とある祭りの出店事情
メセルブルグの街は、目前に迫った祭りの準備に追われていた。
街の東西南北を貫くメインストリートだけでは無く、全ての通りが大小様々色とりどりのオブジェで飾り立てられ、準備のために忙しく人々が行き交っている。
特に中央広場付近は、夜通し踊り騒ぐ若者たちのため照明の準備や舞台の準備が進められ、本番の時を今か今かと待っている。街全体が、祭りの予感に浮き足立っているようだ。
かく言う俺も、二週間前から各種の準備に追われていた。と言うのも、店のオーナーであるハンナから祭りへの出店を直々に言い渡されたからであった。
「ウート、今度の祭りの仕切りは全部あんたに任せるから」
「は? 俺、祭りの事なんて何にも知りませんけど・・・・・・。」
「な~に、大した事はしないよぉ、出店を出して振る舞いの料理を出すだけさね。簡単さ」
ハンナはあっけらかんと言い放ったが、無茶振りにもほどがある・・・・・・。俺はやむなく、困ったときのマルセロに泣きついた。
「いったい、何をどうすればいいんですか?」
俺の情けない姿を、常連客達は散々いじってから「しゃ~ね~な」と言って、相談し始めた。なんだかんだ言っても、面倒見のいい人たちなのである。
「そうだな、市場の中央広場に近い一角に場所押さえてやるから、そこでなんか料理を出せ、料理と言っても商売じゃない、振る舞いだ。代金は取っても問題無いが、お情け程度ってやつだ」
マルセロは、そう言って「どうだ?」と言わんばかりに俺を見る。
「そうですねえ、わかりました。問題ないと思います。ただ、普通の料理じゃ面白くないですよね?」
俺はニヤッと笑って、マルセロの反応を見る。今から一人で準備したんじゃ間に合うとは思えないので、巻き込む気満々である。
「なんかいい案があるのか?」
案の定、マルセロも乗ってくる。興味津々の様子である。
(かかったよ、あっさりと)
俺は内心ほくそ笑みつつ、話を別の方向に飛ばす。
「そういえば、そろそろ本格的に厨房の方を何とかしたいんですよね」
肩透かしを食った、マルセロは渋面で唸るように言う。
「それとこれと何の関係がある!」
「いえですね、どうせやるならいっぺんに色々片づけたいなと。俺が作りたい調理台があるんですけど、いきなり作ったら失敗する可能性があるじゃないですか? だからお祭りで、同じのものを試しに作ってみたいなと思いまして、ゆっくり自分で何とかするつもりでしたが、祭りにかこつけて、やったらどうかと今思いつきました」
マルセロは、その内容を吟味するように顎に手を当てて首をひねりながら、鋭い眼光を俺に飛ばしてきた。
「それで、何を手伝えばいいんだ」
よし、これで言質は取った。後は思い切り巻き込んで、祭りの準備で人出してもらえればいろいろ経費が浮きそうで、内心しめしめと手薬煉を引く。
「ちょっと待っていて下さい」
俺は一旦自分の部屋に帰り、こつこつ自分の案を書き込んだ板の束を持ち出す。
紙とインクは高いので、マルセロに頼んで板切れを分けてもらい。台所の薪の燃えかすから炭を取って書いた力作である。溜まったこれを見ただけでも、俺の苦労がしのばれるってものである。それを持って、常連客達の元に戻る。
「まず、俺が厨房に欲しいなと思っているのが、オーブンとコンロとホットプレートでして、簡単に言えば、オーブンはパン窯に近いもので、コンロとホットプレートは中段で火を焚いて、上段にあるプレートや鍋を焼くのです。それから、中段で焼いた薪は燃え尽きると灰になって落ち、下段で集めるようにします。そんな感じの調理具です」
俺は、板に描いた図面を順に見せながら説明していく。
マルセロだけじゃなく、他の常連客達も集まってきており、その眼は意外と真剣だ。
「それがあればどうなるんだ?」
マルセロが尋ねてくる。
「そうですね、調理が楽になります」
一同が期待を外されたのか、ガックリとした表情と気配を漂わせる。
