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【S】  作者: マチカネ


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第5章 退治

 前半はレディ・オーガが活躍いたします。

 総合病院の休憩室、窓の外の様子を幸乃(ゆきの)は見ていた。

 新たな獲物を求めて出て行ったアンデッドの群れ、しかし病院の周囲には、未だアンデッドたちが残っている。

 病院の周りを動き回る、アンデッドの姿は終末を連想させる風景。

 まだ食糧には余裕があり、ライフラインも整っている。

 今、最も注意しなくてはならないものは人間の精神。

 刑事の鈴川(すずかわ)と医者は状況を分析し、みんなで生き延びる方法を話し合っている。2人の精神は、今のところは大丈夫そう。

 心配なのは部屋の隅に座り込み、一言も話さない看護師の2人。

 この様子だと、食料が尽きるより早く、看護師の2人の精神が尽きてしまうかも。

 突然、病院の前に黒塗りのワンボックスカーの一団が現れた。中には、黒塗りのハンヴィーやジープもあり、ナンバープレートは黒で文字の色も赤。

「何、あれ」

 幸乃の反応を見た鈴川も、何事かと窓の外を見た。



 獲物と認識したアンデッドの群れが、黒塗りの車両の周囲に集まり始める。

 一斉に車のドアが開き、飛び出した男たち、着ているものは黒い軍服。

 群がってきたアンデッドに向け、各自、背中に背負った火炎放射器を発射。

 燃え上がり倒れるアンデッド、それでも獲物を求めて群がってくるアンデッドの群れへ、容赦せず火炎放射を浴びせかけ続ける。

 先頭の黒塗りのワンボックスカーの助手席のドアが開き、日本刀を片手に、ダークスーツのレディ・オーガが降り立つ。

 掛けていたサングラスを外し、胸ポケットに引っ掛けた。

 そこを触手を振り回し、アンデッドが襲う。

 日本刀を抜き放ち、一刀両断。ふらついて倒れたアンデッド、頭を攻撃されたわけではないのに起き上がるどころか、ピクリとも動かなくなる。アンデッドのアンが消えた瞬間。

 日本刀の刀身は金属ではなく、白いプラスチックの様なもので出来ていた。

「野郎ども、一匹たりとも逃さず、駆逐するぞ」

 おおっと声を上げ、特殊部隊ダーククロウの隊員たちはアンデッドの群れを、次々とロースト。

 同情や情けを与える必要の無い相手、元々、死んでいるのだから。

 命を下したレディ・オーガも白い刀身の刀でアンデッドを斬り捨てて行く。


 窓の幸乃と目が合うと、レディ・オーガはニッと八重歯を見せて手を振る。

 つい幸乃も手を振り返してしまう。

「生存者の保護に行くぞ、柿木園(かきぞの)、着いて来い」

「ハイ」

 病院の中では火炎放射器は使えないので下ろす。

 声は幸乃と鈴川に聞こえた。相手の正体までは解らなくても、確実に解ったことが1つ。

「救助が来たみたいね」

 幸乃の一言で、たちまち休憩室は喜びに包まれた。

 看護師2人は抱き合って泣き、安心のあまり力の抜けた医者は座り込む。

「救援隊か……」

 大きな安堵の息を鈴川は吐いた。



「付き添いは、私1人でいいのでしょうか」

「かまわん、病院の中のアンデッドの気配は、3体しかしねぇ」

 柿木園はレディ・オーガに異を唱えることも疑うこともなく、一緒に総合病院に入る。

 廊下をレディ・オーガと柿木園は進む、誰とも出会わない、医者も看護師も患者も見舞客も。

 2階に上がり、しばらく行ったところで2体のアンデッドが蠢いていた。

 アンデッドにしてみれば人間は全ては獲物、相手が誰のなのか気にすることなく、両手を前に突き出し、向かってきた。

 腰のベルトに入れていたベレッタ92Fを抜き、柿木園は1体を撃ち、もう1体をレディ・オーガは間合いを詰め、斬る。

