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タイムカプセルのパラドックス。あるいは、10年後の僕らに突きつける敗北宣言について

7月。期末試験という名の「学生の良心を削る儀式」が終わり、キャンパスが夏休みという名の解放感に浮かれ始める季節。 僕、西野和彦は、かつて僕たちが幼い頃に埋めたタイムカプセルを掘り出すために、地元の公園にある「あの木」の下に立っていた。 10年。数字にすれば短いけれど、僕たちが子供から、この中途半端に冷めた大学生になるには十分すぎる時間だった。


「……ねえ、和彦くん。10年前の私たち、何て書いたのかな。……なんだか、今の自分を見透かされるみたいで、ちょっと怖いよ」


隣で羽賀杏菜が、スコップを持つ僕の腕に自分の手を重ねながら呟いた。 彼女の瞳には、かつての放課後と変わらない、けれど少しだけ未来を見つめる強さを宿した、あの独特の光が宿っている。


「……杏菜。10年前の自分なんて、今の僕らから見ればただの他人だ。……羞恥心で死にたくなければ、中身を見ずに埋め戻すのが賢明だぞ」


「もう、和彦くんは! 私は楽しみだよ。……だって、隣に和彦くんがいるのは、あの頃の私の予想通りだもん」


杏菜が僕の二の腕をぎゅっと抱きしめる。 付き合っているという事実は、10年という歳月を経てようやく「正解」へと辿り着いたのかもしれない。だが、その正解を待ち構えていたのは、過去の自分たち以上に強欲な三人の観測者だった。


「西野。過去の記録を客観的に評価することは、自己形成における重要なプロセスよ。……杏菜、あなたの10年前の文章が、現時点でのあなたの思考能力とどれほど乖離しているか、私の厳格な基準で査定してあげるわ」


一ノ瀬佳樹が、すでに掘り出されたカプセルを「証拠品」のように見つめて現れた。彼女は法学部の特待生として、過去の約束さえも法的拘束力のある契約へと昇華させようとしている。


「おーい! 遅いぞ、お前ら! 私が一番乗りで掘り当てるつもりだったのに!」


和久井檸檬が、他大学の部活で一段と逞しくなった姿で、柵を飛び越えて現れた。彼女は、このカプセルに封じ込められた「変わらない時間」を掴むことで、必死に自分を繋ぎ止めていた。


「……和彦、さん。……これ、10年後の……あなたへの、手紙……です。……今、ここで、開封……してください。……中には、私の、怨念……じゃなくて、思春期の、残り香……入れて、おきました」


影の中から、柏木小鞠が現れて不気味な便箋を差し出してきた。彼女の瞳は、僕がどれだけ時を重ねても、その影をより深く、より濃くしていく、静かな愛の重力そのものだった。


やれやれ。 結局、僕たちはいつもの五人で、公園のベンチに座って中身を広げた。 泥だらけのプラスチック容器の中から出てきたのは、拙い文字で書かれた手紙と、今ではガラクタ同然のおもちゃたち。


杏菜の手紙には、シンプルに一言。 「和彦くんのお嫁さんになれますように」


それを読み上げた瞬間、佳樹が「事実誤認」と叫び、檸檬が「早すぎるだろ!」と笑い、小鞠が僕の裾を強く握った。


だが、僕が手に取った自分への手紙。そこに書かれていた一文を見た瞬間、僕の背筋に冷たい震えが走った。


『やれやれ。どうせ10年後の僕も、彼女たちの隣を終着駅にしているんだろうな』


それは予言ではなく、呪いだった。 10歳の僕は、すでに悟っていたのだ。自分がどれだけ理屈を捏ねて逃げ回ろうとしても、最後にはこの騒がしくも愛おしい「檻」の中に戻ってくることを。 この一文は、未来の僕が海辺のベンチで吐き出すことになる「満足げな溜息」と、驚くほど正確に共鳴していた。


「……ねえ、和彦くん。自分の手紙、なんて書いてあったの?」


杏菜が覗き込んでくる。僕はそれを慌ててポケットにねじ込んだ。


「……別に。『さっさと勉強しろ』って書いてあっただけだ」


「嘘だあ。絶対、何かいいこと書いてあった顔してるもん」


夕暮れ。公園を彩る蜩の鳴き声が、僕たちの笑い声を優しく包み込む。 僕たちが10年前に埋めたのは、夢ではなく「確定した運命」だった。


「……どうせ、恋でもなんでもしてしまうんだろうな、僕は」


本日、10年前の自分と、隣で微笑む彼女の温度に挟まれて零れた、最大級の敗北宣言。 僕は、四人の少女たちの重すぎる情念と、過去から届いたまっすぐな諦念を噛み締めながら、夏の空を見上げた。


物語は続く。 それは、10年前の僕たちがすでに受け入れていた、愛すべき敗北の記録だった。


僕は、自分を縛り付ける四つの視線と体温を、夕闇の中に溶け込ませながら、ただ深く、深く、諦めの溜息をついた。

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