「それだけかよ・・・・・・」
まあ、この人たちは自分で調理をしないんだろう。世の奥様方が、どれだけ苦労して調理しているのかわかってない。こういう論理的に状況を改善する能力はどちらかというと男性の領分なんだが、問題点を理解しないと、改善しようとするわけがない。女性は健気にあるもので何とかしようとするものだ。
この人たちを説得するには、理解しやすい結果を話した方がいい。
「それだけですが、これを見た世の奥様方はこぞって言うでしょう。『私もあれが欲しい』ってね、そして今よりもっといろんな調理法を利用しやすくなり、色んなメニューが開発され、おいしいものが食べられるようになるでしょう」
俺のこの言葉に、元大工の棟梁と言う肩書きを持つ、メルケルが反応する。
「へえ、そんなもんか。ちょっと面白そうだな」
「まあ、物は試しじゃないですか、今回、祭りでこっちのホットプレート使いたいんで、協力お願いできませんか?」
俺は畳みかけるように言う。メルケルは膝を叩いて、頷いた。
「よし、乗った。材料費はこっちで何とかしてやる。その代わり詳しく作り方を教えろよ、弟子達に覚えさせて、そっちで元を取らせて貰うからな」
メルケルは、意外とちゃっかりしたところを見せる。まあ、俺としても材料ロハなら願ってもないというものだ。だがこれだけでは足りない、俺の計画遂行にはマルセロが必要だった。
「マルセロさん、木工ギルドでは森林の管理もしているんですよね?」
俺は、マルセロに以前聞いていた話の確認を取る。が、何故そんなことを聞いてくるんだコイツという怪訝な顔をされた。まあ、損はさせませんよたぶん。
「まあな、それがどうした?」
マルセロは、俺の方を睨みながら「俺は簡単には使われないぞ」と言わんばかりの警戒心を滲ませ向き直る。
「枝打ちした枝や、間伐材の行き先は薪ですか?」
「大抵はそうだな」
「じゃあ、それを薪として使うまで乾燥させるため、保管しているんですよね?」
「そりゃあそうだが、一体何が言いたいんだ? ハッキリといわんか!」
俺の煮え切らない質問に、マルセロが切れた。
「確認しただけですよ。結論から言えば、俺が欲しいのは炭です」
仕方なく、俺は結論から伝える。意外と気が短いじいさんだ。
「炭って、あれか? 木の燃えかすのことだろう? あんなもんどうするんだ?」
マルセロは、結論を言われても解らないようだ。だから順に説明しようとしたのだが・・・・・・。
「炭と言うより、木炭ですね。生木を空気に当てないようにして、蒸し焼きにして作ります。生木を使えるので、長期間の乾燥の手間がいりませんし、副産物も色々手に入ります。何より、木炭は木より軽く、煙が少なく、燃焼時間が長いなど、薪より優れた点があります。料理にも最適なんですよ」
これ以上、マルセロを怒らせても益はないので、一気に説明を加速させる。
「特に、煙が少なく、燃焼時間が長いのが祭りの際に必要な条件です。薪を使ったら辺り一面煙だらけですからね」
「ああ、普通は調理してから持ち込むもんだからな」
俺の懸念に、マルセロは頷く。後は利益を仄めかせば落ちるはずだ。
「同量の薪より高価で、より運びやすく、副産物も色々取れます。木工ギルドの森林部門の副業としてぴったりだと思うんですが」
俺は、揉み手しながらマルセロに迫る。気分は「お代官様お願げぇしますだ」な感じだな。悪徳商人越後屋風味だ、裏有りまくりだからな。
「作り方は解ってるんだな?」
マルセロが渋々と言った感じで、折れてくる。
「ええ、まあ。知識だけですが」
「ふん、いいだろう。人を貸してやるから好きに使え。出来た炭とやらは好きなだけ持ってっていいぞ、その代わりこっちは製法を貰うからな」
マルセロから言質を取り、俺は隠れて小さくガッツポーズを取る。
よし、これで当座必要な物は揃ったわけだ。しかも費用は無いとなれば、言うことないな。
