九話、入院より
なんとか間に合いました。次回は作者多忙のため、約二週間後の予定です。なるべく早くあげますね。
――夢を見た。
水に背泳ぎをしているように、ぷかぷか浮いている。
身体は動かない。首と目がかろうじで動く。
何故か俺は、怖がっていた。今まで味わったことなのない、なんとも形容し難い恐怖。身体の内側から蝕まれるような、そんな恐怖。
目を動かすと、何故怖がってるのかすぐに分かった。
すぐ横を流れる人間。腕が片方千切れて、傷口からは生々しく赤い液体が流れ出している。
恐れを感じて、反射的に反対側に目線を写す。すると今度は、腰から下がない死体があった。
恐怖にかられながらも、認識する。
――川が赤い。赤黒い。
血だ。臭いなどはないが、確実に血だ。
周りをもっとよく見ると、河原までぎっしりと人間が浮いていた。皆身体のどこかに、致命傷を負っている。
そこでハッとした。恐怖は得体の知れないものから死という明確なものに変わり、僅かに動く首を浮かせて自分の身体を確認する。
嫌な予感は的中した。腹が横一線に切り裂かれ、内蔵が飛び出し複雑に絡み合っている。吐き気がした。
ああ、死ぬな、と他人事のように思う。しかし恐怖だけは、しっかりと俺を蝕む。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。
頭の中は、その二言だけで埋め尽くされた。
やがて視界が薄くなっていく。頭がほわほわして気持ちいい。
血が減ってきているのだ。
出血で死ぬのって、こんな浮遊感があるんだなー、とまたもや他人事のように思う。しかしやはり、死への恐れはなくならない。
いくら怖がっていても、身体の限界は訪れる。
まず、目が見えなくなった。真っ白になってから、暗闇に包まれる。
次に、思考が停止した。何も考えれない。
最後には、水のせせらぎが聞こえなくなった。
そのまま俺は、ゆっくりと川を流れていった――
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目を覚ましたら、見慣れない木製の天井があった。身体の感覚だけで、自分がベッドに寝ている事を確認する。どこからから差し込む光が、目で乱反射して視界をボヤけさせる。
頭がふわっとしていて、いまいち現状が掴めない。かけられていた布団を捲り、あたりを見渡そうとすると、突然誰かに抱きつかれた。
「マアト、マアト………!」
花の香り、黒い髪、ピンクのワンピース。
間違いない。カンナちゃんだ。
やはり現状が掴めないが、俺に抱きついたまま泣き始めたカンナちゃんを俺は優しく抱きかえした。きっとこうするのが正解なのだろう。
何故カンナちゃんが泣いているのか分からないが、寝起きの頭は状況を認識する事を放棄したようだ。何も考えれない。
カンナちゃんの背中を撫でながら周りを見ると、母さんに父さん、それに知らない中年の男がいた。母さんはしくしくと泣き始め、父さんは母さんを支えながら「良かった、本当に良かった!」と、今にも泣きそうな顔をしている。
カンナちゃんは、俺にかけられた布団がぐしゃぐしゃになるまで泣いた。いつもは六歳には見えない大人だなと思っていたが、やはりまだ子供だなと思う。
カンナちゃんが泣きやむと、知らない男の人が、俺の寝ているベッドのそばに置いてある椅子に座り、年季の入った声で言った。
「おはよう、マアト君。少し混乱しているかも知れないけど、オジサンの話を聞いて欲しい」
深い皺の入った顔で、ニッと笑顔を作るオジサン。俺が子供という事で、なるべく優しく接しようと思っているのだろう。
かえって怖くないかと思いいつつ、答える。
「はい、分かりました」
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頭を触ると、ボサボサな金髪にピッチりと包帯が巻かれていた。白と金色のボーダーが、何とも言い難いダサさを醸し出してる。部屋に置いてある手鏡を覗きながら、独りため息を吐いた。
何でも俺は、脳に障害を負っているらしい。ものの一週間で治ると言われたが、脳に障害と言われると無性に怖くなってくる。しかも三日眠りっぱしだったというから驚きだ。
症状は、脳の働きが低下し常に寝ぼけたようになるらしい。その症状は最近実感している。睡眠は嫌と言う程取っているのに、常に頭がふわふわしているのだ。物事もまともにかんがえれない。
原因は、溺れた俺を助けるために使った魔法だそうだ。詳しい説明は全く分からかった。
昨日、あの中年医の説明を受けた後に、俺を助けてくれたマーズ先生が謝罪に来た。自分のせいで、と何度も頭を下げる先生に、頭の回らない俺は苦笑いを浮かべて「大丈夫です」と言うしかなかった。
一週間で治るといっても病気は病気。俺は村の中心にある、小さな病院に入院することになった。病室は質素なもので、窓際にベッドが一つ、机と椅子、それと母さんが持ってきた華が一輪。それだけだ。
