No.44 ――――俺が、
「あーぁ、モユちゃんともお別れかぁ。楽しい時間は早く過ぎるって本当だなぁ……」
「確かに、今日はあっと言う間に終わった感があるな」
沙姫は残念そうに溜め息を吐いて、匕は笑みを浮かべて空を仰ぐ。
「あら? 何かあったのかしら?」
沙夜が何かを見付けると、全員が立ち止まってその方向を見る。
少し離れていて今の私にはよく見えないが、赤い光が沢山点滅していた。人も集まっているようでかなり騒がしい。
「っは、ぁ……あ、は、っは……」
声……とも違う。乱れた呼吸。
手を繋ぐ力が強くなり匕を見上げてみると、顔が真っ青になっていた。
「やだ、姉さん、事故みたいだよ?」
「本当、壊れた車が車道からはみ出てる……交通事故みたいね」
沙姫と沙夜は匕に気付いてなく、人だかりの方を見ている。
「は、っあ、ぁ……かっ、ふ、ぁ……」
匕は表情を歪め、胸を手をやって服を握り締める。
歯を強く噛んで、酷く苦しそう。立っているのも辛そうで、背中を丸めて前屈みになっていく。
「……匕、大丈夫?」
匕に声を掛けてみても、返事が無い。聞こえていないのか、聞こえてても返事が出来ないのか。
点滅する赤い光に照らされれ匕の顔は、怖かった。
苦しみや辛さとは別の、もっと他の感情がごちゃごちゃして。辛くて苦しそうで。でも怖くて。
そして、哀しく泣きそうに見える。
「あ、っはぁ、はっ……」
匕の息はさらに乱れ、繋いでいた手を離して地面に膝を着く。匕の腕に触れると、凄く熱い。人の体温とは思えない程に熱かった。
様子がおかしく心配になって匕の顔を覗き見ると、ある事に気付いた。
「……光って、る?」
匕が苦しそうに手をやる胸元で、何か光っていた。弱く微かではあったが、確かに紫色の光が。
握り締める手の中で、何かが――――。
「咲月先輩……? 咲月先輩、大丈夫ですか!?」
匕の様子がおかしい事に、沙姫と沙夜が気付いた。
「咲月先輩! 咲月先輩、どこか痛いんですか!?」
沙姫が呼んでも返事がなく、膝を着いて丸くうずくまったままの匕。
さっき見えた紫色の光は無くなり、消えていた。
「赤、い……あ、か……?」
口をパクパクさせ、匕は呟く。目を見開いて何かを思い出すように。
「意識はあるみたいだけど、酷く混乱して声が聞こえてないみたい……まずは落ち着かせなきゃ。沙姫、どこか近くに座れそうな場所を探してきて!」
「う、うん、わかった!」
沙夜に言われ、沙姫はどこかへ走っていった。
「さっきまでは普通だったのに、一体どうしたのかしら……咲月君、大丈夫!? 胸が苦しいの!?」
「か、ぁ……っは」
沙夜が声を掛けても、やはり匕からは返事は無い。
ただ苦しそうに、息を吐くだけだった。
「咲月君、何か持病とかあったのかしら……」
「姉さん、あっちにベンチあったよ!」
「良かった。じゃあそこに咲月君を連れて行きましょ」
沙夜は振り向き、沙姫が走って戻ってきた方を向く。
「――んだ、――違――――ない」
「……匕?」
顔を青くさせ、匕はまた何かを呟きだす。声は小さく、よく聞こえない。周りが騒がしい中、耳を近付ける。
そして、なんとか聞き取った匕の言葉は。
「――――俺が、凛を、殺した」
とても辛く哀しくて、凄く苦しく寂しそうな声だった。殺した。凛を殺したと、匕がそう言ったのを聞いた。
凛……聞いた事がある名前。前に匕が言ってた。匕の大切な人だと。とても大切で、大事な人で、大好きだって。
そして、今は遠くに行ってしまい、長い間会っていないとも。
なのに、今。匕は自分がその大好だった人を殺したと、確かに言った。匕が人を……それも大切で大事だった人を、殺した?
