表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/58

帰還する新幹線と、17歳の「ごっこ遊び」の終焉について

修学旅行最終日、広島駅のホーム。

17歳の僕たちは、数日前とは比較にならないほど重い荷物――お土産と、そして持て余すほどの愛憎劇――を抱えて、新幹線の到着を待っていた。

空気は、お好み焼きのソースよりも濃く、そして気まずい。

昨日、旅館の廊下で感情を爆発させた4人の少女たちは、今はそれぞれ別の方向を向き、沈黙の壁を築き上げている。


「……ねえ、和彦くん。お水、飲む?」


羽賀杏菜が、腫らした目を隠すように俯きながら、ペットボトルを差し出してきた。

彼女になったはずの幼馴染。昨夜、僕の胸元を掴んで泣きじゃくった彼女の指先は、今もかすかに震えている。


「……ありがとう。杏菜こそ、少し休んだ方がいい。顔色が昨日からずっと最悪だぞ」


「……ひどいな。誰のせいだと思ってるの」


彼女が力なく笑う。

その時、背後から冷徹な、けれどどこか寂しげな足音が近づいてきた。


「西野。新幹線の座席、昨日の件を踏まえて再編成したわ。……今回のペアは、くじ引きよ。運命という名の乱数に、私たちの関係を委ねることにしたから」


一ノ瀬佳樹が、くしゃくしゃになったメモ帳を握りしめて立っていた。

管理の化身である彼女が「運」に頼る。それは彼女なりの、限界の表明だった。

佳樹の琥珀色の瞳は、僕を責めるでもなく、ただ遠くの線路を見つめている。


新幹線が滑り込んできた。

車内に乗り込み、運命のくじ引きの結果、僕の隣に座ったのは――和久井檸檬だった。


「……よお、和彦。最悪な顔してるな」


「……和久井こそ。いつもなら真っ先に爆睡するくせに、目がバキバキだぞ」


檸檬は窓の外、遠ざかっていく広島の街並みを眺めながら、僕の肩に頭を預けてきた。

部活を引退し、どこか「戦士」から「少女」へと戻りつつある彼女の体温が、秋の車内に不自然なほど伝わってくる。


「私さ、昨日、あんたを困らせるようなこと言ってごめん。……でも、後悔はしてないから。私、これからもあんたの横を走るつもりだからさ」


「……走るなら、僕のペースに合わせてくれよ。君についていくのは、モブキャラには荷が重すぎる」


檸檬はクスクスと笑い、僕の腕をぎゅっと抱きしめたまま、眠りについた。

通路を挟んだ向かい側では、柏木小鞠が僕の寝顔(を装った薄目)を、スマホのカメラで静かに、けれど確実に記録していた。

彼女の執念は、東京についても、あるいは卒業しても、消えることはないのだろう。


やれやれ。

東京駅に到着し、解散の合図とともに、僕たちの「特別な修学旅行」は終わった。

けれど、駅の改札を出たところで、杏菜が僕の服の裾を強く引っ張った。


「和彦くん。……私、やっぱり諦めないから。付き合ってるからって安心しないでね。私は、和彦くんの全部が欲しいんだよ」


彼女の宣言は、背後に立つ佳樹、檸檬、小鞠への宣戦布告でもあった。

3人は、それを当然のこととして受け流し、けれどその瞳には、かつてないほどの闘志が宿っていた。


「……どうせ、恋でもなんでもしてしまうんだろうな、僕は」


夕暮れの東京。

4人の少女たちの視線に射抜かれながら、僕は本日、そしてこの修学旅行最後となる敗北宣言を口にした。

友情という名の「ごっこ遊び」は終わった。

これから始まるのは、17歳の残された時間を使った、終わりなき包囲戦だ。


僕は、重いカバンを背負い直し、自分を離さない4人の幼馴染たちとともに、いつもの帰り道へと足を踏み出した。

17歳の秋。

広島の海よりも深い、沼のような恋の真ん中で、僕はただ、深く、深くため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