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酒場の親父は転生者  作者: 乱世の奸雄
酒場の親父は転生者 第一巻
4/51

とある王宮の召使い(メイド)事情

「夢じゃあ無かったんだなあ」

 俺は、人生初の天蓋付きベッドで就寝するという異世界体験から目覚め、起きてもまだ異世界にいることを知る。

 まだ夜も空けきらない時間であったが、寝たのも普段からするとかなり早い時間だったので、睡眠時間は十分に取れていた。

 普段から俺の寝付きはとても良いのだが、それは異世界に来ても変わらないらしい。そんな変わらない自分を発見することで、少しほっとする。

 部屋の中を見渡すと、隅の方に陶器製の豪奢な水盥があった。これで顔を洗うらしいと見当を付ける。

 溢さないよう気をつけながら慎重に顔を洗い、備え付けてあったタオルを遠慮無く使う。

「そこにあるものは何でも使って良い」などとは言われていないが、俺がこの世界に持ち込んだものなんてユ○クロのスウェットスーツと下着だけだ。無ければそこにあるものを使うしか無い。それが道理である。

 ちなみにその貴重なるスウェットスーツも、証拠隠滅の名目で取り上げられ処分された。

 世界征服じゃなかった、世界進出を目論むユ○クロ様も異世界進出は無理だったらしい・・・・・・。

 無精髭が伸びているので気になったが、この世界にシェーバーなんて便利な物は無いので諦める。この世界の男性陣はカミソリ片手に剃っているのだろうか、自分でやると傷だらけになりそうで怖い・・・・・・。

 ざらざらする顎を撫でつつ、隣の部屋に移動する。ヤンが置いていった荷物を確認するためだ。

 TRPGなんかではこういった道具は、冒険者必需品として登場したりするからなんとなく中身の予想はつくのだが、自分で実際に使ったことが無い物も多いだろう。元の世界でもキャンプぐらいならしたことはあるが、現代日本のキャンプ場は驚くほど便利だから、所詮は真似事にすぎないのでは無いかと思う。

 荷物は革製のナップサックのようなものにまとめられており、大きく丸めた革製のマットが蓋の部分に突っ込まれている。

 確認した中身は、下着の替えや野営用の調理道具――小さな鍋とか皿とかナイフにフォークとかだ――、火打ち石らしきもの、タオルや薄い革製の雨具、水筒や裁縫道具等も入っている。

 下着やタオルなどは新品だが、その他はそれなりに使い込まれている。準備された時間の早さから見て、王宮の兵士用に備えられた備品という気がする。それらを確認してから元のとおりナップサックに詰め込む。

(知識はなんとなくあるが、使えるかというと話は別なんだよな・・・・・・)

 俺は、中身がオタク全開バリバリ野郎なので、基本はインドアな人間だ。血迷ってキャンプに行ってみたりしたことはあるが、楽しいとは思えなかったのが正直なところだ。だから やむを得ないとはいえ、野宿とかは進んでやりたくはないものである。

 しかし考えてみると、この先野宿をしないで済むようになるどころか、真っ当な職にありつけるかどうかもハッキリしていない。

 先のことを考えると、さすがに不安でいっぱいになるのだが、この不安を解消する手段としては、やはり一刻も早く定職を見つけ、完全な自分だけの寛げる空間を手に入れることしかないだろう。

俺は、自分の部屋になら何時間籠もっていても苦にならない性質たちで、魔法研究とかなら寝食を忘れて取り組みそうで怖いぐらいである。

例えば会社に入社したばかりの頃は、新作RPGに夢中になっていたら夜が明けていて、会社に行く途中の太陽の光で溶けそうになっていたりした。

しかしそんな自由な行動さえ、安定した職とそれによってもたらされる収入、誰にも邪魔されることの無い自分の空間というものがあって初めて為し得ていたのだと、今更ながらに思い至る。

 無くしたものの大きさに改めて嘆息しながら、確認を終えた荷物を元に戻し、立ち上がって大きく体を伸ばして一息入れる。

 そろそろ夜明けが近いらしく、窓の外からは小鳥の鳴き声が聞こえて来る。

「朝チュンってやつか・・・・・・。隣に誰もいないと虚しいだけだがな」

 暇だったので一人でぼけていると、急に扉が開いてヤンが入ってくる。聞かれるとは思っていなかったので凄く恥ずかしい。「ノックぐらいしろよ!」と思うが、ここはやつの部屋なのである。