信じられない。あんなに優しい匕が、自分の大好きな人を殺すなんて。
「咲月君、大丈夫? 私の声が聞こえる?」
沙夜が匕の肩を叩いてみるが、動かず反応が無い。
「……やっぱりまだ駄目ね。沙姫、咲月君を運ぶから肩を――――」
「匕っ!」
沙夜の言葉の途中で、聞き覚えのある男性の声がした。
それも、匕の名前を呼んで。
「あっ、エド先輩!」
「エド君?」
声の正体はエドだった。
意外な人が現れ、沙夜は少し驚いた表情を見せた。
「エド先輩、咲月先輩が……」
「あぁ、とにかく移動しよう。ここだと目立つ」
「エド君、近くにベンチがあるみたいだから、そこに」
エドは匕の腕を肩に掛けて持ち上げ、それを沙夜が支えてベンチまで移動する。
私は匕を服を掴み、頼りない視界でなんとか付いていく。
「心配か、モユちゃん?」
「……うん」
そんな私を見て、エドが聞いてきた。エドが居る方を向いて頷く。
「モユちゃん」
「……なに?」
「……いや、なんでもない」
ボヤける目でエドを見て返事する。すると、エドは私を少し間見つめてから、顔を前に戻した。
ベンチにはすぐ着いて、匕を座らせる。気を失っている訳ではないようだが、ぐったりと疲れ果てた様子の匕。
ボーッとしていて意識がどこかに行ってしまっているみたいだった。
「エド君、救急車を呼んだ方がいいかしら?」
「大丈夫です。多分、時間が経てば治りますから」
「咲月君ってもしかして……何か病気でも患ってるの?」
「まぁ、ある意味病気ですね。トラウマ、ってヤツですよ」
「トラウマ? なんで……」
「これ以上は俺からは話せないです。知られたくない事は、誰にでもありますから」
「あ……そう、ね。ごめんなさい」
沙夜は謝って、すまなそうに視線を逸らす。
「悪いですけど、沙夜先輩と沙姫ちゃんはコイツに何か冷たい飲み物を買ってきてもらっていいですか?」
エドはベンチに座る匕を親指で指差す。
「わかったわ。行くわよ、沙姫」
「あ、うん」
沙夜と沙姫はエドに頼まれて、飲み物を買いに街中に歩いていく。
「さて」
二人の後ろ姿を見送り、エドは小さく息を吐いた。
「モユちゃん、君も椅子に座って休んだ方がいい」
エドは振り向き、私に言う。
「白羽さん達から話は聞いているよ。今も例の症状が起きているんだろ?」
「……ッ!?」
心臓がドクンと高く鳴り出し、匕の服を掴む力が強くなる。
まさか聞かれたと、慌てて匕を見る。だが、匕はベンチに座って項垂れたまま反応は無かった。
「安心していい。今の匕には何も聞こえてはいない。だから話したんだ」
私の考えてる事は読んでいたらしく、エドは話を続ける。
「あの姉妹をここから離れさせたのも、その為だ。君のその目……あまり見えていないんだろ?」
「……なんで、わかるの?」
視線をエドへと向ける。
「さっき話をした時、俺を見ている筈なのに一度も目が合わなかったからね」
「……」
「視線とか視界に関して少し、俺は敏感なんだよ」
得意気に笑いながら、エドが私に近付いてくる。
「だから、今は座って休むんだ。下手に動いて怪しまれるよりも、座って回復に専念した方がいい」
肩を掴まれて、匕の隣に座らせられる。
「……でも、匕が」
「大丈夫。コイツは俺がすぐ元に戻すから。モユちゃんは少しでも休んで回復するんだ。楽しかった一日を、そんな事で壊したくないだろ?」
「……うん」
頷いて、椅子の背もたれに寄り掛かる。
「よし。次は匕か」
腰に手を当て、エドは匕を見る。
目はまだボヤけ、街並みすらまともに見えない。空の黒と、町明かりの白の二色に別れている。
椅子に座って息を吐くと、疲れが一気に来た。遊園地の疲れもあるだろうが、まともに目が見えない状態で歩くのがこんなにも疲れるなんて。
それに、バスで少し寝たのに眠気が治まらない。さっきからずっと眠い。
これも例の症状なんだろうか。歩いていた時は身体を動かしていたからまだ大丈夫だったが、椅子に座ったら瞼が重くなった気がする。
手で擦って眠気を無くそうとしてみるが、そんな事では治まりはしなかった。街の騒がしさや人混みの話し声が、まるで遠退いていくみたいに小さくなっていく。
視界も暗くなり、小さくなった音は消えて無くなった。真っ暗。無音。暗闇。静寂。何も無い。何も聞こえない。視界は真っ暗。世界は真っ黒。私の嫌いな所。
瞬間、真っ黒の世界が真っ白になる。正面から風が吹いてきたかのように、サアッと。
数時間前にもあった気がする、この光景。いや、あったんじゃない、会ったんだ。
真白い世界の真ん中に、赤茶い少女が立っていた。見覚えのある格好、見慣れた顔、見合う赤茶い目。
今日は、“彼女/自分”に、よく会う。
白だけの空間だとより目立って見える、赤茶い眼髪。これは他人で、自分で、別人で、私で――――ヒトだ。
私と同じ背丈で、私と同じ顔をして、私と同じ色の髪を生やし、私と同じ赤茶い眼で見つめてくる。じっと黙って、無表情のまま、ただ立ち止まって。
あぁ、解ってる。あなたが言いたい事は、解ってる。楽しかったよ、人間ごっこは。いい夢が沢山視れた。
そう言うと、少女はくすくすと笑った。
今までに何人何体ものヒトを斬り殺し、斬り壊してきた自分自身が、こんなにも壊れやすかったなんて。
でも、もう少し。もう少しだけ。身体が壊れ始めても、まだ時間があるのなら。人間ごっこでも、それが偽物であっても。人みたいに生きられるなら。
人のように、皆と生きたい。
赤茶い少女は笑うのを止め。
『まるで人形劇だ』
私に冷たい眼を向けて、つまらなそうに言った。
私がヒトじゃなかったら……皆と同じ人だったなら、こんな事は思わないで済んだのに。
もっと沢山遊べたのに。もっと色々知れたのに。もっと一緒に居れたのに。
きっと、こんな思いはしなかったのに。
有り得る事の無い夢幻を思い嘆いても、現実は変わらない。変えれない。
“彼女/自分”は私を人形劇だと言った。本当にそうだと思う。私はヒトして造り出され、物して扱われ、人形のように従った。
人である事を拒まれた“否人”が、人の真似をして、人を演じて生きるんだから。
でも、その人形劇はもうすぐ終わりを迎えてしまう。人を演じ、人に憧れたヒトは、人とは違う形の死が待っている。
赤茶い少女は、いつの間にか消えて居なくなっていた。
誰も居なくなった白い空間。その中でしゃがみ、膝を抱え、身体を丸める。もうすぐ来る恐怖に、押し潰されないように。
あの彼女も同じ。私と同じ。私と同じヒトで、私と同じ人形で、私と同じで、死ぬ。
あぁ、もうすぐ死んでしまうなら――――。
――――今度は人間に、生まれたいなぁ。




