魔力溜まりと焼肉の夜
鳥たちを追払い、野生の動物たちを慌てさせて『それ』は動いていた。成長した『それ』は、もう小ぶりの竜巻と言える大きさだった。だが、依然として誰にも見えないまま音も立てないままである。
大きさに比例して進む速さも少し上がり、スローン領の豊かな大地の魔力を吸い込んで金色の太い柱は太くなり、それにつれて高さも次第に高くなっていく。
スローン領は豊かな大地の魔力のおかげか、魔力持ちの領民が他領に比べると多かった。王都での被害の知らせを受けて、スローン領では魔力切れ事件について領民たちに知らせる時間があった。しかし魔力持ちの領民が家の中に避難していても、魔力の強い者ほど魔力切れの被害に遭った。
領主コンラッド・スローンは石造りの地下室に妻と子供たち、魔力持ちの使用人たちを集めた。意識を失った場合に備えて魔力のない使用人も数人付き添わせていた。
「旦那様、魔力障壁は使わないのですか?」
「魔力を使えば逆に引き寄せるかもしれないのだ。このまま通り過ぎるのを待つ」
幸いコンラッドの領主館はルートから外れたらしく、何事も起きなかった。使用人たちから次々入る魔力切れに関する情報を聞きながら地図に印を書き込み、被害の起きる地点が通り過ぎるのを待った。
翌日になり更にあちこちから被害の知らせが入ってきた。魔力切れした者は複数いたが死亡者はおらず、コンラッドはホッと胸を撫で下ろしながら見晴らし用の塔に登った。
「私の目には、やはり何も見えないな」
諦めて見晴らしの塔を降りようとして、いつもはうるさいほどに聞こえる鳥の声が全く聞こえず、今まで経験のない静かさに包まれていることに気づいた。
「なんと不気味な静かさか。間違いなく何かが通り過ぎたようだ。さて、その何かはどこへ行ったんだ?」
スローン領領主コンラッド・スローンの目には見えていないが、金色の竜巻は数キロ先にいた。
スローン領の端に行き着く頃には、魔力竜巻きの上端は雲の高さに達しており、吸い上げられた魔力は上空で雲のような魔力溜まりを作り始めていた。
直径数百メートルの魔力溜まりは、風も吹かず音もしない竜巻を引き連れながらそれ自体も台風のように回転していた。魔力溜まりの下の大地では、動物も野鳥も既に全部逃げ出していて、森は静まりかえっていた。
♦︎
サムナー領ディールズの町。スローン領から見ると ハートフィールド領を挟んだ東向こうに位置する国境の町だ。
「ハル、木苺味のジェラートが売り切れたわ」
「お疲れ様、ポーリーンさん。あとはゆっくりしてください」
「ハル、おかゆのトッピングが足りなくなってきたよ」
「あらヴィクター、トッピングの量が多すぎたんじゃない?」
「そうかな。すまん」
私たちはごく普通の生活を送っている。掲示板に貼り出された『魔力切れになる流行病』とやらは、ここディールズの町には起きていない。
「今夜はステーキにしない?ポーリーンさんの元気が出るように」
「あら嬉しい。私は塩とニンニクたっぷりでお願いね」
「俺は塩と刻んだ玉ねぎで」
「了解了解。帰りにお肉屋さんで肉を選びましょうか。シリルさんは何味が好きかしらね」
するとポーリーンさんが照れくさそうな表情で
「バターたっぷり、塩少な目、お芋を添えたのが好きらしいわ」
と教えてくれる。
(いつの間にそんな話を?)と微笑ましくポーリーンを見つめると、
「たまたまよ。たまたまステーキの焼き具合について話をしたのよ」
と照れる。
人間嫌いだったシリルさんとお城にこもって二十年のポーリーンさんが仲良くしている様子は、いつ見ても微笑ましくて、二人が結ばれるといいなぁ、なんて思う。でも余計なことは言わないように気をつけている。
「ハルはステーキの味付けに好みはあるのか?」
「んー。ヴィクターと同じかな。塩と刻んだ玉ねぎ」
「あー。話をしているだけで腹が減ってきた」
「そうね。早目に帰ろうか。お肉をたくさん買おうね。クロには鶏肉を買ってあげよっと」
少し元気の無いポーリーンさんを笑わせようと、私はいつもよりたくさんおしゃべりした。ヴィクターもそれに合わせてくれた。私たちの暮らしは平穏で、いつまでもこのまま続けばいいのにと思うくらい楽しかった。
夜は庭のレンガ造りのかまどに炭火を起こして肉を焼いた。滴る脂が燃えて煙と美味しそうな匂いが辺りに漂う中、四人でワインを飲みながらおしゃべりした。
シリルさんは実家の改装に取り組んでいて、気がつくと壁紙が新しくなったりドアノブがスタイリッシュな物に交換されていたりする。こういうことがサラッとこなせる人はかっこいいなと感心してポーリーンさんと二人でシリルさんを肉を焼きながら褒めちぎった。
クロのために鶏肉を買って来たのでクロを呼び出したけれど、クロは尻尾をブラシのように膨らませてパタパタ飛び回るばかりで鶏肉には目もくれなかった。
「どうしたの?クロ」
「にゃむにゃっ!」
クロは落ち着かないようだった。






