No.45 私にも、帰る場所があるから
* * *
身体を揺らされて、意識が段々とはっきりしていく。
「わあったよ。ほらモユ、起きろ。帰るぞ」
聞き慣れた声で名前を呼ばれて、閉じていた瞼を開ける。
この声は、匕の声だ。いつも聞いている匕の……匕っ!?
そこで、私が眠ってしまっていた事に気付く。
「……ッ! 匕、大丈夫?」
隣を見ると、意識が戻った匕が居た。
「ん、ちょっと立ち眩みしただけだ。もう大丈夫だって」
笑って、私の頭を撫でてくる。いつもの匕に戻ったようだ。
安心して、身体から力が抜けた。
「それじゃあ、咲月君。今日は楽しかったわ、おやすみなさい」
「はい、俺も楽しかったです。機会があったらまたどっかにでも」
私が寝ていた間に沙夜と沙姫が戻って来ていた。
視界は少し回復したが、まだボヤけて完全に治っていない。数メートル離れただけで、表情を見分けるのも難しい。
「モユちゃんもお疲れ。帰ったらゆっくり休んでね」
「……うん」
しゃがんで微笑む沙夜に、私は頷いて返す。
「咲月先輩、今日はありがとうございました! すっごく楽しかったです!」
「そりゃ良かった。俺はお前に振り回されて疲れしかねぇよ」
「むー! いいですよ、そんな事を言うなら、もう無料チケット貰っても咲月先輩は誘ってあげないですから!」
「冗談だって、冗談。楽しかったよ。薄着でマイナス五度の世界はもう御免だけど、それ以外ならまた誘ってくれ」
「はい!」
沙姫は匕と話していて、いつも楽しそうで元気だ。
「モユちゃん、また遊びに行こうね!」
「……うん」
その元気な笑顔を私に向ける沙姫、沙夜と同じく頷いて返事する。
「じゃ、姉さん。帰ろっか」
「そうね」
沙姫と沙夜は互いを見て、小さく笑い合う。どうやら、沙姫達は帰ってしまうらしい。
空は暗くなってもう夜だ。帰らなきゃならないのは当たり前の事。
今日は楽しかった。色んなのを見て、知って、遊べて。朝はあんなに楽しみで頭が一杯だったのに、今は終わってしまう寂しさが強く大きい。
沙姫と沙夜が帰ってしまったら、楽しかった今日が終わる。終わってしまう。
けど、しょうがない。ずっと遊んでいたいと思うけど、それが出来ないのが現実。物事には必ず終わりがある。物にも、者にも、モノにも、全て。
楽しいと思うものには特に、早く終わりが来てしまう。大好きなアイスや、楽しかった今日や、そして、私の命も。
「……沙姫、沙夜」
帰ろうと背中を向けて歩き出した所を、名前を呼んで引き止める。
そして、二人が振り返った所で、小さく手を振ってあの言葉を口にする。
「……ばいばい」
ばいばい。お別れに使う言葉。さよならの言葉。
「うん! バイバイ、モユちゃん!」
「バイバイ。気を付けて帰ってね」
沙姫は大きく、沙夜は軽く。二人は手を振り返してくれた。
なのに私の目は、二人の姿は映しても、顔を映してくれない。ボヤけ、霞み、表情が見えない。解らない。
けどきっと、あの二人は……笑っているんだろうと、見えなくても解った。
これを最後のやり取りになって、沙姫と沙夜はエドに送られて帰っていった。
「んじゃ、俺達も帰るか」
「……うん」
匕と一緒にベンチから立つ。
目はボヤけているが、足下は見える。歩く位ならなんとか大丈夫そうだ。
「ほらモユ、手はこっちだ」
「……うん」
差し出された匕の左手。頷いて掴んでいた服から右手を離し、匕の手を握る。
大きくて、温かい。
「眠いか?」
「……少し」
「電車の中なら寝れるからな。少し我慢して歩いてくれ」
「……うん」
瞼を擦りながら頷く。少しの間とは言え、さっきも寝たのにまだ眠い。例の症状の事を抜いても、大分疲れているのかもしれない。
遊園地は楽しかったから気にならなかっただけで、今日は沢山歩いて沢山遊んだ。そう考えてみたら、疲れてもおかしくない。
白羽の事務所には電車を乗らなきゃならないけど、頑張って帰ろう。
繋いだ匕の手をきゅっと握って、転ばないよう歩き出す。
私にも、帰る場所があるから。




