表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーダー -封印の鳥篭-  作者: 朧塚
9/24

#002 ベレトの塔 2

 花鬱とゴードロックの二人は、巨大な昆虫との戦いに苦しんでいた。

 大きなカマキリだった。

 飛び跳ねながら、距離を置いて、二人を襲撃する。

 鉤爪の付いた脚と、獰猛な顎、それらが巨大な洞窟の中で犇めいていた。

 更に、鎧を纏った獣の頭の怪物達も襲ってくる。

 一体一体は大した事が無くても、連戦でかなりの苦戦を強いられていた。

「畜生がっ! このままでは弾切れ必須。花鬱、引くかっ!」

「仕方ないわねぇ。このままじゃ、あたし達、ジリ貧だからねぇ」

 



 ミキシングは、……哀れな大男は、寝台の上に縛り付けられていた。

 両手両足が動かせない。

 鎖で繋がれているのだ。

 ベレトは美しい顔で、彼を眺めていた。

「今からお前を飾りにしようと思うんだ」

 大男は、口を塞がれていた。罵声も悲鳴も上げられない。仲間達への助けも求められない。

 そこは、手術室のように、様々な器具が置かれていた。ただ、……麻酔は無さそうだった。

 ベレトは壁に掛けられていたナイフを取り出す。

 動物の骨で作られているものだろう。

 それを、大男の眼球へと近付けてくる。

 ベレトの両眼は嬉々としていた。

「お前はムダな肉が多いな。削いでスリムにしてやろう」

 ナイフは、深く潜り込んでいく。





 影は何処かに導いてくれているみたいだった。

 洞窟の奥へ、奥へと向かっていく。

 途中、階段を下る事になる。少しだけ長い階段だった。

 地底湖が見えた。

 潮の匂いがする。きっと、この湖は海へと繋がっているのだろう。

 この人物には、きっと何かの思惑があるのだろう。だが、カナリーはよく分からなかった。

 カナリーは既視感に襲われる。

 少女趣味の部屋。絵本や、ヌイグルミが散りばめられた部屋だ。かつての自分の部屋。その場所を思い出す。もう全て焼けてしまった場所。失われた世界。

 その色彩が、映像が、現実では無い事に気付く。

 まったく違う場所に、今、佇んでいた。

 少女趣味の部屋では無い。

 そこは、骨董品の置かれた部屋のようだった。

 彼女は、揺り籠のような椅子に座って本を読んでいた。

「お前はどうやら特別な存在みたいだな」

 彼女は言う。青く、くすんだニットの服に、色褪せた元は黄色であったのであろうマフラーを首に巻いている。灰色の汚いズボンに、茶のブーツを穿いていた。

 ギィ、ギィと、彼女は椅子を揺らしていた。

「その木の籠の事を教えてくれないか? 鳥篭みたいだが、何を入れていたんだ?」

 彼女の瞳は、カナリーの瞳を見つめ、心の底の深淵を覗き込んでくるかのようだった。

 とてつもない怖気が、カナリーを襲った。この女は邪悪と呪詛、そのものを体現している存在ではないのだろうか。そうとしか思えなかった。

 そう言えば、メビウスと会った時も、こんな感覚だったような気がする。色々な人間に出会ってきて、人に興味はあるのだけど、決定的に人間を理解出来ないといったような顔だ。

「この場所はベレトの趣味なんだそうだ。奴も可愛らしい一面も持っている。そう思わないか? とても良い趣味をしている」

 本棚には魔術書のようなものが並んでいた。別の棚には宝石で柄を加工したナイフが飾られていた。天井からは牛の骨が吊り下げられている。床には虎か何かの毛皮が敷かれている。

 窓があり、そこから光が漏れ出している。窓の外は蒼だ。海が広がっているのだ。海鳥が空を羽ばたいていた。

 部屋は絶妙な具合に、闇に包まれていた。

 青と黒のコントラストだ。

「お前の名を聞かせてくれないか?」

「カナリーです……。貴方は……?」

「デス・ウィング。もっとも、他の色々な名前や偽名を使う時もあるがな」

 彼女はゆったりと、椅子にもたれながら、本をめくっていた。

「音楽があれば良かったんだが、何しろ、彼は音楽を聴かないらしい。好事家としては駄目だな。レコードでも置いてあれば、より良いんだが」

「貴方は…………、ベレトと…………」

「そうだな、友人だよ」

 カナリーは息を飲む。

 自分達は、ベレトを倒しに此処に来たのだ。

「私はお前だけには、興味があった。他の面子はどうでも良かったんだけどな」

 デス・ウィングと名乗った女は、本を閉じる。

 そして、棚の中に本を戻す。

 何かを考え込んでいるみたいだった。

「カナリー、初めて会う者同士の話題では無いかもしれないが、人間は何故、生きているのだろうと感じた事は無いか? 私はお前の物語を知りたいんだ。どのように生き、どのような価値を信じて、何を夢見ているのかをな」

