ある令息の困惑
声を掛けてくる令嬢はたくさんいる。その誰もが身分や将来性が目当てだった。どれもが同じに見えてなんの感情も動かないのでやがて皆見切りをつけて去っていくのだ。
彼女と初めて会ったのは王宮の舞踏会。靴擦れをしていた彼女の手当てをした。それから何かと王宮で姿を見るようになり話しかけてくるようになった。
彼女が放つ言葉はまるで決められたかのようで心が籠もっていないにもかかわらず何故か心を揺らす。
それが気に障って素気無く接していても彼女は怯むことなく私に話しかけてきた。王宮で何度もリオン様と会っているのを見て、私にだけではないと知った時怒りが込み上げた。
わかっていたことじゃないか。彼女の言葉は私のための言葉じゃない、惑わされるなと。
これ以上日常を乱されるのは許せなかったのでその場ではっきりと拒絶を告げた。これで今までどおりに戻れると思った。
再会したのは二回目の王宮舞踏会。第二王子のエニス様と一緒にいるのを見てまたかと思った。苦言を呈そうとしたら皮肉を言われた。なるほど、これが本性か。
意外にも真っ直ぐな眼差しで節操無しではないと否定した彼女に気後れし、悔しくて嫌味を吐いてしまったのは完全に負け惜しみであり恥ずべき行為だった。
彼女は嘘を言ってるように見えなかった。それならば私は酷いことを言ったことになる。だが素直に信じてしまって良いのか、平気で嘘を吐く女たちをたくさん知っている。
彼女の態度だって不審を抱かせるところがあった。心が伴わない言動。彼女がそうじゃないとどうしてわかる。
「関係ない」
さっき彼女に言ったようにもう一度自分に言い聞かせるために呟いた。
嘘であろうとなかろうとわざわざ知る必要はない、そんなことに時間を割くより多くの仕事をするほうが大事だ。
それなのに何かが少しずつ溜まっていく様な鬱々とした日々を過ごすことになった。仕事に支障をきたしたつもりはないが些細なことに苛つき、リオン様には心配を掛けさせてしまった。
そんな中また彼女に再会した。言い争う声がしたと思って見ると彼女とリオン様の婚約者のサラ様で、すぐさま最悪な予想が過ぎり割って入った。
問い詰めてみると言い掛かりを吐けていたのではなく誤解を解いていたと答えた。また誤解……
苦々しい気持ちになった。ずっと溜まっていたもの、それはもし彼女を誤解してるなら酷いことをしたいう罪悪感。結局ずっと気になっていたのだ。
彼女はまたしても真っ直ぐな瞳で否定した。それでも今更素直に応じることができなくて嫌味を口にしつつ感じるのは敗北感。悪足掻きにもほどがある。墓穴も掘るし……
彼女も好戦的だから余計言い争いになり、相性が悪いのだから素直になれないのも仕方ないのではないかと思えた頃、サラ様がポツリと呟いたのが聞こえた。
私に会いに来ていた?いや、それは知っていた。他の令嬢と同じで身分や将来性目当てで近づいてきたのだと。なのにどうして今更驚いた?