「もう起きておられたんですね、昨夜はよく眠れましたか?」

 どうやら聞こえていなかったらしく、俺が起きているのを見て驚いた表情をさせて入ってくる。

「いや、さっき起きたばかりです。おかげさまでグッスリ眠れました。我ながら緊張感が無いなと呆れていたところです」

 おどけるように肩をすくめ、自嘲気味にほほえむ。

「いえ、それなら良かった。少し早いですが、朝食を用意します」

 そう言って、ヤンは一度部屋を出て行くったが、ほとんど時間をおかずに戻ってきた。両手には、いろいろな荷物を抱えている。

「すいません、朝食が出来るまで少し時間がありますので、今のうちにこれに着替えていただけますか?」

 俺は頷き、促されてヤンとともに寝室に戻る。

 ヤンは寝室に入ると、寝台の上に着替えを並べていく。こちらが見やすいようにとの配慮だろう。用意された着替えは、地味な草色のシャツと毛織っぽい素材のズボンに革製のベスト、靴下と皮靴にベルト等だった。

 それらは何というか、普段は着ない野性味あふれる格好のような気がして気恥ずかしくはあったが、他に着替えが無いことは明らかで、こちらでは標準的な服装なのだろうと考えて、ヤンが先に寝室を出て行った後、一人で着替えた。

(メイドさんでもいれば、着替えさせて貰ったのにな)

 などというたわいの無い妄想をするのはいつもの癖で、楽しい妄想で気分を高揚させるためである。これは、メンタルの維持には馬鹿に出来無いほどの効果があり、こんな状況下にあってもストレスの軽減に役立つのである。

 俺は、着替えを終えた自分の姿を確認したくて無意識に鏡を探す。だが、朝に顔を洗ったときに気付いたが、この部屋には鏡が置かれていない。社会人として最低限の身だしなみを整えるために、洒落っ気の無い俺自身ですら姿見ぐらいは用意しているのだが、ヤンの奴は俺より無頓着のようである。

無い物はどうしようも無いので、自分では今の姿を確認できない不安もあったが、諦めて部屋を出る。そして、そんな俺の姿を見ても、ヤンが特段何も言わない処を見ると特に問題なかったらしい。ちなみに、男に褒められても嬉しくもなんともないので問題無いなら何も言わないのが正解だ。

 それから、昨日も食事を取った四人掛けのテーブルにヤンが座っていたので、俺も向かい合うように座る。食事の用意はまだのようで、その間に雑談でもしようかと口を開き掛けた時、控えめだがしっかりとしたノックの音がする。ノックに、ヤンの方は特段返事をしなかったが、扉は勝手に開いてカートを押した女神が入室してくる。

 そう、女神。いや、正確に言えばその姿はいわゆるメイドさんというべきものだったが、俺の脳内では究極変換されて女神様の様な存在として認識されている。

一瞬、先ほどまでしていた俺の余りにもタイムリーな妄想故に、それが現実化したのかと疑った――正確に言うと、とうとう自分が壊れたのかと疑った――のだが、それは俺の妄想が生み出した存在では無く、本当に現実の存在であった。

彼女は、この王宮に仕えるメイドさんなのか、非常に洗練された動きで扉を必要なだけ開けると、朝食と思われる料理の皿がのったカートを押して、部屋に入ってくる。

 ちなみに、その世界で初めてメイドさんを見たはずなのに、なぜ彼女がメイドさんか解ったのか?

 だがそれは、彼女の姿を見れば説明されるまでも無い事なのだ。上品な黒のワンピースにフリルのついたエプロンドレス。頭にはホワイトブリムをかぶり、どこからどう見ても俺の知るザ・メイドさんそのものの姿である。

(そうか、メイドさんの装いは、全異世界共通だったんだ!!!)

