第5章 最後の一本
新年、あけましておめでとうございます。
前方後方右左斜め上斜め下、人型、異形、どこもかしこもアンデッドだらけ。
今にも襲い掛かろうと、わらわら群がってくる。
逃げ場の無くなった秀介、一巻の終わりと思われた時、一歩、前に出た。
途端、アンデッドがたじろぐ、また一歩、前に出る、アンデッドがたじろぐ、感情など失っているにもかかわらず、怯え恐れて。
にっこりと秀介は微笑み……。
コケコッコーと一番鶏は鳴かなくとも、夜は明け、朝がきた。
いち早く起きた秀介。
「なんか、変な夢を見た……」
今の状況が原因なのか、変な夢を見た。
隣の弘一郎は、すやすやと穏やかな寝息を立てている。杉本巡査も岬も眠りの中。
誰も起こさないように布団から抜け出し、そっと仮眠室の外へ。
「う~~ん」
仮眠室を出た秀介、思いっきり背伸び。
チラッと視界の端に調理室が入った。仮眠室と同じように警官たちのためのもの。
勝手に悪いという気持ちはあったが、中に入り、冷蔵庫の中をチェック。
鶏肉と牛肉、ハムにソーセージ、食パン、パック入りの魚の切り身、卵、牛乳、オレンジジュース、ビール、炭酸水、ネギ、ショウガ、大根、トマト、レタス、キャベツ、みそ、マヨネーズ、マーガリン、麺つゆなど、いろいろ入っている。
「よし」
インスタント食品ばかりでは力は出やしない、せめてもの恩返しにと、秀介は朝ごはんを作ることにした。
腕まくり、備え付けのエプロンを装着。
枕元に置いたスマホのアラームが鳴る。
「稽古の時間だ」
起きた弘一郎、まだ寝ぼけの真っただ中。
「あれ、ここは何処だ」
最初に自分の部屋にいないと解り、頭の中の寝ぼけが旅立ち、警察署に泊まったことを思い出す。
アラーム音で杉本巡査と岬も起きる。
「あっ、すいません」
朝練の時間にアラームをセットしたままだった。
「いや気にしなくてもいい、いつもこれぐらいの時間に起きている」
杉本巡査の隣で岬は大欠伸。
弘一郎は隣に寝ているはずの秀介を見た。布団は空、平時なら心配せず、トレーニングに行くところ、平時ならば……。
何かあったのか! 慌てて仮眠室を出る。
「おはよう、弘一郎くん、朝ごはん、出来てるよ」
外ではエプロン姿の秀介が笑顔で朝ごはんの準備をしていた。
「ごめんなさい、勝手に調理場を使いました」
ぺこり秀介は謝る。
「謝らなくてもいい、むしろ、ありがたい」
並べられた料理を前にした杉本巡査、匂いも良し、ねーねー食べて食べてと湯気が手招きしているように見える。
「ほんと、涎が出てきちゃいそう」
すでに岬は料理に魅惑されていた。
「そうか、秀介、お前、料理が得意だったな」
学校の調理実習の時、女子に地団太を踏ませていたレベル。
メニューは焼き立てのトースト、ハムエッグ、レタスとトマトのサラダ、豆腐と大根の味噌汁。
「ご飯がいいかなと思ったんだけど、お米が見当たらなくて」
いくら何でも、あっちこっちを探し回るのは悪いと思たのでトーストにした。
「これで十分だ、後で米の置き場所を教えるよ」
勤めている署内なので、米の置いている場所ぐらいは知っている。
腹の虫が鳴いた、誰のものかは不明。誰であれ、もう我慢も限界。
エプロンを外した秀介が席に着き、みんなでいただきます。
「このお味噌汁、美味しい、後で作り方教えて」
結婚後の朝ごはんのレシピに加えることにした。
「これなら、特殊部隊が来るまでの籠城も心配はないな」
お前より美味いんじゃないかとは、未来の嫁の前では言えない、例え、心の中で思っても。
「久しぶりに食べたが、腕は落ちていないな」
いくつになっても褒めてもらえるのは嬉しいこと、それがスパイスとなり、より一層、自分の料理を美味しく感じさせる。
食後、秀介は豆腐と大根の味噌汁を初め、幾つものレシピを教え、
「なるほど、なるほど」
一生懸命、岬はメモを取る。
テレビの前に行き、弘一郎は付けた。公園の連中が言っていた通り、市内放送以外は砂嵐。
『みなさん、まずは落ち着いて行動をしてください、特にやってはいけないのはゾンビを匿うこと。いくら親しい人でも、奴らは、もはやあなたたちの知っている人ではないのです、決して近づいてはいけません』
市の発行する広報誌で、時々コラムを書いている学者が話している。
ふと思った、もし秀介や家族がアンデッドになったら、自分はどうするんだと。
