第96話 謝罪と控室
女神喫茶午前の部も終わりに近づき、わんことニャンコは僕の膝枕でお昼寝中。
思っていたより文化祭は平和で、多くの観衆からの視線以外を除けば天国気分で過ごせている。
最近色々忙しかったこともあり、ゆっくりと流れるこんな時間をもっと堪能していたいな。両手で二人の頭を撫でながら思わずこっちも口角が緩んでしまう。
そんな贅沢な時間を邪魔する様にスマホにメールが一件。
椿さんからである。内容も予想していた通りに謝罪がしたいとの事。昨日ゲレンデが言っていたものね。
女神降臨タイムが十一時に終わる。そのタイミングで女神喫茶へお越し頂く様にとメールの返信を打ち込み送信。小さな溜息が漏れた。
お嬢の鐘の音と共に女神降臨タイムが終わり、屋上を後にするお客様方を見送った。
女装メイドやメイドズが空いたテーブルを片付ける。その作業がピタリと止まり、お嬢の後ろから椿さんと田中美佐さんがご登場。
笑顔の椿さんから発せられるラスボスオーラは母さんに似ている。やっぱり姉妹なのだろう。
その横にいる田中さんは依然見た時よりもオーラが小さく……いやまあ、ほんの二時間前にお会いしましたがその時よりも気持ち縮んでない?
「ここではアレなので控室に」
そう僕が促すと「そうね」と椿さん。頷く田中さん。
立ち上がろうとしたけれど、僕の膝にはわんことニャンコが……
「こっちを貰うわ」と椿さん。自分の娘を優先させなさいよ! 素早く眠るわんこを抱っこして頬ずりをして控室へと歩き出す。それについて行く田中さん。
「じゃあこっちを頂きますわ」とお嬢。ニャンコを抱き上げうっとり寝顔を堪能してから歩き出す。お嬢は関係者じゃないから、これからあるだろう謝罪現場にはいてほしくないのだが……
僕も立ち上がり控室に足を向けたが、歩みを止める。視界の隅に捉えたのだ。ゲレンデが大きな身長をかがめて逃げ出そうとしている所をね。
僕はダッシュでゲレンデ確保。左腕をしっかりと絡めて逃がさないぞと顔をジト目で見つめる。
真っ赤だね。
控室に入ると天国と地獄だった。
まずは天国の紹介。
椿さんの膝枕で眠るわんこと、お嬢に抱っこされて眠るニャンコこと椿さんの娘の向日葵ちゃん。二人とも天使の笑顔だ。
椿さんの手がわんこを撫でると尻尾がヒョコリ。お嬢に抱っこされるニャンコの寝息にも癒される。
さっきまで僕が独占していたのになぁ。
続いて地獄。
ソファーに座る天国とは違い、床に土下座させられている大和撫子こと田中美佐さん。
以前会った時とは違い、今日はパーカーにジーンズと言ったラフな格好。多少汚れても良い恰好かもしれないけれど、床に土下座はどうかと思うよ。
「以前は申し訳ありませんでした」
その声が控室に響き、ソファーに座る椿さんからお尻をチョンチョン蹴られる田中さん。
「声が小さい。もう一度」
十分大きかったよ。わんことニャンコが起きるでしょうが!
「申し訳ありませんでした!!!」
控室の壁がビリビリを震えるほどの大声で謝罪する田中さん。うるさいよ……
ビクリと肩を震わせてわんこが起きちゃったじゃない。ニャンコの方はお嬢が上手く抱きしめ方を変えて耳をカバーしたらしくまだ寝ている。かわいい。
起きたわんこは周りをキョロキョロ。尻尾もピンと垂直に警戒中。そんなわんこをゆっくり抱きしめる椿さんが一言。
「うっさい」そしてまた田中さんのお尻をひと蹴り。鬼か!あんたが「声が小さいもう一度」と言ったのに……
「田中さん。取り敢えず座って下さい。僕は全然気にしてませんので……そうだ! メイドズ紅茶を人数分貰える」
「畏まりました」と返事をもらい改めて田中さんに視線を戻した。
ゆっくりと立ち上がる田中さん。それを支える様に傍につくゲレンデ。
とても残念だ。ゲレンデが女装メイドじゃなければ絵になる姿だろうに……
ゲレンデと共にソファーに座る田中さんの表情はまだ硬い。
「美佐ちゃんでも優ちゃんに悪さしたら許さないからね」と椿さんが空気の読めない脅しをしてくる。こういう所は母さんそっくりだ。流石母さんの妹である。
「僕は本当に気にしてません。あっそうだ! 昨日の事だけど、ゲレじゃない坂道くんに命を助けられましたよ。階段から落ちた所を受け止めてもらって、あれは死んだかと思った。あはははは」
全力で話題を逸らしましたが何か?
「あら、よくやったわ坂道!」と笑顔で褒めてくる椿さん。
「うむ、夏休みの特訓の成果が出てるな」と表情も柔らかくなった田中さん。
ここでメイドズから紅茶が入りみんなでリラックス。このタイミングを逃してなるものか!
ここぞとばかりに学校生活でのゲレンデの様子を盛って紹介。もちろん良い方をね。
椿さんも田中さんもゲレンデが褒められている現状を嬉しそうに聞いてくれる。
もう土下座の件も忘れてくれただろうか。
そんなティータイム中わんこを撫でるのを止めない椿さんへ、夏休み前からある疑問をぶつける。
「椿さん、朱王って何です?」
撫でる手がピタリと止まり、ボッと音がしたのかと思うように顔色が赤く染まる。その数秒後には田中さんを睨みつけた。
気のせいだと思うけど、椿さんの背中に登り龍が見える。
はは~ん、さては聞いちゃいけない奴だった……
マジ反省。
「美佐ちゃん、ちょっと場所代えて話そうか」
地獄から聞こえてくるような低い声にわんこの尻尾が垂直に立ち、逃げるように僕の隣へと抱き着いた。
田中さんは…………逃げた。
人間鍛えると一瞬にして移動できるのですね。控室のドアが虚しく開いている。
「優ちゃん、向日葵をよろしくね。ちょっとお仕置きしてくるから。うふふふ」
口調は優しいのに顔が笑ってない。
周りはと言うと、ゲレンデも青い顔して震えている。お嬢も見えてるのかな登り龍。向日葵ちゃんだけ天使の笑顔でお昼寝中。知らないって事が幸せな事もあるのだな。
お淑やかに歩いて去る椿さんを見送り、自分の失言の大きさに僕も鳥肌が治まりませんでした。
ついさっきまで平和な時間だったのになぁ……
お読み頂きありがとうございます。
少しづつですが手直し中です。




