第一話 ハローニューワールド
――まぶしい。
まぶたの裏に光が差し込んで、ヤマトはゆっくりと目を開けた。
「……え?」
見えたのは、見知らぬ天井だった。
木で組まれた梁。ところどころ歪んでいて、いかにも古い。鼻に入ってくるのは、乾いた土と木の匂い。
エアコンの風も、車の音もない。
静かすぎる。
「いやいや、ちょっと待て」
体を起こす。寝ていたのはベッドじゃない。木の板に布を敷いただけのもの。
自分の服を見る。いつものスーツじゃない。見たこともない粗末な服だ。
「……夢、じゃないなこれ」
頬をつねる。痛い。
記憶を辿る。
昨日は、面談のあとだった。保護者と話して、入塾は前向き。あとはクロージングをどう詰めるか考えながら、帰って――
そこから先が、ない。
「……詰んだか?」
思わず苦笑する。
普通ならパニックになる場面だ。だが、ヤマトはそこまで取り乱していなかった。
理由は単純だ。
環境が変わることに慣れている。
ホームセンターで接客を覚え、人材営業で“人の動かし方”を叩き込まれ、大手塾で数字と現場を回し、最後は自分で塾を立ち上げた。
何度もゼロからやってきた。
「まぁ……なんとかなるか」
そう呟いて立ち上がる。
とりあえず外だ。
扉を開けると、光が一気に差し込んできた。
「……うわ」
思わず声が漏れる。
そこには、小さな村が広がっていた。
土の道。木の家。遠くに畑。井戸で水を汲む人たち。
ファンタジーとかで見たことあるやつ、そのままだ。
「マジか……」
呆然としながらも、ヤマトの目はすぐに動き始めていた。
人を見る。
動きを見る。
流れを見る。
――癖だ。
農具を運んでいる男。重そうにしているが、持ち方が悪い。
畑の女性。動線がバラバラで、無駄な往復が多い。
子どもたち。遊んでいるが、言葉が少ない。
そして、商人らしき男。
「……あー、それ絶対ミスってるな」
思わず近づいた。
「すいません、それ……ちょっといいです?」
「ん? なんだお前」
怪訝な顔をされる。
そりゃそうだ。見知らぬ男が急に話しかけてきたんだから。
「これ、計算合ってないっすよ」
「は?」
男は眉をひそめながら帳簿を見る。
数秒後、固まった。
「……なんでわかる?」
「いや、普通に見たら」
「普通じゃねぇよ」
真顔で返されて、ヤマトは一瞬言葉に詰まる。
――あ、これ。
「……もしかして、計算できる人少ない感じです?」
「できるやつなんてほとんどいねぇよ。読み書きできるだけでも上等だ」
「マジか」
思わず笑ってしまった。
いや、笑い事じゃないんだけど。
でも、どこか懐かしかった。
成績が伸びない生徒たち。努力してるのに結果が出ない。
理由はいつも同じだった。
やり方を知らないだけ。
「なるほどね」
ヤマトは頷く。
これはチャンスだ。
いきなり大きいことはできない。でも、小さいことならできる。
しかも、自分の得意分野だ。
「なぁ、兄ちゃん」
「なんだ」
「俺、ちょっと子どもらに勉強教えていい?」
「は?」
「もちろんタダで、とは言わないっす」
ヤマトはニヤッと笑った。
「代わりに、パンとかもらえたら嬉しいなーって」
男はしばらく黙ったあと、ふっと鼻で笑った。
「変なやつだな、お前」
「よく言われます」
「……まぁ好きにしろ。ガキどもが少しでもマシになるなら助かる」
「ありがとうございます!」
軽く頭を下げて、ヤマトは子どもたちの方へ向かった。
警戒されるのは想定内。
だから、まずは距離を詰める。
「おーい、暇そうだな」
「なんだよ」
「遊びか?」
「いや、もっといいこと」
ヤマトは近くにあったパンをひょいと持ち上げた。
「これ欲しいやついる?」
一瞬で空気が変わる。
視線が一斉にパンに集まる。
――よし。
「簡単なゲームしよっか」
地面に指で文字を書く。
「これ書けたら、このパンやる」
「なんだこれ」
「マネするだけでいいって。ほら、こう」
ゆっくりと書いてみせる。
子どもたちは顔を見合わせながらも、指を動かし始めた。
ぎこちない。でも、やる。
パンが欲しいから。
「そうそう、いいじゃん」
ヤマトは笑った。
うまくいく確信があった。
難しいことはしていない。
ただ、
ハードルを下げて
報酬をつけて
行動させる
それだけだ。
でも、それが一番効く。
「できたやつ、はい一個な」
「マジで!?」
「約束だからな」
パンを渡すと、子どもたちの目が一気に輝いた。
その瞬間、ヤマトは確信する。
――これ、いける。
大きなことはまだ無理だ。
でも、こうやって少しずつ広げていけばいい。
信頼を作って、価値を出して、広げる。
それは、この世界でも変わらない。
空を見上げる。
どこまでも青い。
「さて」
ヤマトは肩を回した。
「まずは“商売”からだな」
――このとき彼はまだ知らない。
この小さな一歩が、やがて国を変えることになるなんて。
ヤマトは民家で目を覚ましますが、森で倒れていたところを保護されて空き家に運ばれています。
近々その辺の話を書きますー。