俺は、知識はあっても経験は無いし自分で全部こなすことも出来ない。だから、利益を提示して人を巻き込み誘導して手伝って貰う。このとき重要なのは相手の利益を十分に考え、納得して貰うことだ。俺としては、それがその後も長い間手伝って貰う為の秘訣だと思うわけだ。自分の利益を追求するだけの歪な関係なんて直ぐに壊れてしまうし、自分の利益の本質が何処にあるか考え、それを確保したら一見すると俺が損している様に見えるぐらいが、丁度良いんじゃないかと思うのだ。
まあ、こういう気遣いは、小さな狭い世界だからこそ必要なのかもしれないが、そういうのを無くしたら何時かしっぺ返しを食らう。世の中ってそういうもんだろう。
(「損して得取れ」か、ほんと人間心理を解った良い言葉だよな)
マルセロ達を巻き込む段取りはしたものの、全体を監督する事が出来るのは自分だけである。そのため、俺は翌日から怒濤の忙しさに忙殺される事になった。
祭りの準備開始初日は、早朝から木工ギルドの森林部門の人たちが馬車で迎えに来てくれたので、一緒に森へ炭作りの為の『炭焼き窯』作りへ行くことになった。
迎えに来てくれた森林部門の長は、クルマンという二メートルを超す山男だった。
彼は普段四十六人の山男達を率いて、枝打ちや間伐、製品にするための木材の切り出しを一手に引き受けているそうだ。
今日は彼の指図で八人ほどのメンバーが集められ、手伝いをしてくれる事になっている。
設置場所は、彼らが間伐材等を薪として保管している場所の近くに、粘土層の地層が露出している場所が運良く見つかったので、そこに決めた。
まずは、最初から大きく作って失敗したら時間の浪費と考えて、テスト用の小型の窯を作ってみる事にする。
小さいながらも、『炭焼き窯』の作成という初の試みに苦労しつつ、元の世界の記憶を辿りながら、直径一メートル位の『炭焼き窯』の原型が完成する。
炭を作る原理こそ理解しているつもりでいるものの、作ったことなど勿論無く、失敗はある程度織り込んでいるが、それでも成功を祈りつつドキドキしながら火入れを行う。
しばらく様子を見守ると、石と土で作り上げた煙突部分から煙が吹き出し始め、全員が歓声を上げる。後はタイミングを見てから焚口を閉め、中で燃えている木材を無酸素状態で蒸し焼きにすれば、炭が出来るはずである。
煙突から出る煙の勢いが増し、十分に火が回ったと判断した俺は、準備していた石と粘土で焚口を塞いで貰い、後は待つだけという体制に入る。
本来、待つと時間を長く感じるものだが、待っている時間を無駄にすること無く、本格設置のための場所を検討したり、俺が知る限りの知識をクルマン達に話したりしていると、殆ど時間の経過は気にならなかった。
試作用『炭焼き窯』から煙が出なくなってからしばらく待ち、待望の窯を開く。
その結果は・・・・・・、なんとか一応出来た? と言うべき、微妙な結果である。
俺の予想以上に燃え方が激しかったのか、中央部の大半が燃え尽きて灰になっており、炭と呼べるような部分の量がかなり少なかった。どうも試験用に小型の窯にしたので、中に入れられた木材の量が少なかった事や、焚口を閉める時間の調整も不味かったらしい。
だが、残った炭を灰の中から取りだしてみると、想定通りの炭が僅かながらも取れている。
ここからは、試行錯誤でやらなければならない領分だ。
試行錯誤するなら、本来の大きさでやるべきと言うことになり、また明日作業することになった。帰りに森林組合の人たちに色々と質問攻めに遭い、それに答えながら炭の良さを売り込んでおいた。彼らとしても、薪より割の良い副収入は嬉しいらしく、必ず成功させてやると請け負ってくれた。
夕方頃に酒場に戻り、その日の営業を開始する。
肝心の客足であるが、パン屋によるレシピ公開の影響で、落ち着くどころか落ち込みかかっている。
しかし、これについては想定内だったので、そろそろ頃合いかと、新メニューを登場させる事にした。
なにより、やっと念願のフライパンを手に入れたのだ!
