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未来予想図のデッドヒート。あるいは、二十歳を前に僕が飲み込んだ永遠について

12月。カレンダーの枚数が最後の一枚になり、キャンパスがクリスマスという名の「非実在的幸福感」に毒され始める季節。

僕、西野和彦は、冷え切ったテラス席で、もはや「合格」という明確なゴールを失った僕たちの、出口のない将来について考えていた。

大学生。それは自由という名の無期懲役のようなものだ。自分で選んだはずの道が、いつの間にか霧に包まれて見えなくなる。そんな漠然とした不安を、僕はホットコーヒーの熱で誤魔化していた。


「……ねえ、和彦くん。私たち、いつか大人になったら、今のこの時間を笑って話せるのかな。……私、なんだか最近、今の幸せが壊れちゃいそうで怖いんだ」


隣の席で、羽賀杏菜がマフラーに顔を埋めながら呟いた。

彼女の瞳には、かつての冬休みのような、けれどそれよりも少しだけ深い焦燥が宿っている。

19歳の冬。僕たちはもう「受験が終われば」という魔法の言葉を使えない。これからは、自分たちの力で「続き」を作っていかなければならないのだ。


「……杏菜。壊れることを前提に今を過ごすのは、効率が悪すぎるだろ。……僕がここにいる。それだけで、今のところの証明としては十分じゃないのか?」

「もう、和彦くんはいつも理屈ばっかり! ……でも、その理屈に、私、いつも救われてるんだよ」


杏菜が僕のコートのポケットに、自分の手を滑り込ませてきた。

氷のように冷たい指先。だが、その温度こそが、僕にとっての唯一の現実だった。


「西野。感情の定数化に失敗しているようね。……杏菜、あなたのその不安は、将来に対する具体的なライフプランの欠如から来るものよ。私の作成した『二十代における資産形成と共同生活に関する予備的合意書』に目を通しなさい」


一ノ瀬佳樹が、分厚いバインダーを机に叩きつけるように置いた。

彼女は法学部のエリートとして、すでに僕との「法的安定性」を確保するための契約書(という名の呪文)を量産している。

佳樹にとって、僕たちの関係はもはや「恋愛」という不確定な事象ではなく、厳格に管理されるべき「制度」だった。


「一ノ瀬、お前……冬休みのインターンはどうしたんだよ」

「あなたの隣以上に、私の能力を最大限に発揮できる職場は存在しないわ。……西野、そのマフラーの巻き方。左右のバランスが0.5センチずれているわ。私の手で完全に矯正してあげるから、じっとしていなさい」


佳樹の独占欲は、今や「完璧なパートナーシップの構築」という名のドグマとなり、僕を逃げ場のない聖域へと追い詰めていた。


「おーい、和彦! 杏菜! 今年最後のプロテイン……じゃなくて、クリスマスケーキの予約、私が済ませておいたぞ! 全員強制参加な!」


和久井檸檬が、寒空の下を半袖……に近い軽装で駆け寄ってきた。

彼女は他大学のスポーツ推薦枠で、毎日極限まで自分を追い込んでいるはずだが、僕たちの前に現れる時だけは、あの頃と同じ「幼馴染」の仮面を完璧に被ってみせる。

檸檬は僕の背中をバシッと叩くと、少しだけ寂しげな瞳でキャンパスを見渡した。


「和彦、お前、大人になっても私を置いていくなよ。……私が迷子になったら、ちゃんと見つけに来い。……分かったな?」


檸檬の明るい声。けれど、彼女が僕の腕を掴む指先に、悲鳴に近い力がこもっているのを僕は知っている。

変わっていく環境。別の世界へ踏み出していく仲間。彼女はそれを、僕という不変の存在を掴むことで、必死に食い止めていた。


「……和彦、さん。……これ、聖夜を……呪……彩る、藁細工……です。……嘘です、ただの、手編みの……ミトン……です。……中に、私の、指……じゃなくて、想い……編み込んで、おきました。……はめた瞬間、私の、存在が……あなたを、侵食します」


植え込みの影から、柏木小鞠が現れて不気味なほど温かい編み物を差し出してきた。

彼女は女子大での生活を「精神的な修行」と定義し、こうして僕の周辺に「顕現」することで、僕の無意識領域に自分の居場所を刻み続けている。

小鞠の瞳。それは、僕が新しい自由を掴もうとするたびに、その影をより深く、より濃くしていく、静かな愛の重力だった。


やれやれ。

結局、僕たちはいつもの五人で、夕暮れのテラスに集まっていた。

杏菜が僕のコーヒーを奪い、佳樹が僕の将来を査定し、檸檬が昔話を笑い飛ばし、小鞠が僕の影を踏んでいる。


「……ねえ、和彦くん。私、決めたよ。……私、和彦くんの隣で、ずっと、ずっと笑っていられるような人になる」


窓の外には、新しい年を予感させる、冷たくて清らかな星空が広がっていた。

僕たちは、もう子供じゃない。

けれど、この騒がしい幼馴染たちと、隣で震える彼女の手を握っている限り、どんな不確かな未来だって「正解」に変えていける気がした。


「……どうせ、恋でもなんでもしてしまうんだろうな、僕は」


本日、クリスマスのイルミネーションと喧騒の中で零れた、最大級の敗北宣言。

僕は、四人の少女たちの重すぎる情念と、隣で微笑む彼女の温度を噛み締めながら、新しい一歩を踏み出した。


物語は続く。

それは、終わりのない青春という名の、僕たちの愛すべき円舞曲ロンドだった。


僕は、自分を縛り付ける四つの視線と体温を、冬の夜風の中に溶け込ませながら、ただ深く、深く、諦めの溜息をついた。

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