十話、カンナちゃんと悪夢より。
あれだけ期間が空いて、内容が薄い事については見逃して下さい。
次回の投稿は14日の予定です。予定です、はい。
※先日投稿した短編が、日刊20位くらいに入りました。読んでくださったみなさんに、感謝申し上げます。
興味があれば合わせてどうぞ
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思考能力が低下すると言われても、昨日はあまり実感がなかったが、昨日夜中に考え事をしていたら激しい頭痛に見舞われた。
もうこの上なく痛い。今は薬を飲んで落ち着いてるが、まだ心臓の鼓動と同じリズムでズキズキと痛む。おかげでベッドから動くことも出来ずに、ただ窓の外に広がる夏の景色を見ながらボーッとするしかない。
もう一つ言わせてもらうと、薬がマズすぎる。
今日何度目かのため息をついて、布団を被り直す。病室は例のエアコンモドキが稼働してるので、夏にも関わらず肌寒いくらいだ。
もう見飽きた天井のシミを眺めて、人の顔っぽいのあるなと暇を潰す。潰れないけど。
学校のみんなはきっと、夏休みを謳歌してるんだろうな、と思うとまたため息が出た。
そんな事をしていたら、ノックの音が聞こえた。今日は面談を断ってるはずだが……
「どうぞー」
引き戸を開けて入ってきたのは、カンナちゃんだった。ピンクのワンピースと無表情はいつも通りだが、背中にはパンパンに膨らんだバッグを背負っている。
俺が何かと問う前に、カンナちゃんはズカズカと歩み寄ってきて、ベッドの前に立って言った。
「私、今日からここに泊まる」
頭痛が酷くなった気がした。昨日やることがあるって言ってたのは、そういう事か……
まあ別に嫌ではないが、女の子と一緒に一つ屋根の下どころか同室で過ごすなんて、ちょっとアレかなと思う。まあ相手は幼女だが。
「あー、お父さんたち「良いって言ってた」は…………あ、そう」
あれ、カンナちゃんのお父さんってすごく厳しい人だったような……ああ、頭痛てぇ。
どうするかと考えると頭が痛むので、もう考える事を放棄することにする。どうにでもなれだ。
「じゃあ、その荷物端に置いて。とりあえず座りなよ」
「うん」
俺が泊まるのを許すのが当然、というような顔をして、カンナちゃんはバッグを下ろして荷物を整理し始める。ピンクのワンピースばっかり入っていたのは気のせいだろうか。
しかしカンナちゃんは、なかなかガサツなようだ。服は無造作に詰め込まれていたし、髪留めなんかの小物類は入れ物に入れずに散乱している。普段の行動で薄々感づいていたが、まさかここまでとは。
一通り荷物を取り出し、部屋の端にあるタンスにやはり乱雑に放り込むと、カンナちゃんはベッドの端に座った。
「マアト、元気?」
「んー、すごく頭が痛い」
「私が治してあげよっか?」
「………どうやって?」
なんか嫌な予感がする。カンナちゃんが赤くなる時は、だいたい何かある。
そう思って身構えると、やはりカンナちゃんは行動を起こした。靴を脱ぎ捨て、もぞもぞと布団の中に入ってきた。どうせ逃げれないので、開き直って受け入れる。
言っておくが、別に嫌なわけじゃない。ただ俺が緊張して、勝手に気まずくなって逃げたくなるだけ。
布団に入ったカンナちゃんに背を向けて、目を瞑る。頭痛が余計な妄想を防いで、都合が良かった。しかし背中に伝わる体温と吐息からは逃げられず、頬と耳が熱くなるのが自分でもわかった。
「こっち、向いて?」
耳元で、息を多く吐きながら呟かれた。こそばゆくて鳥肌がたつ。子供とは思えないその妖艶な囁きに、俺は逆らうことが出来ずにカンナちゃんの方を向いた。
