#11 憑き物
「本当にあのCDを聴いていると、子供たちの寝入りが全然違うわね?」
「そうね。しかも、本当にぐっすり気持ち良さそうに寝てるもんね?」
「私の友達にもプレゼントしたいんだけど、どうしたらいいのかしら?」
星の国では、例のCDが話題になっていた。
癒しの音楽という、あやふやな触れ込みに、保育士さんたちも最初は半信半疑ではあったが、目の前でスヤスヤ安らかな表情で眠る子供たちを目の当たりにすると、ただの癒しの音楽から、何か特別な力を持つ音楽へと意味が変わり、伝達されていく。
まるでどんどん意味が変わっていく事に自分だけは気付けない伝言ゲームのように。
そんな状況に真琴は言い知れぬ不安を抱えていた。
ただ、唯一子供たちの安らかそうな顔に癒され、喉に引っ掛かっていた言葉を飲み込む。
「ただいま。」
重たい扉を明け、長い廊下を抜け、自分の部屋のベッドに横になる。
「コンコン」
部屋をノックする音を招き入れると、そこには姉の由紀乃がいた。
「うっ。真琴ちゃん?あなた、とても匂うわよ?」
由紀乃は苦虫をすりつぶしたような表情で鼻を摘まんでいる。
「え?嘘?そんなに??」
「えぇ。シャカもそう言ってるわ。」
由紀乃の足元では1匹の黒猫が、真琴の部屋に入ることを嫌がっている。
「え?シャカも嫌がるってことは。」
代々、イタコを輩出してきた九曽神家の血筋を色濃く継いでいたのは真琴ではなく、姉の由紀乃だった。
由紀乃は体が弱く生まれてから、ほとんど外に出ることが出来ず、友達と言えば1匹の黒猫。
それがシャカだった。
嘘みたいな話だったが、由紀乃はシャカと会話が出来る。
真琴も幼い頃は疑っていたが、それを裏付けるエピソードは数知れず、今や疑い様のない事実として、日常に溶け込んでいる。
「そうね。真琴ちゃん?何かもらってきてるわ。」
真琴から発する悪臭。
それは「目に見えないものが見える人」にだけ感じるもの。
つまり「憑かれている」状態だった。
「やっぱりそうか。そんな気はしてたんだよな…。」
「祓いましょうか?」
「いや、大丈夫!遠慮しとく!」
真琴は全力で拒否した。
由紀乃のお祓いは独特で、服を脱がされ、全裸の状態で、あんなことやこんなことを一日中…。
「そう?でも真琴ちゃんで何とか出来るの?」
「うーん。多分。」
「もし不安なら、ママに相談してみたら?」
「あー。ママか。考えとく。」
由紀乃はシャカを抱き、部屋を出ていった。
真琴がずっと感じていた不安。
あのCDから流れる音には ″何か″ある。
その ″何か″ が原因で「何か」があってからは手遅れだ。
「ママか。どうしようかな…。」
真琴は由紀乃に頼るのとはまた違った理由で、母に助けを求めるのに気が進まなかった。
――でも、このまま放置しちゃダメだ。
真琴の脳裏に浮かんだのは子供たちの笑顔。
――私が憑かれてるなら、子供たちだって…。
由紀乃が出ていった部屋で、真琴はスッと立ち上がり部屋を出て、長い廊下を歩き出した。