着せ替え人形
部屋に入ると、そこには大きな鏡台が置いてあった。
衣裳部屋だろうか。
多くの箪笥に、掛けられているドレス。
鏡台には化粧用品や香水のような物も置いてあった。
「さあ、どうしましょうか? ミツキさんは好きなお色はありますか?」
ナタリアが開けた引き出しの中には、多種多様な髪飾りがぎっしり入っていた。
どれもこれも高そうに見えるのは気のせいだろうか。
鏡台の前に座り、思わず安いのでと言いかけて飲み込む。
「ナタリアさんが好きな物でお願いします」
「私のセンスが問われるわけですね……」
「あまり深刻に考えなくても」
悩み始めたナタリアに、色は指定した方が良かったかなと後悔した。
ナタリアはメイドとあれこれ相談し始めた。
「瞳の色に合わせて青はどうかしら?」
「それでも良いと思いますが、お召し物が可愛らしいピンクなので……赤でも良いかと思います」
「青だと頭と服が合わないかしら……明るい色がいいわね」
「いっそ一色ではなく多色でも……」
「その場合はバランスが……」
髪飾り一つにそんなに……?
数も種類もあるから悩むのは分かるけど……
ああ、そう言えばお母さんもそうだった。
花火大会の時、浴衣を着る事になってああでもないこうでもないって一人悩んでいたっけ。
あの時わたしは、何でもいいから早くって急かしてしまっていた。
帰ったら一緒に髪飾りを選びたいな。
親孝行がしたい。
近くで控えていたセレナが、
「ミツキ様は可愛らしい方か大人っぽい方、どちらがお好きですか?」
「えっ……うーん……」
突然の質問に悩む。
可愛い方か大人っぽい方か?
別にどっちでも構わないけど……
「ロアはどっちが好きだろう……?」
気が付かない内に声にしていたようで、セレナが笑顔になる。
「ミツキ様は普段は可愛らしいので意外な魅力を引き出しましょう!」
何故か気合の入っているセレナに、余計な事を口走ったと顔が赤くなる。
わたしの呟きをナタリアも聞いていたようで、
「ロアに見せるなら服も変えてしまいましょうか」
「賛成です、奥様」
「え? でも……そこまでしていただかなくても」
ナタリアは早速服を選びにウォークインクローゼットの方へ。
メイドはそれを追いかけ、セレナはわたしを立ち上がらせて服を脱がし始める。
「サイズが合うのは店売りの物しかないわ。今度特注で作らないと」
クローゼットの方でナタリアが恐ろしい事を言った。
辞退しようと口を開いたところで、
「賛成です、取り敢えず市販の物で似合う色、形を把握いたしましょう」
メイドがそう言った時点で察した。
わたしは着せ替え人形になるのだ、と。
ふと、鏡を見た。
困った表情の自分が居た。
……そういやこの鏡、わたしの知ってる鏡ぐらい綺麗だな。
旅先の宿にあった鏡はボコボコしてて何これって思うぐらいだったけど、これは枠に収まってるし、そのまんまわたしの知ってる鏡だ。
はっ!
その時、ロアが言っていた事を思い出した。
鏡はとっても高価で、立派な屋敷が建つぐらいだって……
さあっと青ざめる。
気にしてなかったけど……この鏡と同じものがわたしが借りている部屋にもあった。
風呂場にも、階段の所にも……
クラスバルト、三大貴族の一つ。
金が有り余っているとでも言うのだろうか。
*****
ナタリアは少女のように手を合わせ、喜んだ。
「とっても綺麗だわ! 大人っぽくて素敵よ」
あれから昼食を挟んでからもずっとお人形状態だった。
色々な形のドレスを着させられた。
どうやらわたしは黒っぽい色が似あわないそうだ。紫とか茶色とか。
茶色は落ち着いていて好きだったのだけど、似合わないとバッサリ。
眼の都合かビビットな明るい青が一番似合うとの事だった。
暗いネイビーブルーだと似合わないようだ。
「でも今日はこれにしましょう」
そう言われて差し出されたのはシンプルだけど華やかさのある真紅のドレス。
ちょっと落ち着いた色だけど……
「ミツキさんは今お幾つ?」
「17歳です」
「まあ、若いのね。明るい色が似あうのも頷けるわ」
「このドレスは落ち着いた色ですけど……」
「お化粧しましょう? そうしたらきっと似合うわ。リファ、そう思うでしょう?」
「ええ、わたくしもそう思います」
メイドはリファと言う名前のようだ。年は多分、ナタリアと同じぐらい。
高校生と言う立場上、化粧はあまりした事が無かった。
友達はつけまつげやらアイプチやらとやってはいたけど……
異世界につけまつげはないとは思うけど……ちょっと楽しみかもしれない。
