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お引越し

続きを望む声があったのでつい

首に触れる。そこには何と無くだが、何かがあるような感覚がする。


これで従者の血約は出来上がったらしい。でも、それを気に入らない者も当然いるわけで。


「俺は…俺は絶対に認めないぞ!そんな変な奴が一生リタに引っ付いてるなんて!血約なんて取り消しだ!」

「え…今更…で、ございますか?」


そう。リタ様のお兄様である、ダリウス様だ。



「当主様…」


ちらりと当主様を見ると、静かに一つ頷いた。やっちゃっていいらしい。


「父上に頼るのか!これは俺とお前の問題ーー……」


素早く後ろに回り込み、人差し指で意識が混濁するツボに魔力を流し込む。すると何の抵抗も無くダリウス様は意識を失った。


「済まんな、ゼロ君。躾が足りていなかったようだ」

「いくら大貴族の才気溢れる次期当主様とはいえ、まだ五歳です。技術も精神も、今は幼い……しかし、それが良い。弱い事が許されるのは子供だけですから」


俺のそんな言葉に、俺含め、リタ様以外の人が失笑した。

リタ様は何が何だか分かっていないようだ。


「全く…君が言うと普通の言葉がたちの悪い冗談にしか聞こえないよ」

「私もそれは分かっております」


指一本で同年代を昏倒させる五歳児とか普通に悪夢だって事は俺が一番よくわかっていると思う。


当主様は俺の足元に倒れているダリウス様を抱え上げて、そのまま外へ向かった。


「来なさい、ゼロ。今日から君はヒーロ家でリタのお付きとして働いてもらう。」

「分かりました。不束者ですが、精一杯務めさせて頂きます」


ふと視線を感じて後ろを見ると、母様とエミーが立っていた。2人とも、良い笑顔だった。


「荷物はもう纏めてあるわ。行ってらっしゃい、ゼロ」

「ありがとう、母様」


母のその言葉に、俺は微笑みで応えた。


「ゼロ様、辛くなったらいつでも帰って来て良いんですよ?うちは五千リブで一泊できますからね?」

「台無しだよ、エミー」


エミーのその言葉に、俺は裏拳で応えた。


母様の手から荷物を受け取る。そこから俺の自作した作業服…黒の執事服を取り出し、今まで来ていたおもてなし用の礼服から着替える。前世で培った早着替えスキルで、誰の目にも止まらずに着替えることができた、はずだ。


「え…いつの間に?」

「ほう…流石だな」

「ゼロよ、もう自重はせんのか?」


父様の質問に少し目を見開く。彼はどうやら俺が自分の実力を鯖読みしていた事に気付いていたようだ。


「………はい。これから私は一切の自重を致しません。全力で、リタ様の侍従を務めさせていただきます」

「あ、う、よ、よろしくお願いします!」

「ええ。こちらこそ、不束者ですが」

「君達、そろそろいいかね?」

「はい、父様!」


もう出発するようだったので、最後にもう一度家族に挨拶をして馬車に乗り込んだ。


「では二人とも、行ってきます!」

「行ってらっしゃい!」

「行ってらっしゃいませ!ゼロ様!」


ガタガタと動き出す馬車。それに揺られながらも、俺はいつまでも手を振っていてくれる彼女たちを、ずっと見つめていた。




ヒーロ家が近くなってきた頃、父様が俺に何かを渡してきた。


「ほら、ゼロ。これが我々ヒーロ家家臣団の紋章だ。つけておけ」

「はい、父様」


父様から手渡しをされたバッチは、銀色のヒーロ家家紋が彫られたものだった。手早く襟につけ、頃合い良く停止した馬車から一足先に飛び降りる。そして、入り口にいるリタ様へと手を向ける。


「リタ様、お手を」

「あ…あうぅ…」


ぽぽ、と紅潮した頬を片手で押さえつつもリタ様がお手を出してくださったので、それを柔らかく引く。抵抗なく地面に降り立ったリタ様の手を離し、三歩後ろに立つ。


「うむ、素晴らしい所作だ…やはり大物か」

「当主様、差し出がましい事を申しますが、私は大物などではありません。ただの一従者でございます…ところで、リタ様はどのような教育方針で育てておられるのですか?それによって私の対応も変わってきますが…」


