『それ』の誕生
その朝、吸廃魔法の使い手たちは疲れ果てていた。前夜、牢獄の魔法使いの囚人たちが脱走したからだ。
深夜に囚人たちが脱走したことに気づいた看守たちは鐘を鳴らし、吸廃魔法使いたちを使役鳥で呼び集めた。魔法使いが脱走した場合はまず魔力を吸い出して動けなくしなければならない。
囚人たちは魔力を完全には吸い出されなくなったのを利用して少しずつ鉄格子を切って窓から逃げたことがわかった。
「お前たちが手を抜くからだ!」
牢獄の管理責任者は激怒した。それを言われて吸廃魔法使いたちは返す言葉もなく項垂れた。「自分たちは忙しかったし疲れていた」などと言い訳をすればお叱りが何倍にもなって返って来るのは目に見えていた。
牢獄の管理責任者は火魔法の使い手で、常日頃から吸廃魔法の使い手たちにたいして高圧的だった。
脱走した囚人たちは逃げる先で出会う魔法使いたちから次々に魔力を奪いながら逃げたが、最後の最後、王城の出入り口で魔力無しの平民の兵士達に行手を阻まれた。
その兵士たちに対して吸廃魔法は使えない。他の魔法に関しては実力不足。そこで手間取っている間に攻撃魔法の使い手、それも一流の使い手である魔法師隊の隊員たちに取り囲まれ、捕まったのである。
その後、脱走した全員の魔力をきっちり吸い出し終わったのは空も白み始めた頃だった。なので宰相に新魔法のお披露目をする頃には吸廃魔法の使い手は全員が疲れ果てていた。
「さあ、君たち。今日は初めて宰相様に新魔法を披露するのだ。とにかく失敗のないように」
魔法師隊隊長のブレントにそう言われて風魔法の使い手も吸廃魔法の使い手も疲れてはいたが張り切った。拡大収束の魔法陣を担当したヘンリーも張り切った。
疲れた面々が「ここぞ見せ場。疲れを言い訳にはできない」と張り切ったことにより、新魔法の全てが少しずつ過剰になった。ヘンリーはヘンリーで見えない新魔法を相手にするために計算して出した数字よりも少しだけ拡大率を上げておいた。
こうして皆が少しずつ大きめ大きめと意識され披露された大き目のつむじ風は、誰も見ることができないまま発動された。
実に奇妙なお披露目だった。
一度目に発動された新魔法は目に見えず、魔法の効果を目で確認させるはずの囚人たちは昨夜のうちに魔力を吸い出されていたため、人体実験はできず、ただ「術は発動したらしい」という雰囲気だけで終わったからだ。
結果のわからないお披露目に参加した宰相の渋い顔に、魔法の使い手達は焦り、二回目は全員が全力で新魔法を放った。結果、収束され拡大されたつむじ風はコンラッドが襲われた時の七、八十倍の大きさのつむじ風になっていた。
二回目の実験も誰もそれを見ることができない。宰相は「次回は囚人たちを的に使って効果を視認できるようにせよ」と告げてお披露目会は微妙な雰囲気のまま終わった。
集まっていた魔法使いたちは解散したが、放たれたつむじ風は鍛錬場の魔法使いたちを後ろにして進み、進行方向の通路を歩いていた魔法使い達の魔力を奪いながらウネウネと進んだ。
魔力持ちの侍女、火魔法使いの料理人、庭園で働く水魔法使い。彼らがいきなりバタバタと倒れて城内のあちこちで小さな騒ぎになった。
生み出された時から想定外に大きかったつむじ風は、ゆっくりゆっくり進みながら魔力の気配に近づいてはそれを吸い取った。
やがてつむじ風は城を取り囲む高い壁にぶつかったが、悠々と壁を乗り越えて王都の街中へと進んでいった。
城内で倒れた者たちはこんこんと眠った。やがて「どうやら新魔法のお披露目で暴走が起きたらしい」と言う噂が人から人へと口伝えで広まった。
城内で起きた魔力切れの報告を受けた宰相は「ふむ。効果はあったのだな」と言う程度の認識で終わった。
非力な魔法使いたちが編み出した時は魔力を吸い上げた時点で力を失って消えていたが、城内で生み出された『それ』は消えることなく魔力を吸い上げ続けた。
王都に入り込んだ『それ』は、ウネウネと身をくねらせながら王都の街中で働く魔法使い達の魔力を吸い出しながらゆっくり進んでいた。
王都の街中には、国中から集まった魔法使いたちがたくさん働いている。その魔法使い達が突然魔力切れを起こしてバタバタと倒れた。彼らは命こそ奪われなかったものの、皆、二、三日意識不明になるほどの魔力切れに陥った。
賑やかな街中を数日かけて抜けた『それ』は数十人の被害者を出した後で畑と林が混在する農村地区に入り込んだ。
初めて感じる異質な魔力の存在に気づいた鳥達は飛んで逃げ、ヤギや放牧中の馬や牛達は『それ』から逃げようとして暴れた。中には柵を壊して逃げ出す家畜もいた。
家畜たちを怯えさせながら『それ』は森に入り込んだ。
濃く強く凝集した魔力に、野生の動物たちはパニックになった。普段は人間の目を避ける野うさぎ、狐、ヤマネコ、鹿、イノシシたちが食う側も食われる側も関係なく森の中を逃げ惑った。
「何かが起きている」と動物たちの恐慌を見た農村地区の人間たちはざわついた。しかし魔力を持つ者がほとんどいない農村地区では人の被害は出ず、原因不明のまま『それ』は通り過ぎた。
大地の奥に流れる魔力は、この世界の至るところに流れていて、『それ』は魔力の地脈に導かれるように静かに王都の西方に位置するスローン領へと向かってゆっくり進んだ。
「領主様!大変なことが起きております!」
コンラッド・スローンに知らせが入ったのは王城で新魔法が披露された数日後のことである。
「どうした?なんの騒ぎだ?」
「野生の動物達が何かに追われて我が領地を目指して暴走しております。それに加えて、王都にいる我が領の役人からは、王都では魔力のある者が次々に魔力切れを起こして意識不明の状態になっていると知らせが来ました。魔力持ちに知らせるべきかと」
「魔力切れ……」
コンラッドはいつぞやの魔力切れ事件を思い出した。自分がやられた時、それを「魔力を吸い出すつむじ風のせいだ」と言ったハルの言葉も。
「狩人たちに町を守らせろ。弓でも槍でも石でもいい、動物たちの方向を変えさせろ。魔力のある者には個別に連絡しろ。それから、『自宅に避難』の速鐘を鳴らせ。獣たちから領民を守らねばならん」
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ポーリーンの先見した大災害まであと四ヶ月。