(これで、これで勝てる!)
俺は、前日の内に仕込んでおいたパスタ生地を取り出し、必死で伸ばし細く切って麺にする。
実際のところ、一月位じゃ大して料理の腕は上がらない。細く切ろうと頑張った麺も不揃いで不格好だが、これでも一生懸命やっている。そして、暇な時間に賄いをかねて色々試し、ようやく一つ料理として完成したと判断したメニューを今日初めて提供するのだ。
そんな俺が新たなメニューに選んだのは、材料が揃いやすかったことや、俺の好物だったことなどがあって決定した『ペペロンチーノ』である。具は、兎肉とキャベツにしてみた。
なんと言っても、このメニューの開発で一番苦労したのは麺の制作だった。
そもそも、小麦粉自体がそれ程多くは手に入らず、苦労する羽目になった。
そこで、パン屋のザムエルに相談したところ、流石はパン屋と言うべきか、餅は餅屋と言うべきか、驚くほどあっさりと揃えてくれた。
ザムエルのパン屋においては、メインに使用しているのはライ麦粉だが、小麦粉も使用することがあるのだそうだ。だが、栽培量や生育の関係でライ麦が多く使われているとのこと。まあ、栄養も勝っているからな。
そうやってなんとか手に入れた小麦粉を使い、小麦粉の種類や配合を変えてやっと妥協出来る程度のものが完成した。
俺にとっての強みは、この味を知っているのはこの世界では俺だけだと言うことだ。だから多少本物と違ったとしても、味がまあまあ美味しいと感じられたら、堂々と出せるのだ。
(少なくとも比較対象がないのは、気楽で良いな)
そんな料理人としては姑息な思いを抱えつつ、予告無しに、その日来店したお客にだけ、新メニューを提供することにする。
俺は、贔屓にしてくれる客を喜ばせるのが、客商売において基本中の基本だと思っている。今、この街でこの店は、食に関する話題の中心であり、その店の新メニューを自分だけが食べて知っているという優越感と、それにより得られる周囲からの羨望は、相手が同じ料理を食べるまでの期間有効となり、常連客の満足感を満たしてくれることだろう。
そして、今回は前回の反省を踏まえ、最初から定番メニューではない事を先に伝えておく。ようは「たまたま希少な材料が揃ったので、特別にお出ししました。いつもあるわけではありませんよ」と言っておくのである。
そうすれば、捌ききれない数のお客を抱えることもなく、たまに珍しい物が食べられる店として定着するのではと考えた。
俺のレパートリーも無限ではないし、何時か新メニューが尽きて飽きられないためにも、メニューを小出しにしていく作戦は有効であろう。そんな風に考えながら、俺は用意しておいた新作を披露する。
そして、俺が今回出した新作である『ペペロンチーノ』は、常連客達に大好評と言えば大好評であった。
だが、それは俺が望んでいた味に対する評価だったかというと、微妙な話となるだろう。
大好評だった理由を簡単に言えば、『麺』の存在をこの世界の人々が初めて知った瞬間だった。と言うことだろうか。
翌日、話を聞いた街中が殺到しかけたがようだが、その日はお祭り準備の為に休業と言うことにしてしのぐことにした。実際問題、提供できる麺がなかったからであったし、祭りの準備を本格化させる必要もあったのである。
だから俺は、自分の仕掛けた結果も確認しないまま、木工ギルドの人たちと『炭焼き窯』作りに励んだ。取りあえず祭りまでに炭を必要な数だけ揃えねばならないからだ。
作業をしてみて、改めて実感したことなのだが、俺にあるのは漠然とした知識だけで、それを形にする経験が伴わない。その知識に整合するようにあれこれ相談しながら最終的に形にしていく作業は、当然の如く悪戦苦闘の連続だ。
