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妖精にお礼


階段を下りている途中、ロアの父であるロゼの姿が目に入った。

ナタリアはロゼの荷物を預かっている。

周りには複数人のメイドと執事が居た。


「旦那様、お帰りなさい」

「ただいま、ナタリア。今日は調子が良さそうだね」

「ええ、ミツキさんのお陰よ」


そう言って二人は見つめあっていた。

うわ、すごい……ラブシーンだよね……?

今にもキスしそうな雰囲気があった。


「……?」


ロゼがこちらを向いた。

慣れない靴で少しづつ階段を下りている途中だった。

それに気が付いたナタリアが微笑みつつ、


「素敵でしょう? ミツキさんよ。旦那様」

「ああ、ミツキか……見違えた、驚いたよ。……でもな、ナタリア」

「はい?」

「あまり無理を言ってはいけないよ。ミツキはお客様なのだから」


よたよた歩くわたしに思う所があったようで、そう釘を刺した。

ナタリアはショックを受けたようで、


「まあ、私ったら……ミツキさんの気持ちを考えてなかったかもしれません」


ようやく階段を下り終えて、二人に歩み寄る。


「お仕事お疲れ様です。ロゼさん」

「ああ、ありがとう」


ナタリアが少し顔色が悪い気がして声を掛ける。


「ナタリアさん? どうかしましたか?」

「ごめんなさい、ミツキさん……ご迷惑だったかしら?」

「? 何がでしょう?」

「その……ドレスを着る事を強制してしまったと思って……」

「いいえ? 滅多に出来ない体験で楽しかったですよ」


高い服も装飾品も、向こうに帰ったら縁の無い物ばかりだ。

確かに着せ替え人形状態で少し疲れたけど、迷惑だなんて思ってない。

それを聞いたナタリアは微笑んで、ありがとうと言った。


「今夜は皆で夕食を取りましょう? ミツキさんも一緒に」


ナタリアはそう提案した。


「ロアが帰って来るにはもう少しかかるな」


窓から空を見たロゼはそう言って、皆で食事を取る事に賛成した。

わたしは、ふとマナーが頭をよぎった。

聞いてみると、二人はそんな事気にしないと力強く言われた。

一緒に食事を取るのを楽しみにしているようで、断れなかった。


「ミツキ、その服装は妻が……?」

「あ、はい……ナタリアさんが全部選んでくれました」

「そうか……とても良く似合っているよ」

「あり、がとうございます」


ロゼにそう言われ、その微笑みにドキッとした。

ロアはどう思ってくれるだろうか? 似合ってるって微笑んでくれるかな。

無駄にそわそわして、心臓が高鳴った。


「そうだ、ミツキ」

「はい」

「近々母がミツキと話がしたいと言っていたよ。妖精の事で」


あっ! そういえばまだお礼を言ってない。

ロゼの母って事は……レッドの事か。

牢屋の中で妖精についての話は途中だったから、それの続きだろうか。


「分かりました。何時でも大丈夫です」

「母に伝えておくよ」


レッドは賑やかな人だ。

話す事を考えておかなくちゃ。

思いつつ、玄関を離れる為に振り向いた。


「……ぁ」


玄関は吹き抜けで一番上の階の手すりが見えていた。

自分が下りて来た階段を見ると、その脇に大きな絵画が掛けられて居た。

玄関から入って来た人をお出迎えするように。来た時は暗くて全く分からなかった。

絵には二人の人間が描かれていた。

一人は現当主であるロゼ。もう一人は……


「この絵の人は……ナタリアさん、ですか……?」


うら若き日のナタリアだった。とっても美しくて、可愛らしい人……

ナタリアは恥ずかしそうにはにかんだ。


「もう20年以上前ね。ふふ、美化されているの。ねえ旦那様」

「そんな事ないさ。若い頃のナタリアはとても美しかったよ」

「若い頃は、ね」


いたずらっぽくナタリアがそう言うと、ロゼは困った様に頭を掻いた。


「君は今でも変わらず美しいよ」

「ふふ、ありがとう旦那様」


二人はぴったりとくっ付いた。

ほんの少しだけ、いいなあと思った。

わたしも彼氏が出来たらあんな風に出来るかな。

と思ったが。日本人は恥ずかしがり屋の人が多いからきっと無理だろうな、と考えた。




*****




一旦、部屋に戻った。