俺のその質問に少し考え込んだ当主様は、しばらくして「好きにするがいい」と言った。


「まだリタには最低限の礼儀作法しか学ばせていない。君が教育もできるのなら、リタを育ててやってくれ。君のような人間が教えるならば、リタは大層素晴らしい教養を得るだろう」

「……なぜそこまで、私を信じるのですか?」


俺の当然ともいうべき質問に、当主様は笑って答えた。


「君の事など微塵も信じていないよ。私が信じているのはクロック家だ」

「…左様でございますか」


そんな会話をしている時にリタ様が何かに躓いてこけそうになったので、咄嗟に支える。


「あ、ありがとうございます…」

「ふむ、まずは体作りからですね。あとはまあ、読み書き…ですね。はい」

「え…?」

「お嬢様、明日から共に努力していきましょう」


俺の真剣な顔に何かを感じてくれたらしく、気合の入った顔でふんすと頷くリタ様に微笑みかけ、俺は当主様にリタ様の教育計画を伝えた。


「なるほど、体作りか。悪くないな」

「ええ。まずは明日この城下町を城壁沿いに80週……申し訳ありません。冗談です」

「当たり前だ…ゼオ!彼に従者用の居住区を教えてやってくれ!」

「承知しました、ご主人様」


こちらだ、と言って連れてこられた場所は、ヒーロ家の屋敷にある小さい掘っ建て小屋だった。


「いい家ですね」

「だろう?私が自分で建てた物だ。私は広い寝室はあまり好かないのでな…だがまあ、地下室はお前の好きにしていいぞ」

「ありがとうございます、お父様」


まぁ俺の父だ。地下室も体育館程度の広さがあるだろう。どう使うか今から想像が広がる。


「仕事中は対等だ。お父様は止めろ」

「では先輩なので…ゼオ様で」

「それでいい。では最初の仕事だ。まずはお嬢様の部屋を掃除して次に屋敷の外壁を磨き最後に今晩の夕食の調達をしてこい。私はその間にご主人様に意見通しを願っている民達の選定を行い屋敷中の窓を磨き今回我が家へ招待した分で出た費用の算出をしてからお前と共に料理を行う。時間が余れば草むしりでもしておけ。分かったな?」

「承知しました。では後ほど」


俺と父様は一瞬で風に消えた。



リタside



数年前、私に新しい執事さんが付きました。お兄様には付いていないけど、お父様に聞いたら『需要と供給が釣り合ってないんだ』と言っていました。意味はよくわかりませんでしたけど、お兄様には当分執事は付かないのだとわかりました。


私の執事はゼロ。ゼロ・オ・クロックという名前だそうです。とってもかっこよくて、お兄様みたいにすぐに怒鳴らないし、とっても優しい方です。毎朝用意してくれるお茶は美味しくて、ご飯もちょうどいい量を出してくれて、とっても素晴らしい方なのですが、毎日のお昼過ぎ…訓練の時間だけは、どうしても好きになれないんです。




というのも……




「ではお嬢様、まずは走り込みから始めましょう」

「ふえっ!?」


そう。あれはゼロが私の執事になってから1日後のこと。ゼロが私に男の方が履くようなズボンをこちらに渡しながらそう仰ったのです。私は当然抗議しましたが、全く何が何だかわからないうちに、気がつけば服を着せ変えられて裏庭にいました。


あっという間の出来事に私が混乱していると、私の前でゼロは自分のお尻に犬の尻尾を付けました。


「……ゼロ様?」

「さあお嬢様、私の尻尾を取ってみてください」


こちらに背を向けてお尻をフリフリと振るゼロ。お尻に付いている尻尾もフリフリと上下左右に振れます。ついつい先を目で追ってしまいます。


「えい」

「ふっ」


手を伸ばして尻尾をつかもうとした私でしたが、ゼロ様が一歩前へ進んだので空振りしました。もう一度手を伸ばして、それも空振り。それを繰り返すうちに、気がつけば私は今まで出したこともない速さで走り、ゼロの尻尾を追いかけていました。今思い出しても浅はかです。なぜあの時拒めなかったのか。


