帰還する新幹線と、17歳の「ごっこ遊び」の終焉について
修学旅行最終日、広島駅のホーム。
17歳の僕たちは、数日前とは比較にならないほど重い荷物――お土産と、そして持て余すほどの愛憎劇――を抱えて、新幹線の到着を待っていた。
空気は、お好み焼きのソースよりも濃く、そして気まずい。
昨日、旅館の廊下で感情を爆発させた4人の少女たちは、今はそれぞれ別の方向を向き、沈黙の壁を築き上げている。
「……ねえ、和彦くん。お水、飲む?」
羽賀杏菜が、腫らした目を隠すように俯きながら、ペットボトルを差し出してきた。
彼女になったはずの幼馴染。昨夜、僕の胸元を掴んで泣きじゃくった彼女の指先は、今もかすかに震えている。
「……ありがとう。杏菜こそ、少し休んだ方がいい。顔色が昨日からずっと最悪だぞ」
「……ひどいな。誰のせいだと思ってるの」
彼女が力なく笑う。
その時、背後から冷徹な、けれどどこか寂しげな足音が近づいてきた。
「西野。新幹線の座席、昨日の件を踏まえて再編成したわ。……今回のペアは、くじ引きよ。運命という名の乱数に、私たちの関係を委ねることにしたから」
一ノ瀬佳樹が、くしゃくしゃになったメモ帳を握りしめて立っていた。
管理の化身である彼女が「運」に頼る。それは彼女なりの、限界の表明だった。
佳樹の琥珀色の瞳は、僕を責めるでもなく、ただ遠くの線路を見つめている。
新幹線が滑り込んできた。
車内に乗り込み、運命のくじ引きの結果、僕の隣に座ったのは――和久井檸檬だった。
「……よお、和彦。最悪な顔してるな」
「……和久井こそ。いつもなら真っ先に爆睡するくせに、目がバキバキだぞ」
檸檬は窓の外、遠ざかっていく広島の街並みを眺めながら、僕の肩に頭を預けてきた。
部活を引退し、どこか「戦士」から「少女」へと戻りつつある彼女の体温が、秋の車内に不自然なほど伝わってくる。
「私さ、昨日、あんたを困らせるようなこと言ってごめん。……でも、後悔はしてないから。私、これからもあんたの横を走るつもりだからさ」
「……走るなら、僕のペースに合わせてくれよ。君についていくのは、モブキャラには荷が重すぎる」
檸檬はクスクスと笑い、僕の腕をぎゅっと抱きしめたまま、眠りについた。
通路を挟んだ向かい側では、柏木小鞠が僕の寝顔(を装った薄目)を、スマホのカメラで静かに、けれど確実に記録していた。
彼女の執念は、東京についても、あるいは卒業しても、消えることはないのだろう。
やれやれ。
東京駅に到着し、解散の合図とともに、僕たちの「特別な修学旅行」は終わった。
けれど、駅の改札を出たところで、杏菜が僕の服の裾を強く引っ張った。
「和彦くん。……私、やっぱり諦めないから。付き合ってるからって安心しないでね。私は、和彦くんの全部が欲しいんだよ」
彼女の宣言は、背後に立つ佳樹、檸檬、小鞠への宣戦布告でもあった。
3人は、それを当然のこととして受け流し、けれどその瞳には、かつてないほどの闘志が宿っていた。
「……どうせ、恋でもなんでもしてしまうんだろうな、僕は」
夕暮れの東京。
4人の少女たちの視線に射抜かれながら、僕は本日、そしてこの修学旅行最後となる敗北宣言を口にした。
友情という名の「ごっこ遊び」は終わった。
これから始まるのは、17歳の残された時間を使った、終わりなき包囲戦だ。
僕は、重いカバンを背負い直し、自分を離さない4人の幼馴染たちとともに、いつもの帰り道へと足を踏み出した。
17歳の秋。
広島の海よりも深い、沼のような恋の真ん中で、僕はただ、深く、深くため息をついた。