 頭は無傷でも倒れる2体のアンデッド。

 天井に張り付いていたペッシ・カショーロのような牙を生やしたアンデッドがレディ・オーガを目掛け、飛び掛かる。

 死角である天井からの不意打ち、それを完全に見抜いていたレディ・オーガ。むんずとアンデッドの首を掴む。

 右手に日本刀、左手にアンデッド、奇妙な絵面。

 カチカチ、牙を鳴らせ、アンデッドは噛みつこうとするが届かない。レディ・オーガの爪が首筋に食い込み、皮膚を傷つける。

 バギッ、首の骨が折れた。

「成仏しろよ」

 手を離すと、そのまま廊下に落ちたペッシ・カショーロのような牙を生やしたアンデッド。

 レディ・オーガの言った通り、3体以外、アンデッドは現れなかった。



 休憩室の前に来た柿木園、ドアをノック。

「政府から派遣されたものです、皆さんを保護しに来ました」

 部屋の中でガタゴトと音、急いでバリケードをどけている音。

 ドアが開いた。休憩室のみんなは何も言わず、レディ・オーガと柿木園の反応を待っている。

 レディ・オーガは部屋の中を見回す。

 刑事と医者、看護師2人、ピタッと幸乃で視線が止まる。さっき窓で見た時は、チラッとしか見ていなかったので気が付かなかったが、境界で和人(かずと)に見せられた待ち受け画像の人物の1人。

 待ち受け画像に映っていた“もう1人”を探すが見当たらない。

「息子がいると聞いたのだが」

 冷静さを装って問う。

「どうして、秀介(しゅうすけ)のことを知っているのですか?」

盛綱市(もりつなし)に入る前に、ご主人と出会ってな、妻と息子を助けてほしいと頼まれた」

 しまったと思いながらも、ありのままを話す。

「そうだったのですか」

 納得した幸乃、連絡は取れないものの、和人は市の境界まで来ていたことを知る。

「秀介は親友の弘一郎(こういちろう)くんと、一緒に病院の外へ避難しました」

 スマホで連絡を取ろうとしたら、

「あっ」

 電池切れ。

「そうか、ここにはいないのか……」

 がっかりするレディ・オーガ。

「でも親友と一緒……」

 良からぬ世界へ浸り始める。

 ゴホンと柿木園の咳払いで、現実に引き戻され、

「外のアンデッドの駆逐が終わったら、すぐに保護するからな、安心して待ってな」

 従来の任務を遂行。

「一つ、いいでしょうか」

 これで本当に助かった、そのことを実感した休憩室の面々の中から、鈴川が前に出てきた。

「あの化け物は何なんですか?」

 職業柄、今までいろんな犯罪者を相手にしてきた。しかし、あの相手は犯罪者の範囲から逸脱した存在。

「いろいろ機密事項もあるんでね、私が話せることは感染者だということことだ。便宜上、アンデッドと呼んでいる」



       ◆



 杉本巡査と岬との辛い別れは、秀介と弘一郎に大きなショックを与えた。

 かと言って、いつまでも落ち込んでいられないのは解っている。悲しみに打ち負かさせず、2人は前へと進む。

 杉本巡査と岬は秀介と弘一郎に、何としても生き残らなくてはならないという意思も与えてくれた。

「弘一郎くん、これから何処へ行こうか」

 このままブラブラしていても、何にもならない。

「そうだな、杉本巡査の言っていた、特殊部隊に出会えればベストなんだが……」

 政府が派遣したと言う特殊部隊。今、何処にいるのかは秀介と弘一郎には不明、総合病院に来てるなんて想像もできないこと。

 どこにいるのかも解らない相手を探して、アンデッドの徘徊する町中を歩き回るのは危険すぎる。

 一番手っ取り早いのは、何処かに立て籠もり、特殊部隊に見つけてもらうことを期待して待つ。

 立て籠もる場所は頑丈な建物で食料や水が確保でき、電気ガスなどのライフラインが整っていて、尚且つ秀介と弘一郎が、よく知っている場所が理想的。

 果たして、そんな都合のいいところがあるのだろうか、すぐに見つかるのだろうか?