彼女が自棄になって他の誰でもなく私だけに会いに来ていたと言った。それを聞いて何故こんなに心乱れるんだ。
リオン様がやって来てサラ様と話してる間も頭が混乱していてまともに働かない。そう、まずは情報整理だ、事実確認を……
意識を現実に向けるとサラ様が叫び、去っていくのをレオン様が追いかけていったところだった。レオン様も変わられたな、もっと動じない方だったのに。
ふと彼女を見ると淑女にあるまじき悪意に満ちた笑みを浮かべていた。つい皮肉ってしまい、もはや癖だとうんざりする。当然彼女は怒っていた。
これ以上言い合いをしたくなくて話を移す。事実確認だ。
彼女が私に近づいた理由を訊くと身分や将来性を重視して何が悪いのかと言われた。それさえもその人の魅力だろうと。そんな人は他にもいて、その中で自分を選んでくれたのだと。
そんなことを考えたこともなかった。皆身分や将来性ばかりで私自身を見ていないと思って決め付けてその人自身を見ていなかったのは私のほうだった。
彼女も多くの中から私を選んでくれたのか……
少しの感動を覚えて呟けば否定された。私は再び困惑した。
リオン様とサラ様から先日見苦しいものを見せてしまったお詫びとしてお茶会に呼ばれた。ユーリア嬢と目が合うとお互い気まずそうに目を逸らした。始終その雰囲気のままお茶会は終わった。
「ユーリア嬢、今までの数々の無礼申し訳なかった」
帰る前に彼女に向き合った。彼女の挑発的な態度もどうかと思うが全面的にこちらの態度が悪かったからなので、よくよく考えてこれからはそんなことがないようけじめをつけたかった。
微妙な時間だったが彼女に謝罪ができただけでもこのお茶会に感謝した。
ようやく平常な日々に戻れるとそう思ったのだがそうはいかなかった。リオン様に昨日のユーリア嬢への態度はどうしたんだと訊かれた。
常に険悪だったのだからそう思われるのも仕方がないのかもしれない。素直に反省した旨を告げると納得してくださった。
「それでハイドはユーリア嬢のことをどう思ってるの?」
「どう、とは……」
虚を衝かれて口篭ってしまった。
「彼女は君に好意を持っているようだったからね。ほら、よく君に会いに来ていただろう」
私は誤解していたのにリオン様はきちんと見抜いていたのだ。自分の未熟さを改めて感じて落ち込む。
「前はそうだったかもしれませんが今は彼女が好きなのは私ではないそうです」
「え、そうなの?」
「はっきり本人に言われました」
「う~ん、どういうことだろう」
今度は納得されなかったようだ。サラ様を呼ぶから詳しく話してくれと言われた。
「ハイドであって私ではないと言われたのです」
訪れたサラ様に彼女に言われたことをそのまま話し、どういうことか訊いてみると気まずそう目を逸らされた。
「たぶん……、理想と違ったってことだと」
なるほどと納得した。私自身あの言葉には困惑するばかりだったのだ。
「だったらやはり彼女が好きなのは私ではなかったということですね」
「あ、あのっ、強がってるんだと思います。ハイド様と理想が完全に違うってわけではないですし、その……ハイド様に厳しいことを言われて、それで傷ついたから慰めるつもりで」
自業自得とはいえ改めて他人に指摘されるのは胸に刺さる。私の態度はそれほど酷かったのだ。
「でも、ハイド様は謝られたのだし、その誠意は伝わってると思います」
慰められるほど私はそんなに落ち込んでいるのだろうか。ありがとうございますと返すとサラ様のほうが落ち込んでいるように見えた。
いつもなら部下に任せるのだが気分転換も兼ねて調べ物をするために図書館に向かう。仕事をしていてもふと考えてしまうのはユーリア嬢のこと。
あの後サラ様は後悔しないようにとおっしゃった。彼女は出会いを求めて社交界に出ているらしい。
寄ってきていた今までの令嬢達は例外なく去っていった。彼女に関してはこちらに非があるので当然の結果だ。
何をどうしろというのか……、ユーリア嬢へのあの態度で人として未熟だったと十分後悔したというのにまだ後悔するようなことがあるのか。
気分転換のつもりが結局また思い悩むことになってしまい憂鬱な気分で扉を開くと目にユーリア嬢の姿が飛び込んできた。
高い場所に手を伸ばして本を取ろうとしているのは分かるが危なっかしい。注意しようと近づくと案の定手に掛かっていた本がふらついた拍子に他の本と一緒に飛び出して、
慌てて彼女を庇う。
「あ、ありがとうございます」
そう言って振り返ったユーリア嬢が私を見て驚いた。
「うそ」
呟かれた言葉につい眉を寄せるとユーリア嬢は弾かれたように素早く離れた。そんなに触れられたくなかったのか。
「無理な体勢で取るのは危険だ。こういう場合は足場を使うか誰かに取ってもらえ」
「っ……」
不機嫌がそのまま声に出てしまった。顔を引きつらせたユーリア嬢にまた不快にさせたかと思ったが間違ったことは言ってないはずだ。
「なんでイベント発生してんの!?」
「は?」
「な、なんでもないです」
そう言って足元に散らばった本を慌てて片付けると「失礼します」と去っていった。
どうやら不快になったわけではなく動揺していたようだが彼女の混乱ぶりがおかしい。イベントとはなんだ?
