第54話 短冊と眉間
ライブに夢中の母さんを置いて、わんことDJと秘書ちゃんで祭りを回る。色んな屋台がある。
わんこがする射的姿を微笑ましく見たり、DJが普通の屋台でアメリカンドックを褒めたり、秘書ちゃんがリンゴ飴で舌を真っ赤にさせたりと祭りを堪能した。
途中短冊を配っているおばちゃんに止められ、願い事を笹の葉に書き吊るす。
一人でも多く幸せになれますように 僕
いっぱい撫でてくれますように わんこ
彼氏ができますように DJ
お見合いはもうこりごりです 秘書ちゃん
みんなの短冊を吊るしていると一つの短冊に目が留まった。
もっと女装ができますように
名前は書いてないが・・・どうしよう。普通が普通でなくなってきている。
「やっとみつけた!」振り返ると奴がいた。母である。目が座っているが母である。
「なんで最後まで見て行かないのよ! 大盛り上がりだったんだから!」スピーカーから流れてきて知ってるよ。
「そうです優様! 一生懸命練習しましたのに!」
「学生時代思い出しました~」
「CDもかなり売れています」
「優様に早着替え見てもらいたかったです」
それでか、今は制服姿じゃなくバニーガールなのは、周りの注目を集めて仕方ないんだが・・・
「わんこちゃんに、優ちゃんに、その他はこれからまだ時間ある?」その他は失礼だろ!
「神林さんね」
「どうなの? 時間あるならちょっとだけ付き合ってほしいのよ」
「僕は大丈夫だけど二人は?」
「兎月くんが行くなら私も」と手を上げるわんこ。
「千和が行くなら」と手を上げるDJ。
「女装ができるなら」と手を上げる普通。おい! どこから湧いてきやがった!
「それじゃ行きましょ。商店街の外に車回してあるから」
そこから目的地まではすぐだった。5分もしないで到着したそこは日本庭園のあるお屋敷。九条椿の家(第25話参照)である。
屋敷からは祭囃子が聞こえ、縁日のような明るさとソースの焼ける匂いが門に入る前から鼻をくすぐる。
秘書ちゃんがインターホンを押すと門が開き浴衣姿の向日葵ちゃんが僕へタックル。それを抱きしめて、そのまま抱き上げる。
「お姉様お待ちしていました」と向日葵ちゃん
「いらっしゃ~い。あら今日は大人数ね。料理追加しなきゃね」と椿さん
「「「「坊ちゃんようこそ」」」」
強面さん達の一斉の挨拶に皆が引いていた。
「ほら優ちゃん行くわよ」さっさと中に入る母さんとメイドズ。
「おいここって」普通よ、わかるぞ。そりゃ怖いよね。
わんこは僕のワイシャツの裾を握って放さないし、DJは秘書ちゃんの後ろに隠れている。
「僕の親戚だからさ、大丈夫だよ、たぶん・・・」
ぞろぞろ中に入ると椿さんに拉致られるわんこ。
「千和が! どどどどどどうしよう!?」DJよ、怒涛のど連続だが・・・
「神林さん大丈夫だよ。前も笑顔で撫でられていたし、きっと浴衣あたりに着替えさせられて来るって」
「それならいいんだけど」
広い日本庭園の中には屋台が数種類あって焼きそばやらお好み焼きやらを焼く強面達。その中に何故かゲレンデの姿があった。
「よう! ゲレンデ何でここに居る?」
「用があるって言ったろ。それがこれだ。本当は商店街の方に出すはずだったが新ステージ分店が出せなくてな、余った屋台をここで手伝ってる」えっ!? ゲレンデってこっちの世界の人?
「こりゃ孫の友達かね?」
ゲレンデと同じく体格のいいお爺さんが現れた。その横には九条斎賀の爺さんも。茶飲み友達かな?
「よく来たな。こいつは厳冬と言って古武術道場やっとる。今焼きそば作ってるでかいのの爺様じゃ」なるほど、ゲレンデの祖父と言う事か。
「あれ? 師範がどうとか言ってなかった?」
「師範はここの椿嬢ちゃんじゃよ。もう嬢ちゃんでもないか」
風を切る音が聞こえ、厳冬さんの眉間に割り箸が刺さってる。これ死んじゃうんじゃ・・・
「まったく冗談も通じんのかの~」刺さった割り箸を抜くが血の一滴もたれなかった。その深い眉間のしわで受け止めたの!?
「ほら優ちゃん見て! 見て!」と椿さんがわんこを連れてきた。
私服姿からピンクの浴衣へお色直ししたわんこがモジモジしながら歩いて来る。それをダッシュで迎えるDJ。
「千和よく似合ってる~」DJは写メ取り放題だな。
「確かに似合っているわ」顔を真っ赤に染めるわんこを抱きしめる母。
「なぁ兎月、俺の女装はどうしたよ」うるさいあっち行け!
ゲレンデから渡された焼きそばを一つ手渡し、普通の口をふさぐのだった。