 俺は、内心の大きな衝撃と共にそんな感想を抱く。それは、感動と言ってもいい。

 しかもこのメイドさん、入ってきたときから思わず凝視してしまうほど、洗練された上品な動きだった。カートを押しているときもほとんど音を立てないし、給仕も手早く行ったにもかかわらずほとんど気づくような音を立てない。動作の一つ一つが徹底的に計算され、洗練されており美しい。

(下手な貴族よりよっぽど高貴な存在じゃないのかこれ?)

 失礼な話だが、あまりの衝撃に口をポカ~ンと開きっぱなしのまま見とれてしまっていた。最後にはにっこり上品に微笑んで、小声で「どうぞ」と言われた。その姿もすこぶる上品だ。やっぱり女神様で良い。

 全てが流れるようなご奉仕だった。気がつくと終わってしまっていて残念という感じ。メイド喫茶でお店のメイドさんに絡んでいる奴を見かけたりするが、今のメイドさんであればその隙は全くないであろう。究極のプロフェッショナルをこの目で見た気がする。

 ヤンに食事をうながされたが、正直上の空だった。せっかくメイドさんが用意してくれた食事の味もろくに覚えていない。いや、まあ作ったのは男性コックさんあたりなんだろうけどね・・・・・・。

 ヤンは、そんな俺の様子を見て、なにやら難しい顔をしている。どうせ失礼なことでも考えているんだろうが、こいつに話しても理解される訳も無い。

「それほどの衝撃なのだよ、本物のメイドさんってやつはさ」

 そう独り言ちると、さっと気分を切り替える。

(危うくメイドさんのおかげで主導権を握られるところだったぜ、油断ならないやつだなこの若造)

 完全に八つ当たりの怒りの視線を送ると、ヤンは困惑した表情を見せる。

(「理不尽な」ってところかもしれないが、大人ってそういうもんだぜ)

 ヤンは俺の無言の視線をどう受け取ったのか解らないが、嘆息して話を切り出した。

「昨日ご依頼のありました、当座の資金及び就職先の斡旋につきましてご説明します。まず資金の件ですが。銀貨三百枚をご用意させていただきました。一部はすぐ使用できるように銅貨に変えてあります」

 ヤンは足下に置いたバッグから、大きな革製の巾着袋を二つ取りだし、俺の前に差し出す。

俺は興味深げに大きな袋の方を開け中身を取り出すと、手のひらの上に広げる。思っていたより歪な、百円玉位の大きさの硬化が入っていた。

 片方の面には人物の横顔らしきレリーフが見受けられ、裏面にはクロスした剣の意匠が施されている。所々黒ずんでおり、本物の銀だろうと見当を付ける。

これが、新品同様であったら、俺を謀るために用意したのかと勘繰る所だが、見た感じでは一枚一枚使い込まれた風合いがあり、見事にバラバラであるところを見ても「手持ちをかき集めました」感を感じるのだ。

 銀貨を袋に戻して、今度は小さな袋の方を開ける。五百円玉より少し大きいぐらいの硬化と百円玉ぐらいの大きさの硬化が二種類入っていた。小銅貨と大銅貨であろうと当たりを付ける。色は見慣れた十円玉と同じだ、日本の十円玉は純度百パーセントじゃ無かったはずだから、こちらにも何か混ざっているかもしれないが、純度の管理などこの世界でどれだけなされているかは不明であった。ヤンへの尋問でも時間の関係であまりにも込み入った話を聞く暇が無かったし、使う分には全く関係の無い話である。

 一方、使うという意味ではこの世界の貨幣制度について、昨日聞き出した話を思い返す。

 まず、この世界の通貨における最小の単位が小銅貨である。俺の感覚で言うと百円位の価値であろうか、見かけのことも有り、つい十円と思ってしまいたくなるが、一枚で大きめのパンが買え、五枚でサラダとおかずのついた食事が取れるとの事なので、まあ大ざっぱに百円と決める。これが価値の判断基準になってくる。

