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巡る季節のプロローグ。あるいは、未来の僕らに向けた最後の敗北宣言について

2040年代。世界は僕たちがかつてタイムカプセルに託した夢をとうに追い越し、空飛ぶ車こそ走っていないが、かつての「青春」なんて言葉はとっくに骨董品扱いされるような時代だ。

僕、西野和彦は、白髪が混じり始めた髪をかき上げながら、かつて僕たちが通った、今はすっかり建て替えられてしまった母校の校門前に立っていた。

人生の秋。いや、もう初冬に差し掛かっているのかもしれない。だが、僕の周囲の「熱量」だけは、異常気象も顔負けの温度を保ったままだった。


「……ねえ、和彦くん。見て。あの子たちの後ろ姿、なんだかあの頃の私たちにそっくりじゃない?」


隣で羽賀杏菜が、僕の腕をぎゅっと抱きしめながら、校舎へと向かう若者たちを指差した。

彼女の目尻には優しげな皺が刻まれているが、僕を見上げるその瞳の輝きは、17歳のあの夏と、驚くほど何も変わっていない。

僕たちは、かつての約束をすべて果たし、そして今、また新しい約束を積み重ねながら生きている。


「……杏菜。思い出に浸るのは勝手だが、そろそろ同窓会の開始時間だ。……僕が遅刻して、一ノ瀬の説教を食らうリスクを少しは考えてくれ」

「ふふ、大丈夫だよ。和彦くんが困ってたら、私がまたあの時みたいに助けてあげるから」


杏菜が僕の頬に手を添える。

その温もり。それは、数十年という歳月を経て、僕の血肉の一部となった、最も愛おしい呪縛だった。


「西野。時間厳守は社会人としての基礎であり、私の人生における絶対原則よ。……杏菜、あなたのその『和彦くん甘やかし体質』が、彼の認知能力の低下を招いている可能性を否定できないわ。私の作成した『シルバーライフにおける健康維持及び資産継承プロトコル』に従い、直ちに生活習慣を是正しなさい」


校舎の陰から、今や法曹界の重鎮として、あるいは政界の黒幕として噂される一ノ瀬佳樹が現れた。

彼女は高級そうなスーツに身を包み、琥珀色の瞳を鋭く光らせている。

佳樹にとって、この同窓会は僕との「永続的な共同体」を次世代にまで法的・精神的に継承させるための、最終的な調印式に過ぎないのだ。


「一ノ瀬……お前、自分の党の総会はどうしたんだよ」

「あなたの隣にいること以上に、国益に叶う優先事項など存在しないわ。……西野、そのネクタイの結び目の角度。10代の頃から私が調整してきた黄金比が、0.2ミリずれている。私の手で完全に再構築してあげるから、動かないで」


佳樹の独占欲は、今や「国家レベルの管理責任」という名の正義を掲げ、僕の人生の黄昏時さえも完璧に包囲していた。


「おーい! 和彦! 杏菜! 遅いぞ! 私が一番乗りで学食の限定メニュー(復刻版)を予約しておいたからな!」


グラウンドの向こうから、今や日本スポーツ界のレジェンドとして名を馳せる和久井檸檬が、現役時代と変わらない声量で駆けてきた。

彼女は後進の育成に励む傍ら、週に一度はこうして僕たちの日常に強引に割り込み、停滞しがちな僕の心肺機能を強制的に活性化させていく。

檸檬は僕の肩をガシッと掴むと、少しだけ潤んだ瞳で僕たちを見つめた。


「和彦、お前、おじいちゃんになっても私を置いていくなよ。……私がどこにいても、お前の背中が見える距離にいろ。……いいな?」


檸檬の明るい声。けれど、彼女が僕の腕を掴む指先に、一生をかけても解けないほどの「誓い」が宿っているのを、僕は知っている。

彼女は、僕という錨があるからこそ、今でも全力で世界という海を泳ぎ続けられるのだ。


「……和彦、さん。……これ、未来の……先にある、永劫を……呪……彩る、物語……です。……嘘です、ただの、私の……遺言……じゃなくて、最新刊……です。……この中に、私たちの、思春期から……死後まで……すべてを、封印……しておきました」


影の中から、ノーベル文学賞候補とも囁かれる柏木小鞠が現れて、重厚な本を差し出してきた。

彼女は言葉の力で世界を再構築し続けているが、その瞳の奥に宿る執念は、出会ったあの頃よりも深く、宇宙の深淵のような闇を湛えている。

小鞠の瞳。それは、僕がどれだけ時を重ね、この世を去ろうとも、その魂を自らの物語の中に永遠に幽閉しようとする、静謐な愛の重力だった。


やれやれ。

結局、僕たちはいつもの五人で、夕暮れの校舎を見下ろすあの屋上(今は記念館の一部になっている)に集まっていた。

杏菜が僕のコーヒーを奪い、佳樹が僕の遺言状を検閲し、檸檬が昔話を笑い飛ばし、小鞠が僕の影を静かに踏んでいる。


「……ねえ、和彦くん。私たち、ずっとこうして一緒にいられるね」


窓の外には、新しい時代を担う若者たちが、かつての僕たちと同じように悩み、笑い、恋をしながら歩いている。

僕たちは、もう多くを望まない。

けれど、この騒がしい幼馴染たちと、隣で微笑む彼女の手を握っている限り、どんな「終わり」だって、新しい「始まり」に変えていける気がした。


「……どうせ、死ぬまで恋でもなんでもしてしまうんだろうな、僕は」


本日、春の夕闇が母校を優しく包み込む中で零れた、人生最終にして最大の敗北宣言。

僕は、四人の少女たちの重すぎる情念と、隣で微笑む彼女の温度を噛み締めながら、ただ深く、深く、最高の幸福を込めた溜息をついた。


物語は巡る。

それは、青春という名の美しい地獄を、僕たち五人で永遠に彷徨い続けるための、愛すべき「負け」の記録だった。

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