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深夜0時の境界線。あるいは、僕の平穏を奪う幼馴染の笑顔について

結局、誕生日の喧騒からは逃げられなかった。

4人の幼馴染に囲まれ、無理やり祝わされるという、はたから見れば贅沢すぎる刑罰。

胃もたれしそうなほどの祝福を浴びせられ、ようやく自宅の自室に逃げ帰ったのは、日付が変わる直前のことだった。


「……ふう。やっと一人になれた」


ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。

17歳。

一ノ瀬佳樹に図書室で詰め寄られたあの感覚が、まだ肌に残っている。

あんなの、ただの幼馴染がする距離感じゃない。

勘違いするな、と自分に言い聞かせても、心臓の鼓動がそれを許してくれない。


その時、スマホが短く震えた。

羽賀杏菜からだ。

『寝てる? ちょっとだけ、ベランダ出てきて』


やれやれ。

深夜の呼び出しなんて、ラノベならイベント発生の合図だけど、僕たちの場合はただの日常の延長だ。

僕の部屋のベランダと、隣にある彼女の家のベランダは、手を伸ばせば届く距離にある。


カーテンを開けて外に出ると、そこにはパジャマ姿の羽賀杏菜がいた。

夜風に揺れるショートボブ。

月明かりに照らされた彼女の肌は、昼間の太陽の下で見るよりも、ずっと白くて柔らかそうに見えた。


「お疲れ、和彦くん。みんなに揉みくちゃにされて大変だったね」


「……誰のせいだと思ってるんだよ。おかげで寿命が3年くらい縮んだよ」


「あはは、大げさだなあ。はい、これ。改めて、私からのプレゼント」


彼女が差し出してきたのは、小さな紙袋だった。

中を確認すると、僕が欲しがっていた新作のミステリー小説。

佳樹のブックカバーといい、彼女たちはどうしてこうも僕の好みを正確に把握しているんだろう。


「……ありがとう。大切にするよ」


「うん。あとさ、もう一つ。大切なこと言い忘れてたから」


杏菜はベランダの手すりに身を乗り出した。

僕との距離が、物理的に縮まる。

夜の静寂が、彼女の吐息までこちらに運んでくる。


「和彦くん。さっきの『賭け』の話だけどさ」


「ああ、またそれか」


「佳樹も、檸檬も、小鞠も。みんな和彦くんのことが大好きだよ。それは私も知ってる。でもね」


彼女がふっと笑った。

それは、昼間の天真爛漫な彼女とは違う、どこか危うくて、それでいて確信に満ちた表情。


「私が一番、和彦くんのことを見てるから。生まれた時からずっと、誰よりも近くで」


「杏菜……?」


「だから、絶対に負けないよ。和彦くんを、誰にも渡さない」


時計の針が、0時を指した。

17歳の誕生日が終わる瞬間、彼女は僕のシャツの袖を、昨日よりも強く、逃がさないという意思を込めて握りしめた。


「……誕生日おめでとう、和彦くん。これからも、ずっと一緒だよ」


そう言って笑う彼女の瞳は、星空よりも眩しく、そして逃げ場のない熱を帯びていた。

僕は何も言えずに、ただ彼女を見つめ返すことしかできなかった。


やれやれ、これだ。

この逃げ場のない包囲網。

誰かが一歩踏み出せば、この五角形の平穏は音を立てて崩れてしまう。

そして、その崩壊を一番望んでいるのは、目の前で微笑むこの少女なのかもしれない。


僕はただの背景役でいたかった。

物語の主役なんて、面倒なだけの役職だ。

それなのに。


「……どうせ、恋でもなんでもしてしまうんだろうな、僕は」


深夜の静寂に溶けていった僕の独白。

それを聞いたのか、あるいは単なる偶然か。

杏菜はさらに強く僕の袖を引き寄せ、僕の耳元で小さく、けれどはっきりと囁いた。


「どうせじゃなくて、もうしてるでしょ?」


その言葉は、僕の最後の防衛線を、いとも簡単に粉砕していった。

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