 次に大銅貨だが、これは小銅貨の十倍の価値を持つ。ちなみに、大きさが十倍では使いにくいからだろうが、そこまでの大きさでは無く精々が五百円玉くらいの大きさだ。

 大銅貨の次が小銀貨になり、大銅貨十枚が小銀貨一枚となる。つまりは百円千円一万円と理解できる。

 百円以下が無いのは不便じゃないかと思ったのだが、それ以下は品物の分量で調節すれば十分対応可能らしい。量り売りの世界と思えば良いのだろう。

 次の貨幣は大銀貨なのであるが、十万の貨幣なのかと思ったら二.五倍の価値、両替すると小銀貨二枚と大銅貨五枚になる。どうやら重さが二.五倍あるようで、この部分だけ銀本来の価値に合わせている。

その次が小金貨だが、これ迄の小銅貨(百円)、大銅貨(千円)、小銀貨(一万円)と各単位の一の位だったので、単純に小銀貨十枚分(十万)かと思っていたら百枚分(百万円)だった・・・・・・。

しかし、貴金属の価値は採掘量で変動するので「例えば金の素材価値が上がったとき、銀貨を金貨に両替してから鋳潰して換金すれば差額が儲かるな」と然り気無く貨幣制度の問題点を指摘してみたところ、ヤンが目を丸くして「市中に出回る貨幣を勝手に鋳潰すのは犯罪です。極刑になりますよ」と教えてくれた。

それでも「見つからなければいいんじゃね?」とか考えていたら、ヤンの奴は見透かしたように、「ちなみに、そんなことをすればすぐ魔法で見破られますので。ここでは子供でも知っていますよ」とのたもうた。

(怖えー、魔法超怖えー)

その忠告を、俺が心に刻んだのは言うまでもない。

そして最後の貨幣が大金貨となり、小金貨二.五枚分の価値だ。これがこの国で通常使われる貨幣と言うことになる。ちなみに、大きさや種類は違えど、彫り込まれた絵柄は全て同じ意匠となっている。金型を使い回しているらしい、まあ効率的と言えるだろう。

ヤンは銀貨三百枚と言ったが、通常小さい方の貨幣を、小を着けずに銅貨銀貨金貨と呼んでおり、大の方にだけ大を着ける。よってこの場合だと、銀貨三百枚と表現し、金貨三枚分の価値となる。

それならば、最初から金貨で貰った方が嵩張らなくていいように思うかもしれないが、日常生活で百万円の紙幣の使い勝手を考えてみればすぐにその問題に気がつく。

(貰う方も払う方も堪ったもんじゃないだろう?)

つまり、ヤンは俺が使いやすいように配慮してくれた、というわけである。

ちなみに、一般庶民の中には「金貨を見たことしかない」という連中がたくさんいるらしいから、俺も同じようになるかもしれないな・・・・・・。

そういうわけで、俺は金貨三枚分(三百万)相当の準備資金を手に入れたわけだ。この金額、多いと思うか少ないと思うかは人それぞれだろう。俺としては――思ったよりは多いけど、失った物の補填としては少ない――だろうか。

 俺はそれ以上の感想を抱かずに、平然と受け取りヤンに続きをうながした。

「次に、新たな就職先の件ですが、これがその斡旋をして貰う人物への紹介状になります」

 ヤンが取り出したそれは、幅が三十センチぐらいある羊皮紙の巻物だった。中央に赤い紐が巻いてあり、その上から封蝋がしてある。

 ヤンはそれを青色の高そうな布でくるみ、さらに木の箱を取り出すとその中に納めてから手渡してくれた。ある意味今後の人生を左右する手紙だ、先に受け取った準備資金より余程大切なものだと言える。俺は受け取ると大事に荷物の中に納める。その様子を、ヤンはじっと見つめていた。

「それでは、朝の兵士達が入れ替わりで帰宅するのに紛れてここを出ていただきます。それから外に案内役を用意していますので、その者について行って下さい」

「解りました」

 俺は素直に頷くと、用意された鞄を肩に背負う。

「ああっと、忘れていました」

 ヤンは一度部屋の奥に引っ込み、昨日かぶっていたつば広の帽子と灰色のローブを持ってきた。自分の分を装着しているのを見ると、予備ということらしい。

「これで顔を隠して下さい。この格好なら一見して魔術師に見られますし、魔術師は取つきにくい人が多いので絡まれにくいのですよ。ただ街の外では目立つので、後で回収します」

 そう言われて、一度荷物を下ろし灰色のローブを着込みつば広の帽子をかぶる。

(おお、本物の魔術師装備だ、杖も欲しいなあ)

 俺は物欲しそうな目で、ヤンの杖を見ていたのだろう。ヤンは顔を引きつらせながら体で杖を隠す。

(いや、別に取らないから。別に見るくらい良いだろう?)