しかし、その経験不足を補ってくれたのは、この世界の人々の経験に裏打ちされた技術力だったりする。誰も『炭焼き窯』作りの専門家などいないはずなのだが、畑違いに思える作業を、テキパキと指示以上に工夫しながら形にしていってくれる。
特に石組みをしたり、土壁を高く盛ったりと言った実際の作業では、とても彼らに叶う気がしない。
だから俺はイメージを必死に伝えながら形を指示し、実際の作業はクルマンを中心とした彼らが行う。それでも、終わってみれば俺が指導したとは思えないほど立派な、『炭焼き窯』らしきものが姿を現していた。
完成した『炭焼き窯』の前に立ち、俺は再び祈るような気持ちで焚口に火をつける。
見守っていると、徐々に煙突から煙が吹き出し、見る見るうちにその勢いを増していく。まず、第一段階は成功のようである。
しばらくその状態を維持してから、窯内の酸素供給を断つために焚口を閉じる。俺の知識が間違っていなければ、これにより窯の中は無酸素状態になり、窯の中に籠もる熱で木材は蒸され、揮発性の高い可燃性の物質は煙と共に排出され、残された炭を取り出すことが出来るはずである。その事を、何度も周りに説明しながらの待ち時間である。
ここまでくれば、後は自然鎮火を待つばかり、失敗して全滅することだけは何とか避けて欲しいところだ。
俺は、手伝ってくれた森林ギルドのメンバーたちを労うために、用意しておいた肉や野菜を近くに用意してもらった焚き火で焼いたり鍋で炒めたりして提供し、さらに葡萄酒を配って『炭焼き窯』の完成を祝った。共同作業をした後の連帯感もあり、大いに盛り上がり楽しんだ。
その次の日はメルケルを訪ね、彼の弟子である大工の棟梁を紹介してもらう。この街の建築のほとんどを手掛けてきた彼の一党は二十五人もいて、その内の石材関係に詳しいメンバーと詳細の検討に入ることにした。
俺は、自分の余り上手くないイメージ図を見せながら、出来るだけ具体的に構造を説明する。
構造と言っても建築的な知識はないので、どういうふうに使うのかであるとか、各部の形状などをイメージとして説明するしか出来無い。俺は、自分のつたない説明でイメージ通りのものが完成するのか本心では不安であった。
しかし、彼らはそれに慣れっこだった。「普段、家を建てる時の、建て主の要望はもっと曖昧で複雑だから、今回は具体的で遥かに解りやすい」のだそうだ。
大きな設備ではないので、建てるのは半日もかからないそうだが、ホットプレートにする鉄板や、石材やその他の部材の調達に一週間はかかるらしい。一度別の場所で組み立てと試験をして、問題点を改良し、本番までに現地に移設する事となった。これでようやく設備の目途が立った。
次に取り掛かるのはソース作りである。様々な野菜や果物をはじめ、塩、ビネガー、はちみつ、香辛料等を加えてトロトロになるまで煮込む。一度布濾しして、残ったものをさらに煮詰める。
それを何度も材料を微妙に変えながら繰り返して好みの味を追求し、一番気に入ったソースは今後の為に自分の手元に残し、残りは全部まとめてブレンドし、今度の祭りで使用するつもりだ。
祭りというのは、基本的に見る側として参加するものでしかなかった俺には、こうした準備は初めてだったのだが、受動的な立場から能動的な立場に変わっただけでこれほど楽しいものだとは思わなかった。このとき俺の心にあったのは、街の人たちを俺の料理で驚かせたいという愉快犯的な感情だったのかもしれない。
その為に必要となる事前準備の忙しさなどは、本番が待ちきれない気持ちに比べれば、なんの苦にもならないと知った。俺はこうして、着々と祭りの準備を整えて行ったのだった。
