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酒場の親父は転生者  作者: 乱世の奸雄
酒場の親父は転生者 第一巻
10/51

< 間話> とあるパン屋の寄合事情

 まだ、深夜には程遠い時間であったが、街の明かりは殆ど消えており、この街の目抜き通りと言って良いその道路も、人通りが絶えていた。

 そんな広く整った石畳の道路を、三人の男達が歩いている。

 一人はひょろっと背が高く、年齢は五十代ぐらいで、見れば頭髪は大分白く染まりつつあることがわかる。

もう一人は、40代ぐらいのがっちりとした体形の男で、先の男と同じぐらい背が高かった。

 最後の一人は恰幅の良い男で、一言で表現するなら歩くエール樽のような体形である。

 その道路に面した酒場を半ば追い出されるような形で出てきた三人は、通りを西に向かって歩いている途中であった。

「驚きました。本当にこれでよいのでしょうか?」

 ひょろっと背の高い男フンケが、驚嘆と釈然としなさが綯い交ぜになったかのような、複雑な声音で言った。

「納得できないお気持ちはよくわかります。私も最初はそうでしたからね」

 歩くエール樽のような男、ザムエルが頷く。

「・・・・・・・・・・・・」

 がっちりした男、マインホフは喋らなかった。

「ザムエルさん、誠に申し訳ない。最初はあなたを疑ってしまった。我々に、製法を流したくないのだと、そんなうまい話がある訳がないとね」

 フンケは立ち止まり、ザムエルに向かって大きく頭を下げた。マインホフも同様にして頭を下げる。ザムエルは慌てたように手を振りながら言った。

「よしてください。私があなた方と同じ立場なら、同じように疑ったでしょう。なんせこのお話をウートさんに持ち込まれた時、同じように疑いましたから・・・・・・。もう話の裏を読むのに必死でしたよ」

 ザムエルは大きく息を吐き、嘆息した。それを見た二人も同様に頭を上げて、同じく大きな溜息をついた。

「最初は気分を害してしまったようで、これは最初から交渉を受ける気がないか、吹っかける算段だろうと、内心忸怩たる思いを抱いていたのですが、そんな自分を恥じ入るばかりです」

 フンケは大きく首を振りながら、自分の至らなさを嘆く。

「・・・・・・・・・・・・」

 マインホフは、無言ながらも小さく同意するように頷いた。

「ええ、普段はもっと当たりの柔らかい、如才ない感じの方なんですが、単にお疲れだったんでしょう」

 ザムエルは庇うように言った。

 二人も同意するように頷く。話の内容が内容だけに、人前ですることを避けた結果がこんな時間に訪問することとなった理由だ。自分達の都合を優先してのことで、相手に配慮していたとは言い難い。

「王都の大商人が相手なら、製法の使用権を盾に売り上げの・・・・・・、最低でも五割は要求するところでしょう。もしそうなったとしても我々は受け入れざるを得なかった。ザムエルさんに製法を流し、我々を窮地に追い詰めてから有利な条件を引き出す腹積もり、とまで想定していたのですが・・・・・・」

 商人としては当然の想定であり、商談とは本来そういうものだ。商人は利で動き、利で判断する。時には損をすることが利となる事もある。だから商談を持ちかけながら、自己の利を計算しない相手は想定外で、どうしても相手の裏を読もうとする。今回はそれが裏目に出た格好だ。

「それにしても助かりました。断られたら強硬な手段に訴え出るしかなかったでしょう。今、この街の領主様は頼りになりませんから」

 フンケは嘆息する。そうなれば混乱は必至で、領主が頼りにならない以上、最悪の事態も想定された。

「それだけではありません。今回の一件は我々パン屋にとって、歴史的な日となるかもしれません。一昨年のライ麦不作以来、窮地だった財政も回復する事が出来るでしょう。今後も、工夫次第で儲けを増やせます。そうなれば、いざという時の選択肢も広げる事が出来ます」

 ザムエルは、彼には似つかわしくないほど真剣に、重々しい口調で言った。

 他の二人もその意味を噛みしめる。

 パン屋は見た目ほど楽な商売ではない。人々の主食を担い、尊敬はされるものの実入りは多くない。人々の主食を担う存在として、儲けばかりを追い求めることは身の破滅を招くからだ。

一昨年のライ麦不作の折には、高騰するライ麦の価格に喘ぎ、一部は身銭を切って価格の上昇を吸収し、抑えねばならなかった。

 その時の負担は決して軽くはなく、その損失を取り戻すにも緩やかに行わなければならなかった。三者とも経営が厳しい状況から、最近になってやっと抜け出せた。といったところだ。

「妻などは、ここ数日露骨なほど上機嫌でべた褒めですよ。『見直した』とか『やればできる』とか言われても、自分の手柄じゃないので居た堪れないのですが」

 ザムエルは自分の額をぺしぺし叩きながら、家庭内の事情を暴露する。彼の恐妻家ぶりは広く知られており、彼自身そんな自分を楽しんでいる節がある。

「その事にも、彼は気づいていたのですよね?」

 そんなザムエルを微笑ましそうに見ながら、フンケが確認する。

「間違いなく気が付いていましたね、それを私が断れない事もわかっていたでしょう。その上で、何を要求されるのか、身も縮む思いでした」

 ザムエルはその大きな体を縮めるようなそぶりを見せるが、残念ながら全然縮めていない。

「何を企んでいるのかと疑いたくなるのですが、彼の傍には『町会』の方々がいます。我々を騙すようなことを、あの方々が許すとは思えません。信用するしかない。というのがここ数日で得た、私の結論です」

 ザムエルが言うと、フンケは頷く。ザムエルはいつになく饒舌だ。興奮しているのだろう。

「彼がいつまでこの街にいるのかわかりませんが、彼の要求には出来る限り応えようと思います。どれほどの事をすれば、この恩が返せるかわかりませんが、なるべく長くこの街にいて欲しいと思っています」

 ザムエルが真剣な顔で、二人を見つめる。

「もしその時は、俺にも相談して欲しいな。是非力になりたい」

 フンケが言うと、

「俺にも頼む・・・・・・」

 とだけ、マインホフが喋った。

「わかりました」と、ザムエルが答え、三人は再び夜の街の中を歩きだした。


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