目の前にカンナちゃんの顔があった。
心臓の鼓動が早くなり、頭痛が激しくなる。やっぱり恥ずかしくなって寝返りをうとうとしたら、普通にキスされた。唇に柔らかいものが押し付けられる。
たっぷり三秒続いたそれは、俺の頭痛を何倍にも膨れ上がらせ、ついに頭の何かが千切れて意識が飛んだ。
□□■□□■□□
目が覚めたらまだカンナちゃんは横にいた。俺の腕を枕にして、すやすや眠っている。
頭痛は元に戻っていた。気絶する前の痛みを想像すると、鳥肌が立った。頭痛で気絶したのは初めてだ。ていうかそもそも、ありえるのか? そんなこと。まあ現に気絶したけど。
窓から差し込む光はオレンジ色で、窓越しに虫の鳴き声が聞こえてくる。カンナちゃんがやって来たのは確か昼過ぎだったので、三時間くらい寝ていたことになる。その間カンナちゃんは、ずっと隣に寝ていたのだろうか。
隣で寝息を立てるカンナちゃんを見てみる。その顔はやっぱり子供で、なんでこんな小さな子にドキドキしてるんだろうと、自分に疑問を抱く。子供に慣れてしまったのだろうか。
そういえば前にも、カンナちゃんとキスしたな。あの時俺は、告白されたんだっけ。
あの時は何故か冷静でいられたな。今告白れたら、緊張で走って逃げかねない。
喉が乾いたのでカンナちゃんを起こさないように布団を出て、看護師さんが置いてくれてたらしきコップに入った水を飲み干す。ついでにゲロまずな薬も放り込んで、また瑞を飲む。汗をかいていたので、軽く身体を拭くか迷って、結局普通に着替えて布団に戻る。
そういえば、と思い、カンナちゃんの頭を撫でてみる。寝ているカンナちゃんは「ふゃぁ」といつもの無表情からは想像出来ない声を出して、クネクネと動く。俺はその様子を楽しんでから、額の髪を手で抑えて、今度は自分からキスをした。やっぱりカンナちゃんの唇は柔らかい。
そのまま布団に入って、目を瞑る。
俺からキスをしたのは、これが初めてだった。
□□■□□■□□
「…………ト……マア……マアト、マアト」
身体を揺すぶられて目を覚ました。何事かと思い目を擦って見てみると、カンナちゃんが俺にまたがっていた。
脱げかけているワンピースに、眠気が吹っ飛んだ。
「あ、あの、カンナちゃん。それはちょっと……カンナちゃん?」
俺は柔らかく行為をお断りしようとしたが、カンナちゃんの表情を見て勘違いと分かる。
とても心配そうな顔をしていた。
なにかマズイことしたのかなと思っていると、一つ心当たりがあった。
「俺、何かにうなされてた?」
「うん、すごく苦しそうだった」
カンナちゃんは震えた声で言った。
昨日、リリが言っていた事を思い出す。
──あくむに襲われてたんだって。たすけてー、たすけてー、って。
今さっき見たであろう夢の記憶は一切ないが、カンナちゃんがこんな心配そうにしているという事は、かなり酷い状況だったのだろう。
「カンナちゃんが助けてくれたんだな、ありがとう」
とりあえずカンナちゃんを心配させないために、笑って頭を撫でてやる。カンナちゃんは猫のように目を細めて、そのまま俺の上に寝転がった。少し苦しいが、温かい体温が心地よかった。
「マアト」
「ん、なに?」
「私、ちゃんとマアトのこと見てるから。マアト、ゆっくり寝て?」
「…………それは普通、男の子が言うことだよ」
カンナちゃんを隣に下ろして、また目を瞑る。こんな女の子に好かれてるなんて、俺は幸せものだな。
掌に柔らかい感触が伝わる。俺はその感触を確かめるように手を握って、眠りについた。
今夜はゆっくり眠れそうだ。




