表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/69

未来の先にある現在地。あるいは、巡る季節と僕らの終わらない敗北宣言について

2030年代も半ばを過ぎ、世界がいよいよ僕たちの空想を追い越し始めた頃。

僕、西野和彦は、毎朝同じ時間に目覚ましを止め、同じ道を通って職場へ向かい、同じ顔ぶれに溜息をつく――そんな、驚くほど安定した日常を生きていた。


それを「幸せ」と呼ぶべきなのかどうか、正直なところ、今でも分からない。

ただ一つ確かなのは、あの頃必死に守ろうとしていた「変わらない関係」は、いつの間にか形を変えながら、もっと逃げ場のないものへと進化していた、という事実だけだ。


「……ねえ、和彦くん」


背後から声がして、僕は手を止める。

ベランダのプランターに植えた小さな桜の枝。その蕾を指差しながら、羽賀杏菜が微笑んでいた。


「今年も綺麗に咲きそうだね。……あの頃、みんなで見た桜と、同じ色」


「……ああ。そうだな」


短く答えながら、僕は無意識に逃げ道を探す癖が、もうほとんど意味を持たなくなっていることを自覚する。

付き合い始めてから、そして同じ生活を送るようになってから、一体何度この季節を一緒に越えてきただろう。


「でもさ、花びらの掃除をする側の身にもなってほしいんだけどな。風流と清掃コストは、常にトレードオフの関係にある」


「もう。……せっかくいい雰囲気だったのに」


杏菜はそう言いながらも、僕の肩に自然に頭を預けてくる。

その距離感に、今さら戸惑う理由はなかった。


人生の後半戦。

僕たちは、かつて屋上で語り合った「未来」の、そのさらに先――誰も正解を用意していなかった現在地を歩いている。


そして、その道行きにおいてもなお、僕の周囲には、相変わらず強烈な存在感を主張する面々が揃っていた。


「わはは! 佳樹、湿っぽいのはそこまでだ!」


空港のロビー。

和久井檸檬の豪快な声が、少し張り詰めた空気を破る。


「お前がいない間、和彦の隣は私が死守しといてやるよ! 選考会に勝ったら、この街に私の銅像でも建てさせてやるからな!」


「……それ、税金の使い道としては却下だな」


そう返しながらも、僕は視線を逸らせなかった。


「……一ノ瀬、さん。……佳樹さんが、いない……物語、は……筆が進み……ません」


柏木小鞠が、眼鏡を拭きながら小さく呟く。

その声には、冗談とも本気ともつかない重さがあった。


やれやれ。

僕たちは大人になった。

それぞれの道があり、それぞれの戦場がある。


けれど――

この四人と僕の関係だけは、時間というものを踏み越えて、いつの間にか「選択肢」ではなくなっていた。


「……一ノ瀬。行ってこい」


自分でも驚くほど、自然に言葉が出た。


「……僕たちの『負け戦』は、お前が帰ってくるまで、そのままにしておく」


佳樹は一瞬だけ目を見開き、それから、これまでで一番美しい、満開の笑顔を見せた。


「……当然よ。……判決を待っていなさい、西野和彦」


彼女は振り返らず、搭乗ゲートの向こうへと消えていく。

残された僕たちの頭上には、不必要なまでに高い、夏の青空。


未来は、まだ続く。

そして僕は、相変わらず逃げきれない中心点として、四人の視線と体温を引き受けたまま、その先へ歩いていくのだろう。


どうせ――

この敗北宣言だけは、何度でも更新されるのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