ロアが帰って来たら夕飯と言う事で、時間が余ったのだ。

ナタリアとロゼはとても仲の良い夫婦だ。

今頃は二人一緒に居る事だろう。

部屋にはメイドが一人……セレナが控えていた。


「セレナさん」

「はい、ご用でしょうか?」


呼ぶと早足でやって来た。

何だか命令しているようで心苦しい。


「今から独り言を言いますけど……気にしないで下さいね」

「独り言ですか?」

「妖精さんと話をするので……」

「……分かりました。妖精ですね」


セレナが同じ場所に戻ったのを確認して、妖精に声を掛ける。


「妖精さん」


『わあおねえちゃん!』

『昨日話したけど久しぶりな感じ!』

『無事でよかったねえ!』


わたしの周りを飛び回ってキラキラと瞬く。


「ありがとう。みんなのお陰だよ」


お礼を言うと、皆嬉しそうに飛びまわってカラカラと笑っていた。


『お礼言われるの初めて!』

『なんだか楽しい気持ち!』


喜ぶ中に、あの妖精は居なかった。

妖精が見える人を知っていると言っていたあの子だ。

きょろきょろと辺りを見回すと、ソファーの隣に座っている事に気が付く。

他の子と違ってあまり嬉しくはなさそうだ。


「あなたに一番お礼が言いたかったの。ありがとう」


その子は肩を落としたまま、わたしを見上げた。


『これでおねえちゃんが……どこにも行かないならぼくも嬉しい……』


わたしも妖精と同じく肩を落とした。


「ごめんね」


『いいよもう……向こうに帰ってもぼくの事忘れないでね』


「うん、絶対に忘れない。約束!」


無意識に小指を差し出していた。

妖精が首を傾げたのを見て、そういや指切りの文化は無いんだったと思い直し、引っ込めようとしたがその小指に妖精が座った。


『ねえ、おねえちゃん』


「ん? なあに?」


『ぼくおねえちゃんに名前を付けて欲しいな』


「名前……?」


聞くと、妖精は神の力から自然発生したものだから名前は無いとの事だった。

急に言われても……


『何でもいいんだ』


「うーん……えっと、じゃあ……」


この子は他の子と比べると薄い青だから……


スイとかどう?」


『スイ? どういう意味?』


「わたしの世界で水って言う意味なんだ。……安直だったかな」


『ううん、ぼく気に入った! ありがとうおねえちゃん!』


妖精、もといスイが嬉しそうに飛び回る。

元気になってくれて良かった。

安心して妖精の眼を切る。

皆にお礼も言えたし、もう大丈夫だよね。

着なれない服のせいか肩が凝って来た。

少し肩を動かして脱力する。


「ミツキ様は本当に妖精と会話できるのですね」


目が合ったセレナにそう言われ、曖昧に笑った。


「独り言みたいでしょう?」

「説明がないとそう見えると思いますわ」

「妖精と会話する人が居るなんて、ってロアにも言われたなあ……」

「坊ちゃまは妖精が身近ですから。普通より驚いたのかと思われます」

「……レッドさんは会話は出来ないんだよね?」

「ええ、会話をされているのを見た事はありません」


どうしてわたしは話す事が出来るのだろうか。

異世界人だから? 神様と関わりを持っているから?

……分からない事は多い。

あの女神の事もそうだけど、どうしてロアが居た場所に落ちたのだろう?

女神が意図して落とした? この世界は広いのに……違う場所だったら死んでたかもしれないし、女神には感謝しないといけないのだけど……

幸せを祈ると言う女神の言葉にはどう言った意味が含まれているのだろうか。


「ミツキ様、坊ちゃまがお帰りになられたそうです」

「あ、はい……!」


ロアが帰って来た事が嬉しくて勢いよく立ち上がる。

慣れないハイヒールに苦戦しながらも部屋を出た。

ロアに会いたい。

昨日の事、ちゃんとお礼が言いたいし、それに……


「坊ちゃま、きっと驚きますわ」


セレナに言われ、顔を赤らめる。

大人っぽくなったわたしを見て、ロアは何と言うだろう。

ロゼさんみたいに褒めてくれるかな。

期待で足が軽くなる。

せわしない心臓をなだめつつ、気ばかりが急いた。


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