彼女にはよく困惑させられるなとため息が出た。
その後もよく彼女の姿を見かけたが向こうも気づいたとしてもお互い声を掛けることはなかった。
「お父上が立派であるからさぞ楽勝でしょうなぁ。この歳で未来の宰相と呼ばれるとはいやはや羨ましい限りですよ」
こういう輩はどこにでもいる。自分の実力じゃないから自惚れるなと皮肉を言われるのは何度目か。
ひとしきり言って満足したのか去っていく背中にそっとため息を吐く。相手にしないようにしているが不快なことに変わりはない。
ふと気配を感じて見やるとユーリア嬢がいた。余り見られたくないところだったので自然に顔を顰める。
「またイベント……」
何か呟いたようだがこの距離では聞こえなかった。
「君は宰相候補は実力のうちだと言っていたがそうは思わない連中もいるということだ」
何故わざわざいい訳をしているのだろうと苦く思う。黙って去ればよかった。
「珍しい、弱気になってるの?」
相変わらずの無遠慮な言い方に呆れた。
「私をなんだと思ってるんだ。そんなときだってある」
「別に悪いとは言ってないでしょ。ていうか何?弱気になるの恥ずかしいとか思ってるの?普通あんなこと言われたらむかつくし落ち込むわよ。自分に厳しすぎるんじゃない?」
私が厳しい自覚はある。他人に厳しすぎると言われたことはあるが自分に厳しいと言われたのは初めてだった。
他人に求めるなら自分にはもっと厳しくするのが当然だと思っていた。
彼女の言葉に心打たれたというのに言った本人は罰の悪そうな顔をした。
「今のなし、忘れて」
「は?」
挙句そんなことを言われてどうすれば良いのか、心に影響してしまった以上なしにされても困る。
そのまま走り去ってしまったユーリア嬢に不満を抱くも自業自得かと落ち込む。嫌われることなど慣れてたはずなのに。
またサラ様の後悔しないようにという言葉が頭を過ぎる。それは正しいような気がした。
このままではきっと後悔するのだろう。だけどどうすればいいのかはわからないままだった。
王宮に出仕したら自分の執務室から出ることのないまま仕事を終えて帰ることが多かったがここ最近は何か理由を見つけては出歩くことが増えた。一応気分転換を理由にしている。
特に仕事に支障をきたしていないし、むしろ程よく身体が解れるのか仕事終わりの疲労感は減ったような気がする。
今日も説明を兼ねて書類をリオン様に届けに行った。中庭のほうに回って帰ろうと向うとユーリア嬢を見かけた。足は自然に彼女の許へと動いた。
「ごきげんよう」
こちらに気付いたユーリア嬢が礼をした。彼女の取り繕わない態度の印象が強いせいか淑女のように振舞われると戸惑う。どうせすぐ剥がれるのにと笑ってしまった。
ユーリア嬢が目を丸くするのを見ていきなり笑った自分の無礼に気付き、表情を改めて挨拶をした。
「今日は逃げないのか」
「逃げてないわよ!……ちょっと、事情があるの」
やっぱり剥がれたなと呆れつつその方が落ち着くと思った。彼女の言い難そうな雰囲気に理由を話す気はないようだと察する。
別の話題をと思い浮かんだのは一番気になっていたことだった。
「良い相手は見つかったか?」
「なんのこと?」
「いろんなパーティに出ているんだろ」
「なんで知ってんの!?」
「サラ様から聞いた」
「あんのおしゃべり!」
「未来の王妃様に不敬だぞ」
「友達だからいいの!」
彼女くらい裏表がなければ分け隔てることのない純粋な友情を築けるのかもしれない。きっと夫婦関係も。
思い描いた未来があまりにも都合の良い内容で思わず顔を顰める。今更彼女を伴侶に望むなんておこがましい。
「どうしたの?」
黙りこんだ私を変に思ったのだろうサラ嬢が覗き込んできて、思わず仰け反る。
「いや、それでさっきの話だが」
「見つかったかって?ぜーんぜん!」
時間の問題だろうが未だの状態に安堵する。かといって自分がどうにかできるとも思えないが。
「言っとくけど高望みしてないからね!」
何も言っていないのに強調するあたり自分がまだ彼女からどう思われてるのかがわかる。
「別に思っていない」
「ならいいけど」
否定しても彼女の中の自分の評価が変わったようには見えず、彼女も同じように歯痒い想いをしたのかもしれないと思い至ると更に自己嫌悪に陥った。
「こうも見つからないなら商人から探すのもありかも」
「身分には拘らないと言うのか?」
「拘ってる人とは合わないのよね」
顔をしかめて見せる彼女に前に言っていたことを思い出す。彼女は本当に身分で人を選ぶような人ではなかったのだ。