 俺は素知らぬふりをして、視線をそらす。ちょっと魔術師装備に並々ならぬ興味があるだけだよ、うん。

 しかし、帽子とローブだけでもちょっと気分が高揚する。

(案外、呪文唱えたら行けちゃうんじゃね?)

 そんな馬鹿な事を考えてしまうが、魔法を使うには色々準備が必要らしく、そうそう簡単に魔術師になることは出来ないそうだ。まずは魔術師への適性があるかないか調べなくてはならないらしいが、この世界でも数百人に一人の確立でしか、適正者は見つからないのだとか。

(まあ、俺に適性が無いとかあり得ないんだけどな。多分な。もし無かったら、かなりへこみそうだ・・・・・・。 なんせ、俺の生きるモチベーションそのものと言っても良いからな)

「行きましょう」

 ヤンが扉を開けて先行する形で部屋を出たので、その後に黙ってついていく。部屋を出るのは、昨日地下の祭壇を出てこの部屋に入って以来で、実は周囲の様子や建築様式をもっと観察したいところであったが、挙動不審と思われるのが怖くて視線だけ動かして見える範囲を見るのがやっとであった。

(もう二度と来ることは無いだろうし、もっと堪能したかったが仕方ないな。特にメイドさんとか、メイドさんとか、メイドさんとかな)

 全部メイドさんになっている気がしなくも無いが、まあ気にすることでは無い。インパクトが強くてメイドさん以外のことは覚えていられそうに無いからな。

 ヤンの後をついて、方向音痴で無くとも容易く迷いそうな複雑なルートを通り、王宮の北側に出る。方角は太陽の位置からの推測だ。

 王宮から城門までの間には外庭があり、北門は城に仕える人たちの通用口として利用されているらしく、兵士や庭師、商人っぽい人など、思った以上に人が多かった。

(なんというか、人種的にばらばらだな・・・・・・)

 イルゼ王女とヤン、そしてメイドさんしかこの世界の人を見ていなかったが、イルゼ王女とメイドさんは西洋人、ヤンは東洋人っぽく見える。城の外庭を行き交う人々も西洋人っぽかったり、東洋人っぽかったり 、肌が褐色だったり、白かったりと見事なまでにバラバラである。

 ヤンが言ったように、兵士達の交代時間なのか一斉に城門を出て行く一段がいたので、それに紛れるようにして城門をくぐり跳ね橋を渡る。出て行く人に対する警備は必要ないと考えているのか、俺の不安をよそに、全く誰何すいかされること無く通り過ぎる。

 街の中に入り一度振り返ってみると、城門の遙か上までいくつもの尖塔が建ち並ぶ華麗な王宮の姿が見える。尖塔の屋根は青く、頂点には赤地に交差した剣を意匠した三角旗が風にたなびいていた。

(戦うための城では無く、権威の象徴としての見せる城だな)

 その姿を見て、密かな感想を抱く。つまりは、そこそこ平和な世界と思って良いのかもしれない。少なくとも、人間同士の戦争はやっていない可能性が高い。

 少しヤンに遅れたので、慌てて距離を詰める。地面は石畳で舗装されており、比較的清潔な印象を受ける。イメージではもっとゴミゴミした感じだろうと考えていたが、現代日本に生きていた身としては、これはこれでありがたい。

 城下の町並みはほとんどが平屋であり、二階建て以上の建物はあまり見られない。外壁は石材を切り出して積み上げられたとおぼしき石壁で、その上に木材で屋根を付けている家が多かった。