そんな、慌ただしい日々を振り返りながらも、最終調整に向けた作業は続けている。
広場の直近に儲けられた指定の場所には、大きなテントが張られ、その下には他の屋台とは比べものにならない、大袈裟な設備が設置されている。
その見たことのない設備に、町の人は半ば呆れつつ、興味と驚愕が綯い交ぜになった視線を投げつつ通り過ぎていく。
(今日は祭りだ。祭りと言ったら『たこ焼き』、『焼きそば』、『お好み焼き』だ。まあ蛸は手に入らないし、残り二つで迷ったが、満足いく麺を作れなかったから今回は『お好み焼き』で行くぜ)
準備が全て整ったこの時点で、俺は成功を疑わなかった。
『お好み焼き』は美味しく作るのも難しいが、不味く作るのも難しい。なんせ基本は材料混ぜて焼くだけだ、素人でもそこそこに美味しく食べられるものが出来る。――はずだ。
俺は、足りない物は無いかと点検しつつ、いつ頃から火を入れるか考えていた。
「よう、ウート久しぶりだな」
そこに姿を現したのは、半月ぶりの再会となるゴードンの姿だった。
「ゴードンじゃ無いか! 元気そうだな」
俺も笑顔で挨拶を返す。そこには、再会を喜ぶ友の姿がある。実は、最初に分かれてからこれで二度目の再会となる。
この元気な姿が示すとおり、ゴードンは、あの忌まわしい出来事から完全に立ち直る事が出来ていた。
「そっちもな。おかげさまで損失を出さずに済んだからな。まあ、女房には泣かれたがよ」
いきなり惚気られて立つ瀬が無いのはこっちなのだが、言った本人が目元を真っ赤にしながら、頭を掻きつつ照れまくっている。
「か~愛されてる証拠じゃねえか、羨ましいことだ。くたばっちまえ」
ゴードンの惚気に、俺は笑顔と軽口で答える。
「お前の言うとおりヤンの奴を脅したら、あいつ蒼白になって直ぐに金の準備してくれたからな」
ゴードンは、そのときを思い出しているのか苦笑いを浮かべながら、ヤレヤレという風に首を左右に振っている。
「フン。いい気味だ。元はと言えばあいつが全部悪い。俺の中ではそうなっているからいいんだよ」
俺は、その場に居ないヤンを鼻で笑う。
奴は俺に隠し事をして、それが原因で厄介毎に巻き込まれた。ゴードンはそれに巻き込まれたに過ぎない。自分の迂闊な行動が端緒にあったにせよ、俺の潜伏先として最も相応しくないように思えるこの土地を選んだ奴が悪い。だから奴には、ゴードンを通じて「くたばれ」という伝言と、今後はゴードンを通じて意外では連絡には応じない旨伝えておいた。
しかも俺は、今の偽名をヤンの奴には伝えていないし、就職に領主の手も借りていないから、貸しはあっても借りはない。資金だって殆ど自分の手元に残らなかったのだ。その責任の一端が、ヤン達グレーテル王妃陣営の一角である領主にある以上、元から無かったも同然だと思っている。
そう伝えた上で、今回の損害についてヤンに請求しろとゴードンに言ったのだ。
無視される可能性もあったが、やるだけやって損はないと思ったし、何の思惑があるのか知らないが、ヤンはこちらを気にしている様子があるのでそれに賭けたのだ。
「今日は泊まって祭り見物か?」
俺はゴードンに確認する。ある意図を持ってだ。
「ああ、今日はハンナさんに注文されたエールなんかを大量に運んだんだが、ついでだからな、楽しんで帰るさ」
ゴードンは、仕事が終わった開放感からか、のびのびとした表情で告げる。
「そうか、よし、親友には特等席を用意してやろうじゃないか」
俺は親切心を前面に出した笑顔で、親友のための骨折りを申し出る。
「へぇ、気が利くじゃないか」
ゴードンは疑いもなく答えるが、俺はそんな親友に対し、予備のエプロンを投げてやる。
「なんだこれは?」
