八話、水泳より
書けない、心理描写が書けない!
と、いうのが不定期更新の言い訳です、スミマセン。
次回は31日更新予定。
「きゃ、冷た! もうリリ、水かけないでくださいよ、心臓に悪いです!」
「えへへ、ごめんなさーい」
「反省の意思を感じませんねぇ、そんな子にはこうです!」
「うひゃあ! やったなー!」
「おっと、仕返しを待ってるほど私は優しくありませんよ!」
「あー、まてー!」
「全く、リリは元気だな」
「そういうアカも、さっき凄い泳いでたじゃん」
「ちょっと身体を動かしたかったんだよ。ランドはエアリアを追いかけなくていいのかい?」
「な、なんでそーなるんだよ」
「もう隠すのやめた方がいいよ、みんな知ってるんだから」
「う、うるさい! 水かけるぞ!」
「冗談だよ、冗談。………にしても、マアトが泳げないなんてね」
「ああ、以外だよな。アイツ何でもできそうだったけど」
「風属性の魔法が使えないよ」
「あ、そうだったな。風に関しちゃあ俺の方が上だな!」
「ついでに頭は僕の方が良いよ」
「あれ、もしかしてマアトって意外とダメダメ?」
「ふふっ、そうかもね」
全部聞こえてんだよ。しかも俺が使えないの水属性だし、風属性は得意だし。と、湖の畔で三角座りをしながら考える。太陽は独りの俺を嘲笑うかのように熱光線を発射し、俺の(精神的な)体力を根こそぎ奪っていく。汗は蛇口を捻ったように溢れ出し、俺の衣類はベトベトだ。
あー、あぢー。
さっきの会話通り、俺は泳げないので見学をしている。朝クラス全員が集合した時にマーズ先生に休みたいと言うと、「じゃあ離れた所で、みんなを見学してなさい」とすぐ了承してくれた。
という事で、今俺は灼熱の太陽の下、気持ちよさそうに泳ぐみんなを眺めているのだ。正直、死ぬほど辛い。
周りは見渡す限りの草原なので、木陰の一つもない。風魔法でそよ風を起こしてるけど熱風がくるだけだし、水魔法で飲み物を作ろうにも俺は水魔法が使えない。とんだ罰ゲームだ、まあ自分で選んだんだけど。
さっきの会話は、俺お得意の風属性魔法を駆使して盗み聞きしたのだ。仕組みは簡単、音は空気を伝わる振動なので、ちょっと風の流れを変えれば俺の元に届く。有効範囲は200メートル、意外と簡単で使い勝手がいい。
しかしそんな事をしても、楽しそうなみんなの声に孤独感を煽られるだけ。もう無断で帰ってやろうかと思った。
「うわっ、冷てー!」
「ぷはー、気持ちいい!」
「見て見て、わたし背泳ぎできるよー!」
「俺なんて三十秒も潜れるもんね!」
潜ったまま上がってくるな。
俺は呪怨を静かに振りまきながら、その後三時間太陽と戦い続けた。
………脱水症になりかけた。
◇
昼休みになり、みんながわいわいと昼食をとる中、俺は独りサンドイッチを持って少し離れた大岩の上に登った。大岩は高さ5メートルほどあり、頂上から湖を見るとまるで崖の上のようだ。俺は足を投げ出して座り、独りでサンドイッチを食べ始めた。
みんなと食べないのは、ただ気まずいというだけだ。「泳ぐの楽しいねー」「そうだねー」とか話してるところに入る勇気と根性は、俺にはそなわっていない。ていうか会話の内容に乗っかれない。別に悲しくはないが、虚しくはある。
サンドイッチは相変わらずの美味しさだった。けどいつもより塩っぱい。運動で失った塩分を摂るためだろう。母さんの気遣いが逆に、塩分を消費してない俺の罪悪感を煽る。
ごめんよ母さん、あなたの息子は気遣いを無駄にしています。
「どうしたんですか、一人でこんな所に」
「ああ、エアリアか」
「何ですかその反応は。来ちゃいけませんでしたか?」
頬を膨らませながら岩を登ってくるエアリア。時より足を外し、見ていると無駄にハラハラする。
岩を登りきると、俺の隣に座った。
「お前、みんなの所にいなくていいのか?」
「逆に、あちらにいなきゃいけないんですか?」
「いや別に、そういう意味ではなくてだな」
「分かってますよ、私もちょっと静かな所で風にあたりたかったんです」
俺は別に、風にあたりたかったわけではないんだが。まあ何でもいい。
「お、結構いい眺めですね」
エアリアは俺のサンドイッチを奪いつつ、遥か彼方を指さす。見てみると、確かに美しい光景が広がっていた。
夏の日差しを受けて輝く湖、その奥には田舎独特の優しさを醸し出す村。バックには光を受けて緑に燃える盛大な森。この岩の上を選んだのはたまたまだが、どうやら当たりだったようだ。
「あそこ、私たちの家じゃないですか?」
「ん、あの赤いのか? ちょっと形が違う気がするけど」
「そうですか? でも方向はあってますよ」
「ま、ウチの家はこの村で一般的な形だからな。屋根の色が同じだったら、見分けつかないぞ」
「むう、確かに」
エアリアは顎に手をあてながら、反対の手で残りのサンドイッチを――
「させんぞ」
「チッ」
「チッ、じゃねーよ。俺の昼飯無くなるだろ」
「いいじゃないですか、兄さん泳いでないんですし」
「うっ、まあそうだが……」
痛い所を突かれた。ていうかコイツ、朝も俺のサンドイッチ奪ってなかったか? いつも三つ用意してあるのが、今日は二つしかなかったし。
「お前、自分の分食べろよ」
「もうとっくに食べ終わりましたよ」
「え、マジか、あの短時間に」
「私の口はブラックホールですからね」
「ブラックホールに速さは関係ないと思うんだが」
コイツはつくづくバカだな。ランドと揃えばバリアップルだ。
「うるさいですね、そんなこと言うダメ兄にはこうです!」
「え、ちょ!?」
――あ、押された。そう思った時には、俺の身体は宙に浮いていた。笑顔で俺を見下ろすエアリア、それを認識した瞬間、冷たい液体が俺を覆った。
水、水だ。
足が着かない。
息が出来ない。
目に染みる。
手足を動かして浮上するも、またすぐに沈んでしまう。水を上手くかけない。
段々と焦り、恐怖が湧いてくる。早く息をしなければ、足が着かない、浮き上がれない、酸欠になる。心臓が、普通の何倍もの速さで鼓動を刻む。
二回目の浮上で、やっと空気を吸うことが出来たが、また沈んでしまう。恐怖と焦りがどんどん倍増していき、気が付いたら水の中で叫んでいた。
叫んでも叫んでも、ボコボコと泡がたつだけ。空気を無駄に消費してしまう。それが分かっているのにやめられない。
三度目の息継ぎが出来ずに足掻いていると、頭がぼうっとしてきた。酸欠だ。
手足が痺れ、動かなくなり、身体が沈んでいく。水でボヤけた視界は、段々と白に染まっていく。
――薄れゆく意識の中、最後の瞬間に、確かに見えた。
『真っ赤に染まった、死体だらけの水面』が――
「あれ、兄さん? 兄さーん! ちょ、ふざけないで下さいよ! ど、どうしよう。助ける? どうやって? あ、助けを呼べば……誰か、誰かー! 兄さんが、マアトがー!」