 城門が完全に見えなくなった頃、ヤンは一軒の、入り口の間取りが広く扉の無い建物に何気ない感じで入る。その建物の感じから、どうやら商店のような感じを受ける。

 中に入ると、俺の予想通りその家は商店だったらしく、多くの棚に商品とおぼしき物品が並べられ、数人の店員が来客の相手をしていた。

 ヤンは、その中の一人に気さくに声を掛けると、そのまま奥の通路に躊躇無く入って行き、俺も置いて行かれまいと、カルガモよろしく後を付ける。ヤンが通路の突き当たりにある扉を開けると、中庭っぽい場所にでた。

(隠れ家みたいでかっこいいな)

 俺は、そんな感想を抱く。

「すいません、少しここでお待ち下さい」

 ヤンは、入ってきた扉に再び戻ると、それほど待つこと無く数分で戻ってきた。ヤンの後ろには、老齢の男性が付き従っている。案内役の男だろう。

「ここからは、この者が御案内します。帽子とローブはここでお脱ぎ下さい」

 ヤンに言われて渋々帽子とローブを脱ぐ。

(名残惜しい。魔術師気分はもうおしまいか。いつかきっとお金を貯めて自分で買うとしよう、そういう楽しみがあると仕事の張り合いが増すというものだ)

「では、私は城に戻って色々とやることがありまして・・・・・・。そう、特にお仕置きとか、お仕置きとか、お仕置きをデスね」

 ヤンはにこやかに、どこか吹っ切れたような表情で告げる。

(あ~、イルゼ王女やばいんじゃないかな、これは。ヤンの奴、相当溜まっているぞ、無理も無いが・・・・・・。)

 美幼女のこの後の事を思うと、いささか同情を禁じ得ない。

「ああ、色々と世話になった。王女殿下にも『夜露死苦ヨロシク』伝えてくれ」

 だが、俺も勿論容赦はしない。『夜露死苦』の部分に十分な殺気を込めて伝える。ヤンは苦笑いしつつ「承りました」と答えた。まあ、少しくらいのお仕置きをしないと、また暴走しそうだしな。

 俺は、城に戻るヤンを見送った後、老人の案内で反対側の出入り口から外に出る。

 この世界に来てから一番長い時間を共にした人物と離れたことで、そこはかとない心細さを感じるが、意識して無視した。心の均衡を保つには、こういった欺瞞のテクニックは重要だ。自分で自分を騙すとも言う。

 老人とは基本的に話すことも無いので、黙々と後をついて行くだけだ。

 二十分ほど無言で歩いて老人の健脚に驚きつつ、自分は運動不足からか逆にへばりつつ、やっと目的地に着いたのか、大きく立派な建物へと入っていく。

 この世界では王城を除くと、ほとんどが平屋で希に二階建ての建物を見るくらいであったが、老人が入っていこうとする建物は四階建てであり、周囲に異彩を放っている。その建物の周囲は、やけに慌ただしく、特に荷馬車がせわしなく行き交っている。

 どこかで見たような風景だな、と考えていると不意に脳裏に獣耳少女の姿が浮かぶ。ちなみに、もう二度と見ることが出来ないであろうアニメの画像である。そこからの連想で商館か商会かなと当たりを付ける。

(本当に異世界ではラノベ知識がフル活用できる。先人達に感謝しなくては)

 そんな感想を抱きつつ、老人と共に正面の扉をくぐると。そこは戦場であった。

 ・・・・・・いやべつに、血しぶきが舞っているわけでは無いのだが、そこかしこで怒鳴り合いつつ、どうやら商談とおぼしき会話を繰り広げている。凄まじいばかりの喧噪で、よく会話が成立しているなと感心しきりだ。

 いつものことであるのか、老人は気にした様子も無く奥のカウンターに向かうと、その奥で懸命に手に持った羊皮紙に書き込みをしている男性に話しかける。

(いや、絶対に聞こえないだろ?)

 そう思ったが、男は老人を見もせずに、ペンを持つ右手で部屋の奥を指さしながら何かを叫んだあと、用は済んだとばかりに。一心不乱に書き込みを再開し始めた。

 老人も特に気にする風で無く、指さされた方へ向かう。

(あれで話が通じるとか、どうなっているんだ???)

