聖夜の独占禁止法。あるいは、二人きりになれない僕らの恋人ごっこについて
12月24日。人類が長い歴史の中で作り上げた、最も「非モテ」に優しくないイベント、クリスマスイブがやってきた。
街はカップルたちの吐息で白く濁り、レストランの予約表は数ヶ月前から埋まり、僕はといえば、人生初の「彼女と過ごす聖夜」という事態に、脳内の処理能力を完全に使い果たしていた。
「……よし。身なりは清潔、プレゼントは隠蔽、心拍数は……まあ、手遅れか」
僕は駅前の巨大なクリスマスツリーの下で、羽賀杏菜を待っていた。
いつもなら「おーい、和彦くん!」と騒がしく現れる彼女だが、今日の彼女は、少しだけ大人びたコートに、僕が選んだ(選ばされた)マフラーを巻いて、恥ずかしそうに歩み寄ってきた。
「……待った、和彦くん? 今日の私、変じゃないかな」
「……いや、変じゃないよ。というか、気合が入りすぎてて直視するのが辛い」
僕が最大限の照れ隠しを込めて毒づくと、杏菜は嬉しそうに僕の腕を抱きしめた。
付き合っているのだから、今日は誰にも文句を言われる筋合いはない。
二人きりで、イルミネーションを見て、少し背伸びしたディナーを食べて……。
そんな「ラノベ的黄金ルート」を歩もうとした僕の耳に、聞き覚えのある「通信」が入った。
「西野。そちらの座標は確認済みよ。……杏菜のコートのボタンが一つ緩んでいるわ。品位を損なわないよう注意しなさい」
一ノ瀬佳樹の声だ。
ふり返ると、少し離れたカフェの窓際で、彼女がノートPCを広げながらこちらを監視していた。
彼女の独占欲は、ついに「リモート監視」という新境地に達していた。
「なーんだ、和彦も杏菜も、意外と普通だな! つまんねーの!」
さらに、反対側の広場からは、サンタ帽を被った和久井檸檬が、部活の連中とチキンを頬張りながら手を振っている。
彼女の「偶然を装った出没」は、もはや宮島での件以来、お家芸と化している。
「……和彦、さん。……これ……ブッシュ・ド・ノエル、です。……5人で、食べるために……焼きました。……私の、執念、入りです」
足元から、柏木小鞠がケーキの箱を抱えて現れた。
執念入り。その物騒な単語に、僕は本気で命の危険を感じた。
結局、僕と杏菜の「特別な夜」は、一ノ瀬の遠隔監視、和久井の物理的接近、そして柏木の精神的包囲によって、瞬く間に「いつもの5人の集まり」へと塗り替えられていった。
「……やれやれ。僕の計画したロマンチックな夜を返してくれないか」
公園のベンチ。
結局、5人で小鞠のケーキをつつきながら、僕は深い、深い溜息をついた。
だが、僕の隣でケーキを食べている杏菜は、どこか満足げに笑っていた。
「……いいじゃん、和彦くん。これが、私たちでしょ?」
杏菜が、僕のコートのポケットの中で、そっと僕の手を握りしめた。
他の3人が、ケーキのイチゴを巡って争っている一瞬の隙。
「二人きりもいいけど……やっぱり、この5人が一番落ち着くんだもん。……でも、来年は絶対に二人きりだからね」
彼女の瞳には、かつての無邪気な幼馴染の影と、僕を離さないという確固たる恋人の意志が混ざり合っていた。
17歳の聖夜。
完璧なデートにはならなかったけれど、この騒がしくて、重くて、逃げ場のない熱気こそが、僕たちの「現在地」なのだと、僕は認めざるを得なかった。
「……どうせ、恋でもなんでもしてしまうんだろうな、僕は」
夜空に響く、本日最後にして最大級の敗北宣言。
僕は、自分を囲む4人の少女たちの体温を感じながら、冷たい夜風さえもどこか心地よく感じていた。
17歳の冬。
僕たちの物語は、この騒がしい絆とともに、まだ始まったばかりだった。