「知らないのか? エプロンだよ」
「いや、なんでこんな物を渡されるのかと言うことを聞きたいんだが?」
「そりゃあ、特等席には必要だからな」
そう言って俺は、俺の隣を指し示す。
「話が違わねえか?」
「祭りで楽しいのは、見ることじゃない、参加することなんだよ。これ以上の特等席が何処にあると?」
俺の言葉に、呆れたような顔になりながら、
「何処の詐欺師の言い分だよ? そりゃ」
俺は、ゴードンの愚痴を笑いながら取り合わず、火の準備を始めることにした。
なんだかんだ言って、つきあいの良い親友はエプロンを着けてテントの内側へと回る。
「ところで、このご大層なもんは何だ?」
興味深げにホットプレートをあちこち覗いている。
「今日出す料理専用の調理台だな。ホットプレートってやつだ、下で火を焚いて上で調理する」
「調理ってここで? 煙だらけになって苦情が来るんじゃないか?」
「その辺りはちゃんと考えてある。早めに準備をして、練習すれば直ぐ出来るようになるからもう始めるか」
まだ時間は午後三時を回った頃で、開始には早いと思ったが、ゴードンに練習させるならその方が良いだろうと判断した。
俺は、森林ギルドに頼んで作って貰った木炭の束を、ばらまかないように作って貰った木箱に移し、ホットプレートの下部に詰め始める。
今回作って貰った炭は、三回目の火入れで出来たもので、彼らは色々試しながらも、回を追うごとに品質を向上させた炭を作っている。もはや俺の出る幕はなさそうなほどだ。
その中でも、特に品質の良さそうなものを選んで、今回分けて貰った。
この調理台も、予想以上の出来映えで、殆ど改良せずに使用できる。彼らはパン窯の構造から排煙処理の方法を概ね理解しており、俺の拙い説明からも意図を完全に汲み取り、予想以上の物を仕上げてくれた。流石は住宅建築のプロ集団と言ったところか。
今回発生する僅かな排煙も、作業台の脇に作られた簡易の煙突から離れた場所に排出されるようになっており、苦情の心配は無いはずである。
俺は、用意していた火種を使い、焚きつけに火を付け、炭に火をおこしていく。今回は鉄板を一枚の大きな物にすることが技術的に難しかったのも有り、二台分のホットプレートを用意しているが、まだゴードンの練習用なので、火を付けるのを一カ所にしておく。
「何を焼くんだ?」
ゴードンは、何だかんだで興味津々なのだろう。俺のやることを見て、「へー」とか「ほー」とか言いながら見ていたが、我慢しきれなくなったのか聞いてきた。
「『お好み焼き』だ」
俺が短く答える。まあ、聞いても解らないだろう事は承知の上だ。
「『お好み焼き』?」
当然聞き返してくるが「まあ見てろ」と返してホットプレートの加熱を待つ。
ホットプレートの表面が徐々に白煙を上げ、熱されてきたのが解る。そこにラードを一切れ落とすと、溶けたラード油をヘラで鉄板に行き渡らせる。
「こうやって、油を広げることで、材料を鉄板に焼き付きにくくさせる。味も良くなるがな」
ゴードンに説明しながらラード油を伸ばして行く。こうすると鉄板の温度が確認しやすい。十分ラード油を伸ばしたところで、豚肉のロース――肉屋にあらかじめスライスして貰っている――を落とす。
肉の焼ける香りと、音が辺り一面に広がり食欲をそそる。ゴードンもゴクリと喉を鳴らしている。
軽く火を通して裏返し、そこに鍋から柄杓で野菜と混ぜた『お好み焼き』の生地をざっとのせる。均一に均していき表面が、泡立つまでしばらく焼く。
『お好み焼き』専用に頼んで製造して貰っていた特性のヘラを使い、焼き加減を見ながら頃合いを見てひっくり返す。思ったより、火力が強く、焦げ色が濃かったが、食べるのには支障の無い範囲と言えた。