 明らかに異次元のやりとりに目を丸くするが、ここではいつものことなのか、誰も気にした様子が無い。

(そういえば、基の世界でも、市場で行う競りの様子は全く理解できそうに無かったな。それと同じ事か・・・・・・)

 そんな感想を抱いているうちに気がつくと、老人の姿を見失っていた。

(こんな時動くと余計ややこしい事になりそうだな。しばらく待つか・・・・・・)

 そう思ってその場に立っていると、それほど待つこと無く老人が一人の恰幅の良い男と一緒に戻ってくる。ちなみに向こうも俺を見てそう思っているに違いない。

 老人は手振りで外に出る事を促し、先に出口に向かう。俺は、ここでは会話出来る自信が全く無かったので、素直に従って表に出た。

 外に出てすぐ、老人は「後のことは頼む」と告げたあと、俺に頭を下げて歩き去った。彼の役目は俺にこの男を紹介するところまでだったらしい。帰りも淀みない健脚を見せ、瞬く間に人混みに消えていった。

(この世界で移動手段と言ったら歩きが基本か、後は馬車かな・・・・・・。でも馬の面倒見るの、超めんどくさそうだよなあ・・・・・・。車欲しいよ、車)

 無い物ねだりにも程があるが、そうしないとストレスマッハなのでしょうが無い。

 俺は紹介された新たな人物である、商人とおぼしき中年男性に向き合った。

 話しかけるタイミングを計っていたのだろう、商人らしい如才無い笑顔を見せ、軽く頭を下げると自己紹介を始める。

「はじめまして、ゴードン・フェヒナーと申します。街から街への旅商人でして、今回はコオロン様のご用命で、ご一緒させて頂くことになりました。どうかよろしくお願いします」

「こちらこそ、ご迷惑をおかけします。ウート・ヴォージオンと申します。メセルブルグまでご一緒させて下さい」

「いやいや、願ったり叶ったりですよ。慣れていると言っても一人旅は退屈ですからね。話し相手がいれば、時間が経つのが早い。では、時間が惜しいですからもう出発いたしましょう」

 男はいかにも旅の道連れが出来て嬉しい、と言った様子を見せ、こちらへの気遣いを見せながらそう告げる。なかなか人当たりの良さそうな人物である。

「わかりました」

 初対面の挨拶なんて、長い社会人生活で慣れたものであるので、当たり障り無く済ませる。ちなみに偽名については、この世界で生きて行くにあたり本名は隠し通すことにしていたし、元々SNSで使用していたハンドルネームである「神威武」も、この世界の人々には発音が難しいようなので、事前に適当に考えていたものだったりする。この世界では以後ウートと名乗ることにしようと思う。

 さて、ゴードン氏に案内されて、商館の倉庫スペースに止めた馬車に向かう。ゴードン氏は主に酒類を扱う商人で、エールやワインを仕入れて各地の町や村に卸すのが仕事の内容だと説明される。その言葉のとおり、荷馬車には多くのエールとワインの樽が並んでいる。

 俺が紹介状を持って向かう先は、王都から離れた遠方の町メセルブルグの領主である伯爵様のお屋敷だそうだ。

メセルブルグ迄は道中七日の距離だが、その間にいくつか町や村を通る予定で、そこでも商売をするらしい。

 商人は各地を旅したり、商人同士の繋がりがあったりと情報にも詳しいはずなので、俺としてもこの世界の情報を仕入れられそうだし、有意義に過ごせそうである。

「では、出発します」

 ゴードンと並んで荷台に座り、初めての馬車に少しドキドキしながら操作を見ていると、ゴードンが「ヤァ」と言うかけ声と共に手綱を繰る。

 最初は荷馬車の重量のため、ゆっくりとした動きではあったが、徐々にカッポカッポと足音を響かせながら馬車が進み出す。

現代の自動車に慣れている身としては、ものすごくゆっくりではあるが、馬が懸命に馬車を引っ張っているのを見ると、なぜだか無性に応援したい気持ちになり、遅いとか思ったりはしない。これはこれで良い物と思う気持ちは大切だろう。

(「馬の世話とか面倒かな」とか思っていたけど、馬かわいいよ、馬。就職先にもいると良いなあ)

俺はそんな暢気な考えを抱きつつ、異世界初の旅行へと旅立つのだった。


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