入院してまだ一日だが、既に退屈を感じている。やる事と言えば、窓の外から聞こえる虫の演奏を聴くくらいだ。スズムシにも似た鳴き声が、夏らしさを運んでくる。ジージーという音に、いつも五分くらいで飽きてしまう。
無駄に広い部屋に一人きり。自然とため息がもれた。
「………外に出るか」
病院の裏には庭があるらしいので、暇つぶしに探しに行こうとベッドを這い出た。汗の染み込んだ服を着替え、軽く伸びをしてから扉に手をかける。
部屋を出て小さな廊下に出ると、ランドたちがいた。
「おお、マアト! お前大丈夫か!?」
「リリたち御見舞に来たんだよー!」
「って事なんだ、果物もあるよ」
久しぶりに見る気がする友人に、俺は笑って答えた。
「とりあえず中入れよ、果物もみんなで食べよう」
俺は出歩くのを取り消しにし、三人を病室に招いた。病室は小さな子供三人くらいなら、余裕で入る広さがある。一つしかない椅子にリリが座り、男二人はベッドの端に座った。俺は病人らしくベッドに入る。
「果物は僕が剥いとくよ」
「え、アカはそんな事も出来るのか?」
「最近母さんに教えて貰ったんだよ」
アカはそう言うと、果物の入ったバスケットから赤い果実とナイフを取り出し、皮を剥き始めた。なかなか手馴れた動きだ。
「これはねー、リリの家で取れたやつなのー」
「そういえばリリの家って果物農家だったな
」
「そうなの」
「マアトの家も畑仕事じゃなかったか?」
「そうだよ、うちは父さんが麦を育ててる。そういえばランドの家って……」
「俺の家は普通の店だよ。ほら、学校で使ってるアレ、えぇと」
「文房具」
「そうそれ、ぶんぼーぐとか売ってる」
流石に六歳にもなれば、文房具くらい分かるだろ。相変わらず頭悪いなランドは。リリも「ぶんぼーぐって美味しいの?」とか言ってるし。
そんな事を話してる間に、アカが皮を剥き終った。驚きの速さだ、しかも綺麗。
小さなスイカのような果実を四等分して、四人でかぶりつく。独特な甘みが口に広がって、思わず頬が緩んだ。
「んー、これ美味いな」
「でしょー、だってリリが取ったんだもん!」
「そうか、ありがとな」
「にししー!」
リリは笑顔で耳をぴくぴくさせる。こんな可愛い子に好かれてるなんて、アカは羨ましい。
いやいや、俺にも可愛い幼馴染みがいるじゃないか。
「そういえば、カンナちゃんがいないけど」
「ああ、カンナなら用事があるからって」
「ふーん」
まあ昨日ずっと俺の隣にいたもんな。今日はゆっくり休みたいのだろう。
「そういえばマアト、身体はどんな感じなんだい?」
「そうだ、大丈夫か? 死んだりしないよな?」
「え、マアト死んじゃうの!? リリ嫌だ!」
「いやいや、勝手に殺すなよ」
この二人を見てると、アカがますます大人に見えてくる。俺より精神年齢高いんじゃないかとたまに思う。
「別に大したことない、頭がふわふわするだけ」
「なんだ、頭が飛んでっちゃうのか!?」
「え、大変! 捕まえなきゃ!」
「ほら二人とも、落ち着いて。マアトが困ってるじゃないか」
あはは、と笑っておいた。この三人を見てると、自然と元気が出てくる。やっぱり一人でいると、人間腐るもんだ。
「そうだ、昨日マアトのお母さんから聞いたんだけど」
リリが話を変える。
「マアト、寝てる間にあくむっていうのに襲われてたんだって。たすけてー、たすけてーって。あくむって何?」
「悪夢っていうのは、悪い夢の事だよ。夢の中で怖い事が起きるんだ」
「あー、そういえば見たな、悪夢」
常にユルユルな脳内には、あの夢の記憶がしっかりと刻まれている。あんな夢、忘れれば良いのに。
……まだあの夢を見るのか、俺は。
「どんなやつだった?」
ランドが興味津々に聞いてくる。いいのだろうか、話しても。流石に刺激が強すぎやしないか。
「ほらランド、怖い事をわざわざ思い出させたら、マアトが辛いだろ」
「む、確かに。ごめんなマアト」
「いや、別に」
アカは本当に六歳なのだろうか。対応が大人すぎる。
俺たちはそれから、病室の中で話に花を咲かせた。俺が寝てる間の出来事だったり、どうやって俺を助けたのかだったり、まあ取るに足らない話だ。楽しい時間は一瞬で過ぎ去り、気がついたら窓の外は夕日に染まっていた。
「さ、僕たちそろそろ帰るよ」
「じゃあな、マアト!」
「じゃねー!」
「ああ、また来いよ」
病室から、三人が出ていく。扉を閉められた後には、静かな空気と赤色の夕日しか残らなかった。
掛け布団を首元まで上げて、目を瞑る。あの三人との会話を思い出すと、今の状況が無性に悲しくなってきた。
楽しかった会話の一部が、切り抜かれたように思い出せない。きっと後遺症のせいだろう。
そのまま物思いにふけっていたら眠気が押し寄せてきたので、そのまま睡魔に身を任せる。後遺症で白い脳内は考え事をさせず、逆に寝つきやすかった。
そういえば、昨日今日でエアリアを見てないな。