「確かに私は偏見な上思い込みが激しく頭の固い男だな。君の言う通りだった」
「え、なんでまた落ち込んでるの?」
さすがにこうも続くといつものように気丈に振舞えない。これ以上情けない姿を見られたくなくて去ろうとした。
「ちょっと待って!私飴持ってるの、あげる」
「甘いものは苦手だ」
「落ち込んでる時ぐらい我慢して食べなさい!」
渋々受け取ると彼女は満足そうに笑って、それを見て罪悪感で胸がいっぱいになった。
「私は君に優しくしてもらう資格がない」
「何急に、重い感じになってんの?」
「散々君を傷つけてきた。ひどいこともたくさん言ったし、君の言うことを信じなかった。」
「……謝ったじゃない」
「あんな簡単な謝罪じゃ私のしたことを償ったことにはならない」
「それは、これからしていけばいいじゃない」
「もちろんしていくつもりだ」
だが償えたと思える頃には彼女の隣には別の男がいるのだろうと切ない気持ちになる。
「だからもう私に優しくするのはやめてくれ。正直居た堪れない」
「は?……私が?いつ?」
驚く彼女に自覚してないのかと呆れた。
「この飴とか、この間の言葉とか」
「この間って……」
「廊下で会った時のことだ」
「あ、あれは忘れてって言ったじゃない」
途端気まずそうな顔をする彼女に訝しむ。どうしてそんなに嫌がるのか。
「無理だ。あの言葉は心に響いたから今更忘れられない」
「あの言葉は私の言葉じゃないの!知ってる言葉をつい言っちゃっただけで……」
以前彼女の言うことはまるで決められた言葉を話しているようだと思っていた。それを指摘したことを気にしているのだ。
だけどこの間の時はそう思わなかった。
「たとえ誰かからの受け売りだったとしてもあの時君がその言葉に同感して言ったのなら私にとってはそれが君からの言葉になるんじゃないのか?」
「そうかもしれないけど……、あなただから複雑なんじゃない」
最後は小さな呟きで私には聞こえなかった。気にはなったがきっと聞かせるつもりがなかったのだろうと思って触れなかった。
「まぁ、いいわ。確かにあの言葉は自然に出ちゃったんだし、あなたが不快に思わなかったんなら気にしないことにする」
「深く考えずすぐに口にしてしまうのが君だろ」
「なにそれ、また嫌味?」
「褒め言葉だ」
「!?」
ずっと困惑させられてた身として虚を衝かれた顔をした彼女になんだか一矢報いれたような気がして笑みが零れる。
「だから、笑うなんてずるいのよ」
彼女の言葉はまた聞き取れなかったけど表情は不快そうではなかった。
「顔が赤いぞ。風に当たり過ぎて風邪でも引いたんじゃないか?」
「そうね、もう帰るわ!」
「送っていく」
「大丈夫!」
勢い良く断られ去っていく背中を見送ることしかできなかった。少し打ち解けられたような気がしたのだがそう思うのはずうずうしかったかと落ち込んだ。
「それはきっとハイド様の笑顔が素敵だったからではないでしょうか?」
何故かまたリオン様とサラ様から強請られて昨日の出来事を話すことになっていた。それを聞いたサラ様が目を輝かせて言った言葉に戸惑う。
「笑顔ですか?」
「普段笑わない方が笑ったら嬉しく思うものではないでしょうか」
険悪な仲になってから久しぶりに見た彼女の笑みは確かに嬉しかったように思えたが……
「私は笑うのが下手なので喜ばれるとは思えませんが」
「自然に零れた笑みが変なわけがありません」
「はぁ……」
納得しきれていなかったので気の抜けた返事になってしまった。
「私はよく分かるよ。愛想笑いはくれるけどなかなか本当の笑顔をくれなかったからね」
「……それって私のことですか?」
「たまに零れた笑顔は本当に嬉しかったな」
肯定した言葉にサラ様から活き活きとした表情がなくなり目に見えて萎れてしまった。
この二人は最初からうまくいっていたと思っていたので意外に思った。
いじめてる自覚がないのかリオン様が笑顔でサラ様に話しかける。
「それで、ユーリア嬢は何か言っていた?」
「それは私の口からは……」
二人が私に昨日の出来事を聞いてきたのはあの後ユーリア嬢がサラ様の屋敷に行って何か言ったかららしい。何を言ったのか気になる……
「ただひどく戸惑っていたみたいで、嫌われてると思ってたのに笑顔を向けられて、嫌われてないのかどうか不安みたいで」
「彼女のほうが私を嫌っているのではないのですか?」
「まさか!」
強い否定にひどく戸惑う。あんなにひどいことをしたのに嫌われていない?
