冬の星座と、賞味期限切れの初恋についての考察
12月も半ばを過ぎると、空気は本格的に僕の自尊心を削りにやってくる。
吐き出す息の白さは、そのまま僕の将来への不透明さを表しているかのようだった。
そんな中、僕、西野和彦を襲ったのは、寒波よりもタチの悪い「過去」からの来客だった。
「……和彦くん? やっぱり、和彦くんだよね。久しぶり」
街角のクリスマスツリーの前で僕を呼び止めたのは、かつて僕が中学時代に淡い恋心を抱いていた、教育実習生だった。
ラノベの定番ならここで物語が大きく動くところだが、今の僕には、彼女と感傷に浸る余裕など微塵もない。
なぜなら、僕の左右と背後には、最新鋭のレーダーを装備した4人の幼馴染たちが控えているからだ。
「……ああ。お久しぶりです、先輩」
僕が最大限に社交的な(=逃げ腰な)返事をした瞬間、隣にいた羽賀杏菜が、僕の腕を関節が決まる寸前の勢いで引き寄せた。
「和彦くん、この人だーれ? ……あ、もしかして、前に言ってた『初恋の人』?」
杏菜の笑顔は、12月の凍てつく夜空よりも冷たかった。
彼女になったはずの幼馴染は、最近、僕の過去の女性関係(といっても、ただの片思いだが)をデータベース化して管理しているらしい。
「西野。旧交を温めるのは勝手だけれど、今は塾の冬期講習に向かう途中よ。……初恋なんていう、非論理的で再現性のない感情に時間を割くのは、極めて非効率的だわ」
一ノ瀬佳樹が、眼鏡の奥の瞳を鋭く細めて告げた。
彼女の持つ英単語帳が、ピシリと音を立てる。
佳樹にとって、僕の「初恋」は、自分たちが関与できなかった唯一の「不完全な時間」として、徹底的な排斥の対象となっているのだ。
「なーんだ、この人が和彦の初恋? ……ふーん、和彦って、こういう年上のシュッとしたタイプが好きなんだ。意外とマセてたんだな」
和久井檸檬が、わざとらしく僕の耳元で囁く。
彼女の熱い体温が、冬の冷気にさらされた僕の肌を焼く。
部活を引退した彼女の奔放さは、最近、羞恥心というリミッターを完全に失っているようだ。
「……和彦、さん。……その、マフラー。……私の方が、ずっと、温かいです」
闇の中から柏木小鞠が、僕の首元に巻かれた自作の「呪いのマフラー」をぎゅっと締め直した。
苦しい。
物理的にも、精神的にも。
初恋の先輩は、そんな僕たちを見て、苦笑いを浮かべた。
「和彦くん、相変わらず……ううん、前よりもずっと賑やかだね。……幸せそうで、よかった」
彼女はそう言い残し、人混みの中に消えていった。
過去という名の亡霊が去った後、僕を待っていたのは、より凄惨な「現実」の包囲網だった。
「……ねえ、和彦くん。今の、どういう気持ちで見てたの?」
杏菜が、僕のコートのボタンを弄りながら、逃げ場のない問いを投げかけてくる。
17歳の冬。
かつての初恋が、今の自分を構成する一部だとしても、それを口にすることは死を意味する。
僕は、4人の少女たちの熱気と執念に挟まれながら、ただ深く、深く、諦めの溜息をついた。
「……どうせ、恋でもなんでもしてしまうんだろうな、僕は」
本日、15回目の敗北宣言。
冬の星座が瞬く下で、僕は過去を完全に清算させられた。
これからの僕の時間は、この騒がしくて、重くて、逃げ場のない幼馴染たちによって、一秒残らず塗りつぶされていくのだろう。
「……まあ、悪くないか」
僕は、自分を離さない4人の手を引き連れるようにして、再び歩き始めた。
17歳のクリスマス。
それは、新しい恋と、終わらない幼馴染の呪縛が、最も深く交差する夜になるはずだった。