俺はかまわずその上から特性のソースを、木杓と刷毛を使って塗り広げ、鰹節と青のりは手に入らなかったので、せめて雰囲気を出すために乾燥した香草をパット振る。
(『俺風お好み焼き完成です!』)
脳内では、某深夜料理番組の決め台詞が、思わず流れてしまうほどの完成度だ。
俺はヘラを使って素早く八つに切り分け、今回皿として使うために用意した、エセロの葉に乗せてゴードンに差し出した。エセロの葉は広げると大人の手より大きく、表面がつるっとしているので生肉やこうした料理を包むのによく使われる。幅が広く楕円形をしているので使いやすいのだろう。こいつを街の子供達にこずかいを渡して大量に集めて貰った。
ゴードンは、待ちきれないと言った様子で俺の手から『お好み焼き』を奪い取ると、早速頬張っている。俺も一切れ頬張ると、残りは焦げないうちに二つのホットプレートの間に用意した、エセロの葉を敷き詰めた大きな浅い木の箱に移す。
俺は、すでに何度も試食していたが、なかなかの出来だと自画自賛する。
ゴードンは夢中で食べ終えると、感想も言わずにもう一つ要求し食べている。「マヨネーズ付けても旨いぞ」とマヨネーズを入れた木箱を差し出す。
「どうだ?」
ゴードンが食べ終わるタイミングを見て、味の感想を尋ねる。
「不思議な味だ。初めて食うが、旨い。ホクホクしてるが、野菜タップリでジューシーな感じもある。淡泊な味かと思えば、ソースが濃くて丁度良い感じだ。マヨネーズとソースの相性も良い。もっと食って良いか?」
我が意を得たり、と俺はニヤリ笑う。
ゴードンは遠慮なしに食っているが「それ食い終わったら特訓開始だぞ」と告げる。
作るのは、ひっくり返すのを除けば、それ程難しくはない。すぐに慣れるだろう。
ゴードンが食べている間、鉄板の温度が上がりすぎるのを防ぐため、水をかけ調整する。鉄板の上で蒸発する水の音が響き、辺りの注目を集めている。
その後俺は、ゴードンへお好み焼きの焼き方を特訓しながら、本番までの時間を過ごしたのだった。
本番は、凄まじい勢いで人が押し寄せ、焼いても焼いても即完売の有様だった。値段的には利益を出すなと言われていたが、無料にすると同じ人が何度も来て行き渡らない可能性が上がると考え、子供無料、大人一銅貨にしてあった。
気がつけば、ゴードンと二人でしゃかりきになって焼き、気がつけば大鍋四つに用意したお好み焼き生地は消え去っていた。
当然全員に行き渡るはずもなく、一部から不満も出たが、全員分を焼けるはずもないので勘弁して貰うしかない。俺とゴードンは達成感を味わいながらエールで乾杯した。
「凄い人出だったな」
ゴードンは汗をぬぐいつつ、エールをぐいっと飲み干した。
「まったくだ、こんなに人がいたんだな」
俺は、混雑したときの酒場を遙かに上回る人手に圧倒されていた。
「周辺の村からも集まっているだろうからな」
「なるほどな」
俺は、行き交う人の群れをぼーっと眺める。達成感からちょっとした放心状態だった。祭りに集まっている人は、殆どが楽しそうに笑い、生き生きした表情で祭りを楽しんでいる。
俺がこの世界の人々に感じている生命力の輝きは、その後も色あせることなく日々実感として感じている。
そんな人々に囲まれて生きる生活は、自分の中に残っていたやる気を喚起して、日々が充実しているように感じられる。そんな気持ちがつい、口をついてあふれ出す。
「う~ん、よっしゃ~! 明日からも頑張ろう!」
俺は大きな声で気合いを入れ、残ったエールを勢いよく飲み干す。
そして、呆れたように俺を見るゴードンを誘い、自分も祭りを楽しむべく、二人で歩き出すのだった。




