クラス替えという名の神判。あるいは、運命の神様を懐柔できなかった僕の不徳について
4月。桜の木がピンク色の死体……もとい、花びらを無慈悲に校庭へと撒き散らす季節がやってきた。
進級。それは高校生にとって、人間関係の再構築を余儀なくされる一大イベントだ。
僕、西野和彦は、昇降口の壁に貼り出された「3学年クラス編成表」の前に立っていた。
「和彦くん、早く! 早く見て! あ、あった……! あったよ!」
隣で羽賀杏菜が、僕の鼓膜を破らんばかりの勢いで叫んだ。
彼女は自分の名前と僕の名前が、同じ「3年B組」の欄に並んでいるのを見つけ、人目も憚らず僕の腕にしがみついてきた。
付き合っている彼女と同じクラス。ラノベの主人公ならここでガッツポーズの一つも決めるところだが、僕の視線はその数行下で凍りついた。
「あら、西野。……偶然ね。私も同じB組だわ。これで、あなたの学習進捗を24時間体制……は無理にしても、登校中はずっと監視できるということね」
一ノ瀬佳樹だ。彼女は手帳を開き、すでにB組の座席表を脳内でシミュレートしているような、恐ろしく冷徹な笑みを浮かべていた。
佳樹の琥珀色の瞳は、僕と杏菜の繋いだ手を、まるで校則違反の証拠物件でも見るかのように射抜いている。
「よっしゃあ! 和彦、私もB組だぞ! 奇跡ってあるんだな!」
背後から強烈な衝撃が走り、僕は前方にのめり出した。和久井檸檬だ。
彼女は推薦ですでに進路が決まっている余裕からか、朝からテンションが限界突破している。
彼女は僕の首に腕を回すと、そのまま豪快に笑い飛ばした。
「これで体育祭も文化祭も、あんたと一緒のチームだな! 楽しみすぎて、昨日プロテイン二倍飲んじゃったよ!」
「……和久井。喜びの単位を筋肉に換算するのをやめてくれ。あと、一ノ瀬の眼鏡が不吉な光を放ってるんだが」
やれやれ。B組。
それは僕、杏菜、佳樹、そして檸檬。4人の幼馴染のうち3人が集結するという、戦略的に見れば「極東の火薬庫」のような教室だった。
だが、神様の悪戯(あるいは呪い)は、それだけでは終わらなかった。
「……和彦、さん。……私も、隣……隣のA組、です。……壁一枚、隔てている……だけですから。……いつでも、見て、います」
闇の中から柏木小鞠が、僕のシャツの裾を静かに掴んで現れた。
彼女は一人だけ別のクラスになったことを悲しむどころか、むしろ「隣から覗き見る」というシチュエーションに、新たな興奮を見出しているようだった。
彼女の瞳に宿る湿った執念に、僕は春の陽気の中でも、確かな寒気を覚えた。
新しい教室。
窓際の席に座った僕の周りには、当然のように杏菜と佳樹と檸檬が陣取っている。
教科書を配る作業さえ、彼女たちの間では「誰が和彦の分を一番に持ってくるか」という、あまりに低レベルで、かつ切実な闘争へと変貌していた。
「ねえ、和彦くん。3年生になっても、ずっと隣にいようね」
杏菜が、机の下で僕の指先をそっと絡めてきた。
新しい制服の匂い。窓から差し込む、少しだけ強くなった日差し。
18歳になる僕たちの、最後の一年。
それは、これまで以上に逃げ場のない、けれどこれ以上なく騒がしい日々になることを、僕は確信せざるを得なかった。
「……どうせ、恋でもなんでもしてしまうんだろうな、僕は」
本日、新しい出席番号を呼ばれる直前に零れた、最大級の敗北宣言。
僕は、4人の少女たちの体温と視線に包まれながら、3年生という名の迷宮へと、深く足を踏み入れた。
春の嵐。
僕の平穏は、この桜吹雪とともに、どこか遠くへ吹き飛ばされてしまったらしい。
僕は、机の上に置かれた真っさらな教科書を見つめながら、ただ深く、深く、諦めの溜息をついた。