 彼女はカナリーの瞳を覗き込んでくる。

 メビウスの面接を思い出す。少し前の事だ。あれから何日も経っていない。けれども、とても長い時間が経過しているように思えた。

 メビウスは光を感じた。というよりも、今、思い出すと、善なるものに触れているような感覚だった。

 けれども、眼の前にいる相手から、ひらすらに湧き上がってくるのは、禍々しい悪なるものだ。それを巧く言葉に出来なくて、カナリーはもどかしい気持ちになる。ただ、とても息苦しかった。

「私に興味があるのですか……。私なんて何も……」

「それは違うだろう? お前は何かを封じているみたいだがな」

 ぞわりっ、と、悪寒がする。

 デス・ウィングは、気付けば、カナリーの背後に立っていた。

 一瞬の事だった。

「着いてこないか? この先にある通路から、浜辺へと通じている場所があるんだ」

 何か、自分の心の黒へと、その場所は繋がっているかのようだ。

 潮の匂いが強くなっていく。

 途中、炎が揺れる燭台があった。カナリーは震える。

「火が怖いのか?」

 カナリーは頷く。

 安らかな声だった。まるで、過去の記憶を全て吐露してしまいたいような気分だ。

「理由があるなら、話してみないか?」

 彼女はとても、楽しげだった。

「幼い頃、家を焼かれたんです。怪物に。私の父と母は、焼き殺されました。私も両脚に大きな火傷を負いました……、それ以来…………」

 思い出したくない……、眼の前の存在は、カナリーの心の傷を、容赦なく覗き込もうとしているみたいだ。

「その木の鳥篭はなんなのかな?」

「形見みたいなものなんです」

「成る程」

 風が吹き抜ける。カナリーは瞼を閉じる。

 また、一瞬の出来事だった。

 デス・ウィングが、カナリーの鳥篭を奪っていた。

「少し見させてくれ。どんな素材なんだろうな? 何の木だ? 何が詰まっている?」

 強い好奇心が、その瞳には灯っていた。

「やめて……」

 カナリーは、取り返そうと、迫る。

「冗談だよ」

 デス・ウィングは、悪戯っぽく笑う。そして、鳥篭を返してくれた。

「訊ねるが、お前は復讐したいか?」

「何にでしょうか……」

「お前の両親を殺した奴らにだよ」

 カナリーは胸が高鳴る。

「大きな……、カメレオンの怪物でした。炎を吐くんです。それ以来、私はトカゲや、炎が怖いんです。特に炎は駄目です。…………」

 復讐は……、考えた事は無かった。成人した時に再び来る。あの言葉がとても怖かった。

「お前は復讐心よりも、恐怖心が勝っている、って顔だな。違うか? まあいい。それよりも、お前も力を持つ者なのだろう? 一つ、私に見せて貰えないか?」

 デス・ウィングは、燭台を手にする。

 炎が揺らめいている。

 カナリーは、動悸が激しくなる。

「見せないと、お前の鳥篭を壊すぞ?」

 周辺を、風が吹き荒れていく。

 それは、少しずつ、暴風へと変わっていく。やがて、カナリーの周辺で、小さな風の渦が生まれていく。

 彼女は、オイルを地面に垂らしていく。何処かに隠し持っていたのだろう。彼女は燭台を落とす。暗い洞窟の中に、炎が広がっていく。

「止めて、止めて、やめっ……っ!」

 風が吹き荒れる。

 炎はいつの間にか、カナリーを囲んでいた。

 カナリーは、鳥篭を握り締める。

 すると…………。

 一帯が、竜巻によって、覆われていく。

 炎が吹き飛ばされていく。

 そして、……篭の中から、ねじれた奇怪な腕達が現れていた。次に起こったのは、篭の中から、魚達が現れて、空中を浮遊しながら、洞窟の壁を喰い破り始める。

 炎は消えていた。

 カナリーは地面にへたり込む。

「あ、あ、一体…………っ。…………」

「成る程。最初の竜巻、あれは私の力だな。次は何だ? その篭には一体、何が封じられている?」

 魚達は洞窟の壁を喰い続けていた。

「あれは、あれは、私が十六の頃に出会った、怖い殺し屋の力……っ! 何? 何が起きているの? 分からない…………」

「成る程」

 デス・ウィングは、とても楽しそうな顔をしていた。

「その篭は興味深いな。お前のトラウマを具現化しているのか、それとも、お前が受けた力を封じ込めているのか」

 物欲しそうな声で、デス・ウィングは、鳥篭を見つめていた。

「いずれにしても、お前を此処に使わせた奴が、お前に価値を見出すのは分かったような気がする」

 きっと、こいつは、メビウスの事を知っているのではないか……。

 そのような気がした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