫌がる訳だ)父はずっと眠っていた。さて消灯は9時。暇だ。ふと廊下を見ると、大人用のリハビリ用歩行器が目に入った。(あれに乗って廊下を滑って遊ぼう)と、企んだ。10時くらいになって、廊下は静かになった。シメシメと薄暗い廊下を滑ってみた。静まりかえった薄暗い廊下に歩行器の音だけが響き渡った。(なんか怖い)すぐやめた。父はずっと眠っていたので朝まで長かった。次の朝父が目は覚ました。看護師が桃味のゼリーを持って来た。薬が入っているから絶対食べるよう言われたが「いらんぞ」「食べないと!」と、言ってもムダ。「京都で盲腸を切った次の日だってラーメンの出前とって食べたんだ、そんなのいらんぞ」あげくタバコを吸わせろと言いだし、「タバコを吸ったら血管が縮むんだから点滴してるんだからダメ」と、言っても吸わせろと、面倒なので、私が一服吸って父の口に持っていってやった。気持ち良く吸っていたがみるみる点滴の針のあたりから膨らんできだした。「見て見なさいこうなるのよ」ようやく吸うのをやめた。これで父の長い逃病生活は終わった。



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