「ほらほら、こちらでございますよ〜っ、と」

「えいっ!てっ!」

「ほいほいっ、ほらっ、もう少しですよ!」

「てやぁ!」

「おっと!今のは危なかったですね!」

「えーいっ!」

「おっ!?………取られてしまいましたね。この私から尻尾を奪うとは、お嬢様は素晴らしい運動神経をお持ちです!」


30分ほど走り回って疲れきった私にゼロはそう言ってくれました。それで私はついつい喜んでしまいましたが、本当にしんどいのはそこからだったのです。


「あれ、立てない…」


私の足腰が、立たなくなったのです。


「おや、立てませんか?」

「はい、ごめんなさい…」

「何も謝る事などありませんよ。ではお嬢様、失礼します」

「えっ?きゃあっ!?」


私はぐいっとゼロに持ち上げられて、その、お姫様抱っこを、されてしまいました。


「ぜっ!?ゼロ様!?」

「まずは汗を流しましょう。湯の後は何か飲まれますか?果実水などいかがでしょう?」

「あ、お願いします…じゃなくてゼロ様!」

「この後は外出の予定はないので、湯の後はもう夜着に着替えてしまいますか?お嬢様もそちらの方がご負担が少ないでしょう」

「え、いいの?じゃなくて!まさかゼロ様、私をお風呂に…」

「湯の後は何を致しましょうか?ああ、魔法を使いましょうか。お嬢様の適性は何でしょうか?もしかすると全属性かもしれませんよ?」

「ゼロ様ああああ!」


その日の夜、私は決めました。


いつか私が逆に動けなくなったゼロのお世話をすると。






「お嬢様、気が散っていますよ」

「ふにゃっ!」


そんな事を思い出していたら、頬を痛くない程度に摘まれてしまいました。これで今日は6回目です。


「てぇい!」

「今のは惜しかったですよ!」

「ゼロの嘘つき!私、初めての時からずっとそう言われています!」

「お嬢様と共に私も成長しているのですよ」

「嘘つきは極刑ですわよ!【火弾】!」

「嘘つきとは心外ですね。【水弾】」


ジュオォッ!、と、私の放った火とゼロの放った水がぶつかり合って凄まじい量の霧を生み出しました。私はその影に紛れて、ゼロの後ろを取ります。しかしその程度の事はゼロもお見通し。私の影を正面にして目を離しません。深い霧の中でも私を見失わない、それはとんでもなく凄い事だと、今なら分かります。


でも、その凄さが命取りです。


「覚悟!【土竜術】!」


私はあらかじめ【作成】魔法で私そっくりの土人形を作っておいて、私自身は【土竜術】で地面に潜り込んでいたのです。


「頂き、です!」


全てはそう。彼の腰にある尻尾。それを取れば、私はーーー


「詰めが甘いですね、お嬢様」

「え?」

「私が防御や罠に魔法を使わないとでも、思っていましたか?ーーー【解除】」


瞬間、ゼロの身体が水となり、私に降りかかります。一瞬で周囲に気を配り、後ろにその気配がある事に気が付き、私は火魔法でそちらに向かって飛びます。そして、


「今度こそっ!!」

「…………素晴らしい……!」


私はゼロの尻尾を奪いました。しかしあまりにも無理やり移動した身体は制御できず、地面に激突しそうになります。でも、ゼロが引き止めてくれました。今私はゼロの脇に担がれている状態です。


「ついに、ついに取りましたよ!あの約束から一ヶ月丁度!これでノルマ達成ですよね!」

「お嬢様、そう大きい声を出さないでください。大きい声を出しても出さなくても、お嬢様がノルマを達成した事に変わりはありませんよ……ええ。私からも、当主様に学園入学の件を口添えしておきましょう」

「やったぁ!」

「まぁ、それも全てお風呂を終えてからですね」

「えっ」


リタ・ヒーロ9歳。


運動後は未だに動けません。

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