真紅のドレスを着たわたしは背伸びしたけど失敗した女の子のように見えた。
その後、リファに大人っぽく見える髪型にしてもらった。
ミディアム程の微妙な長さの髪だったが、ゆるく編んでお団子にしてくれた。
それから異世界のお化粧をしてくれた。
基本的にはわたしの世界と大差ないと思う。
鏡に映ったわたしはとても大人びて見えた。
順当に年を取っていけば、こんな風になるのかな。
さっきまで似合わなかったドレスが似合って見えた。
「問題は髪飾りね……どうしましょう?」
ナタリアとリファ、セレナも議論に参加する。
数がそんなになければすぐに決まるだろうが……なにせ多様な種類と数がある。
三人が話し合っているので引き出しの中を覗き込む。
「わあ、綺麗……」
目に留まったのはガラス細工だ。
ピンで留めるタイプの髪飾りで、蝶を模しており恐らくガラスで出来ている。
今にも風に乗ってふわりと飛び立ちそうだ。
「それが気に入ったの?」
いつの間にか隣に来ていたナタリアが笑顔でそう言って微笑む。
「透明で綺麗だなと思って……あっ、見てるだけです」
「リファ、セレナ、これを使いましょう」
「ああ、ナタリアさん……」
止めようとしたが間に合わず、着けることになった。
髪飾りは全てガラス細工になった。
赤と青の大小のバラのような花をお団子の周りに散りばめて、メインである蝶を添えた。
蝶は2頭居て、同じく青と赤の物だ。
わたしが見ていたのは透明な蝶だったので、色の種類があるのかとぼんやり思って、高そうな物だけど色違いで持ってるのか? と疑問にも思った。
「素敵ですよミツキ様」
ナタリアに褒められた後、セレナにもそう言われて、何と返したらいいか戸惑う。
ありがとうございます? 少し違う気がする。
この美しさは三人が作ったものだし……
「姿見をご用意しました。どうぞご覧になって下さい」
リファが姿見を持って来た。
セレナに促されて立ち上がって、自分の姿を改めて見る。
何処かの貴族の御令嬢みたいだった。
これから舞踏会にでも行きそうな雅な雰囲気もある。
これがわたし……化粧と身に着ける物で大分変わるなあと感心した。
「靴はこちらを」
リファが靴を差し出してきた。
服に負けない赤いハイヒールだった。
かかとが高い靴はあまり履いた事が無いのだけど……大丈夫かな。
靴はぴったりだった。靴のサイズも揃えてあったりするのかな。
もう一度立ち姿を見て、ハイヒールを履くとちんちくりんなわたしでもスタイルが良く見えるものなんだなあと、自分の姿を見つつ思った。
最後に品の良い恐らく宝石を使ったネックレスに、ブレスレットをして完成したようだ。
「素敵よ、ミツキさん。是非娘に欲しいわ」
「えっと……着飾って下さってありがとうございます」
「いいのよ、此処に居る間はあなたは私の娘ですから」
嬉しそうにナタリアは言う。
ロアのお姉さんがお嫁に行ってからはこう言う事出来なくなっちゃったからウズウズしてたのかな。
そう言えばお母さんは女の子には着飾る楽しさがある、と言っていたのを思い出した。男の子にはない楽しさだよね。
「奥様、旦那様がお帰りになられました」
少し部屋を離れていたセレナがそうナタリアに伝えた。
「まあ、今日は早いのね」
「昨晩、遅くに出ていらっしゃったので今日は早めに帰宅したとの事です」
外を見ると、日の光が赤くなっていた。
……わたしはどのぐらい長い間着せ替え人形になっていたのだろうか。
綺麗な服を着れる機会なんてこの先ないと思うから、貴重な体験をしたと思おう。
それに、ナタリアに喜んでもらえて良かった。
足早にナタリアは玄関に向かって行く。
ナタリアに少し待って居てと言われたが、挨拶したいなと後を追う事に。
わたしは履き慣れないヒールだったので、後からゆっくり行く事にした。
「歩きにくいですか?」
「あまりこう言った靴は履いた事が無くて……」
「ゆっくりでいいですから、慣れていきましょう」
セレナが気遣うようにわたしの横に立った。
躓いて転んだら支えてくれるためだろうか。
「セレナさん、ありがとうございます」
「そんな……私は当家のメイドとして当然の事をしているだけです」
「いいえ、わたしみたいなのにとっても良くしてもらって、こんな素敵なドレスも着れて……わたし、今日の事忘れません」
「主に喜んでいただける事が、我々の至情の喜びですから」
「あるじ……?」
ナタリアの事だろうか。とっても喜んでたし。
「階段を下りれば玄関です」
セレナに促されて階段をゆっくりと下りて行く。