「ユーリア様は感情的な方ですが悪意のない人を嫌う方ではありません」
「私は悪意を持って彼女に接しました」
「今は違うでしょう?それはちゃんと伝わってます。今は嫌ってらっしゃいません」
その言葉に気持ちが救われる。サラ様の言葉は優しく心が籠もっているのが分かるので信頼できるのだ。この方が未来の王妃だと思うと頼もしかった。
「今度王宮で開かれるパーティーに出るそうです。ダンスを申し込んでみてはいかがですか?」
普段誰もダンスに誘わない私がそんなことをすれば驚かれるのも無理はないだろう。
ユーリア嬢をダンスに誘った途端周りがざわついた。だがそんなことを気にするより彼女の様子のほうが気になる。
ユーリア嬢は驚いて回りの視線を気にしながら戸惑っていた。
「うそ、なんで」
赤くなった顔は嫌がっているようには見えなかったので少し強引に手を取ってダンスフロアへ連れ出した。
ダンスの構えを取ると彼女も恐々と手を添える。拒絶は感じられなかったので少し安堵し、音に合わせてステップを踏み出した。
彼女は戸惑っていてもダンスの動きは滑らかで、初めて合わせたのに踊りやすかった。始めは無言だったが少し緊張が解れてきたのか彼女が話しかけてきた。
「なんでダンスに誘ったの?」
「サラ様に申し込んでみたらどうかと言われて」
「なんだ、あなたの意思じゃないのね」
「いや、誘いたかったから後押しになったんだ」
どうして今までできなかったのだろうと思えるほど素直な言葉か出てくる。いつもと違う私に彼女が戸惑っているのがくすぐったくて気分が良い。
「私のこと嫌いじゃなかったの?」
「誤解してたんだ。本当の君を知って嫌いなところなんてなかった」
「たしかに私は軽い女じゃないけど、全くの誤解でもなくて一部は当たってたわ」
それはきっと他人の言葉を自分の言葉のように使っていたことを言っているのだろう。
「今は違うだろう?」
「もちろんよ」
強い瞳で言い切る彼女は気高くて好ましい。
「ちなみに今のはサラ様の言葉を真似た」
「は?」
虚を衝かれた顔をした彼女はやがて私の意図を汲みとって苦笑した。下手なりに伝えた気遣いが通じてほっとして零れた笑みに彼女が頬を染めた。その反応に期待させられる。
こんなに緊張するのは初めてだと思いながら口を開いた。
「こんなことを言う資格が今の私にないのは解っている。だがこのまま君が誰かと結ばれるのをただ見守って諦めるのは無理そうだ。これからも償い続けるからそれを見届けてほしい
できれば私を結婚相手の候補の中に入れてくれないか」
最後の言葉はかなりの勇気が要った。相当驚いたのか彼女からの反応がなかなかなくて緊張は高まるばかりだった。もうすぐ曲が終わる。
彼女の足が止まって私も立ち止まる。彼女の顔は真っ赤だった。
「わ、わかった」
ぎこちないながらも応えてくれたのは色好い言葉で報われたのが嬉しくて溢れ出た笑みを見て彼女が腰を抜かした。
ハイドが少しでも挽回できていたらいいなぁ…