戦えるのか、それとも危険だとしても匿うのか、答えは出ない。
延々とこんな番組を見ていても、気が滅入るので消す。
窓辺に立ち、杉本巡査は外の様子を確認。
ふらりふらりと、アンデッドの群れが徘徊している。
(数が……増えているな)
このことは黙っておくことにした、話したところで不安にさせるだけ。
ドーン! いきなり入り口のドアが叩かれ、一瞬、みんなの心臓がドキリ。
「……誰か来たのかしら」
ノックなのか、岬がドアの方に向かおうとした。
「近づいちゃダメだ!」
秀介は感じ取っていた、入り口のドアの向こうにいるものの気配を。
秀介の反応で、ドアを叩き続ているのがアンデッドだということを弘一郎も悟る。
窓の外を見ていた杉本巡査、徘徊していたアンデッドの群れが警察署内に入って行くのが見えた。
ドアを叩く音は、だんだん大きくなり、叩く数も増えていく、相当数のアンデッドが集まってきている。
ドアが揺れ、軋み、すぐにでもドアが破れそう。
「何で警察署のドアが、こんなにも脆いんだ」
壁に立てかけておいた金属バットを弘一郎は手に取る。
「予算不足なんだよ」
杉本巡査もSIG SAUERを抜いた。
「あそこから、逃げよう」
地下駐車場に通じるドアを秀介は指し示す。
気配を感じないのはもちろん、ドアは無音。どうやら入口のドアの前にアンデッドが集まっている様子。
今にでも破壊されそうな入口のドア、壊れてしまえば、一気にアンデッドがなだれ込んでくる。
逃げ道は1つ。
「地下駐車場へ行くぞ」
杉本巡査の決断は早かった、入ってきた時と同じく、先頭で杉本巡査が外へ出る、そこにアンデッドの姿なし。
「みんな、早く来い」
急かす、逃げるなら、今の内。逃げ遅れれば待っているのはTHE END、おまけにBAD END。
急いで岬、弘一郎、秀介は外へ出た。
秀介が地下駐車場に通じるドアを閉めるのと、入り口のドアが破られ、アンデッドがなだれ込んできたのは、ほぼ同時。
全員、階段を駆け下りる。
激しく叩かれ、鳴り、軋みむドア。ここも予算不足、ぶっ壊れ、一気にアンデッドの群れが飛び出してきた。
階段を駆け下りる秀介たちを追いかけるアンデッドの群れ。
獲物になってたまるものかと、必死に力を速力に込め、駆け下りる。
逃げる秀介たち、追いかけるアンデッドの群れ、命がけの鬼ごっこ。
背後に迫りくる異形アンデッドどもの長い腕や触手が、捕まえようと蠢く。
距離が縮まってくる、どんどんと。
秀介たちは地下駐車場に到着、走りながら杉本巡査はポケットからスマートキーを出し、ロックを解除、パトカーのライトが光る。
間一髪、運転席に杉本巡査、助手席に岬、後部座席には秀介と弘一郎が飛び込む。
全てのドアをロック、追いついてきたアンデッドがパトカーに群がり、叩き揺する。
こんな状況でも、むしろ、こんな状況だからこそ、全員がシートベルトを着ける。
「こんな時、ホラー映画だったら、中々、エンジンはかからないんだが、ありがたい時代になったもんだ」
アクセルを踏み、スタート。何体かのアンデッドは振り落とされ、何体ものアンデッドはしがみついたまま。
異形のアンデッドは鋭い爪で窓を割ろうと引っかき、叩き付ける。車内に金属を引っかく嫌な音が聞こえてきた。
いくら何でもパトカーまでも予算不足ではないので、簡単には壊れない、正し限界はある。
地下駐車場から飛び出したパトカー。
「しっかりと、掴まってろ!」
ハンドルを回しスピンをかけ、しつこいアンデッドを振り落とす。
最後の一体を振り落として、加速。
岬と秀介と弘一郎が後ろを見た、道路に投げ出されたアンデッドは起き上がり、尚も追いかけてくる。幸い動きが鈍いので距離は開いて行った。
運転している杉本巡査以外、無意識にホッと息を吐く。
外に出てもアンデットが沢山。るパトカーでも構うことなく、道路に飛び出し、襲い掛かってくる。
躊躇などしてしまったら、やられるのはこっち、次々に跳ね飛ばす。
強引にアンデッドの群れの突破を試みる杉本巡査。岬も秀介も弘一郎もしっかりと掴まり、耐える。
どんな絶叫マシーンよりも、怖すぎるパトカー。
道路に出てきた子供。ゆらりゆらりとした動き、青白い肌、濁った眼、パトカーの前にいるは子供の姿をしたアンデッド。
「なっ!」
条件反射だった、警官としてではない、人間としての。