「あっ、そういえば近くに定番の場所があったな」

 ゾンビ映画にはお約束の立て籠もり場所がある、その場所は盛綱市もあった。

「止まって、弘一郎くん。近づいてきている」

 アンデッドの気配が近づいて来ている。それもこれまで見た鈍足とは違い、かなりの早さで。

 金属バットを構え、周囲を見回す。

 曲がり角や建物の影に注意を向け、どこから来ても攻撃できる体制をとる。

 アンデッドは現れない、姿は見えない。今までは秀介が気配を感じれば確実にいたのに。

 集中して、秀介は気配を探る。

「上だ!」

 気配がするのは上。

 咄嗟に空を見る弘一郎。

 建物の屋根から、アンデッドが飛び降りてきた。

 細くなった体躯に対し、異様に長い手足のアンデッド。服はボロボロ、ほぼ裸。

 こいつは屋根から屋根へ、ジャンプして移動してきたのだ。

 黄色い歯を剥き出しにして威嚇。

 呼吸を整え、金属バットを八相に構え、タイミングを計る。

「ヒョエッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ」

 奇声を上げ、襲い掛かってくるアンデッド。

「チェストォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ」

 気合を発し、金属バットをフルスイング。

 体重を乗せた金属バットの一撃はアンデッドの顔面を直撃、衝撃で頭が千切れて飛ぶ。

 頭が無くなったのにアンデッドは立ったまま、ふらりふらり蠢く。

 アスファルトの上に落ちた頭、切断面からは細い触手が出てきて歩き出す。

 触手をうねらせ、頭はアンデッドの体を這い上がり、千切れた首とくっつく、元の場所とは微妙にずれて。

 頭を取り戻したアンデッド、再度、獲物を確認。

「おいおい、ゾンビは頭にダメージを与えれば、倒せるんじゃないのかよ」

 映画ではアンデッドは頭にダメージを与えれば倒せる。銃はもちろん、傘やレコードでも退治できていた。

 ゾンビ映画のルールを無視してアンデッドは倒れず、また襲い掛かってきた。

 流石の弘一郎もぶるってしまう。

 限界まで開かれた口が噛みつこうとした。

「弘一郎くんに、手を出すな!」

 親友のピンチに思わず出したパンチ、腰も入っていない力も入っていない、へなちょこパンチ。

 ところが腹にパンチが入った途端、アンデッドは痙攣。

 ぶるぶると痙攣しながら、体が砂の様になって崩れた。

「えっ?」

 何が起こったのか解らず、戸惑い自分の拳を見た。弘一郎の鍛え上げた拳とは違う、柔らかい拳。

「どうして、何で倒せたの?」

 そんなことはどうでもいいこと、弘一郎にあるのは親友が助けてくれたという事実だけ。

「ありがとう、助かった」

 裏表のない気持ちで感謝。

「僕は無我夢中で」

 照れる。今まで何度もいじめっ子から守ってくれた弘一郎を助けることが出来た。

 ちらりと弘一は崩れたアンデッドを見る。砂の山とボロ布、これも風が吹けば飛ばされ、消えてしまう。

「もしかして、こいつらの弱点は頭じゃなくて、腹なのか?」



 辛からくもアンデッドを倒すことの出来た秀介と弘一郎、目的の場所に向かうことにした。

 幸いアンデッドの気配を察知できる秀介のおかげで、崩れ去ったアンデッド以外との遭遇を避け、何とか目的の場所に到着。


 ショッピングモールの前に立つ秀介と弘一郎、入口の防犯カメラが2人を見ている。

 ジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』以降、ゾンビ映画の定番の立て籠もり場所となったショッピングモール。

 入り口には頑丈なシャッターが下り、入れない状態。

「これじゃ、入れないね、弘一郎くん」

「ああ」

 弘一郎のパワーでも、こじ開けるのは不可能。

 仕方がないとショッピングモールに入るのを諦め、秀介と弘一郎は立ち去ろうとした時、シャッターが動き出した。

 エッと振り返った2人が見ている前で、ゆっくり開いていくシャッター。

 シャッターが開ききった先には男たちが、ずらりと立っていた。中にはゴルフクラブやバールや釘打ち機を持っている者も。

 一団の中から、恰幅のいい初老の男が進み出る。

「ようこそ、朱野(あけの)ショッピングモールへ。私はここのリーダーを務めております、中村則夫(なかむら のりお)、あなたたちを歓迎いたします」




 朱野ショッピングモールの名前は『ゾンビ』の原題『Dawn of tne Dead』のDawn、夜明けから取りました。

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