急ブレーキを踏んでしまう。
猛スピードからの急ブレーキ。タイアを取られ、パトカーはくるくる回る。
「くそったれ!」
杉本巡査はハンドルを切る、パトカーはブロック塀に衝突して停止。
膨らんだエアバッグに顔を埋める杉本巡査。
「みんな、ケガはないか」
額を切ったが掠り傷なので、行動に差し障りなし。
「ええ、平気よ」
助手席の岬は無傷。
「大丈夫か秀介」
弘一郎も平気。
「ちょっと、頭がクラクラする」
これも少し経てば回復。
シートベルトとエアバッグ、しっかり掴まっていたことことで秀介たちは無事。
シートベルトを外すと、杉本巡査は外へ出た。
使い物にならなくなったパトカー、長いこと乗っていたので、哀愁が湧いてくる。
秀介と弘一郎、岬もシートベルトを外して車外へ。
「すぐにここを離れる――」
ほんの一瞬の油断、愛車を失ったショックもあった。
衝突の衝撃でクラクラしていた秀介も、気配に気が付くのに遅れてしまう。
岬に視線を向けていた杉本巡査、
「!」
いきなり背後から、這いずり飛び出してきたアンデッドに足首を噛まれた。
SIG SAUERを抜き、発砲、アンデッドは衝撃で吹っ飛ぶ。
「うぐっ」
しゃがみ込む、足首からは大量の出血、肉を食い千切られた。
「杉本さん、早く応急処置を」
頭のクラクラもどこかへ行ってしまった。いつも携帯していた小箱を取り出そうとして、今日は持っていなかったことを思い出す。
「俺は大丈夫だ、応急処置ぐらいは警察学校で習っているからな」
片手を出し、近づくのを制す。
「それより、早く行け、衝突音を聞きつけた化け物どもが集まってくるぞ」
それは杉本巡査を置き去りにするということ。
「心配すな、俺にはこれがある」
SIG SAUERを構え、笑顔。しかし、その顔は、とても良いとは言えない色。
「で、でも」
秀介の肩を弘一郎が叩く、辛辣な表情であり、決意を表す表情。
さっき撃たれたアンデッドが、ゆっくりと起き上がった。アンデッドの群れが集まってくる気配もする。
ぐずぐずしていたら全滅。
「彼のことは私に任せて」
岬の顔もにっこり。
「ごめんなさい」
涙を堪え、秀介は走り出す。
無言で一礼、弘一郎も走る。
出血する足首を引きずり、運転席のオープナーを操作、給油口を開けた。
「何で逃げなかった」
どっこいしょと給油口の横に座る。
「亭主を置き去りにして、逃げる薄情な女房じゃないわよ、私は」
杉本巡査の隣に腰を下ろす。
「はは、これじゃ尻に敷かれるな」
「あら、私は亭主関白の方が好みよ」
胸ポケットに入れておいた箱から取り出した煙草を一本銜え、ライターで火を付ける。
「映画通りだな、足首の感覚が無くなっちまった」
肉が食い千切られているのに痛みは感じず、傷口から徐々に感覚が消えていっている。
顔色も悪くなる一方。
消えそうになる意思を強い精神で保っている杉本巡査、それも時間の問だが……。
映画通り、アンデッドに噛まれた人間もアンデットになる。
「あなたの好物、茶碗蒸しだったわね」
「ああ」
「結婚したら、沢山作ってあげるわ。それに秀介くんに、いろいろレシピ教えてもらったから」
「それは楽しみだ」
どんどん集まってくる人型と変形のアンデッドの群れ。
周囲にアンデッドが溢れかえり、どこにも逃げ出す隙間は無くなった。わずかな隙間も、全くなし。
「ねぇ、子供は何人欲しい」
「そうだな、3人は欲しいか」
「なら煙草は止めてよね、健康に良くないから」
「解った、これを最後の一本にするよ」
フゥー、煙を吐いた。
やさしく、岬は杉本巡査に抱き着く。
一斉に襲い掛かってくるアンデッドの群れ。
杉本巡査は火の付いた煙草を給油口に放り込む。
走って逃げる秀介と弘一郎の背後で、大きな爆発音。
振り返る2人、何が起こったのか、すぐに解った。
堪えていた涙が堰を切り、秀介の目からボロボロとこぼれ落ちる。
「行こう、秀介。あの人たちの思いを無駄には出来ないからな」
そう言う弘一郎の目にも涙。
頷き、袖で涙を拭いた秀介、杉本巡査と岬に向かい敬礼、弘一郎も敬礼を送った。
再び、走り出す、秀介と弘一郎。必ず生き延びなくてはならない、杉本巡査と岬のためにも。
去年、亡くなったジョージ・ロメロ監督は、作品の中で、よく子供のゾンビを出していた印象があります。




