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新幹線の座席は三位一体。あるいは、移動中さえ休めない僕の修学旅行

修学旅行当日。

東京駅のホームは、色とりどりの制服を着た高校生という名の「浮かれた集団」によって、一種の暴動寸前のような熱気に包まれていた。

僕、西野和彦は、なるべく目立たないように最後尾を歩いていたのだが、その努力は数秒で無に帰した。


「和彦くん、こっちこっち! 座席、私の隣だよ。もう荷物置いといたから!」


羽賀杏菜が、新幹線のデッキ付近で大きく手を振っている。

彼女の笑顔は、11月の曇り空さえも強制的に快晴に変えてしまいそうなほど眩しい。

だが、その背後に立つ2つの人影――一ノ瀬佳樹と和久井檸檬の視線は、11月の冷気よりも遥かに鋭かった。


「……羽賀、いや杏菜。座席は出席番号順だろ。勝手に変えると先生に叱られるぞ」


「いいの! 小鞠ちゃんが代わってくれるって言ってくれたし。ね、小鞠ちゃん?」


「……はい。和彦さん。……私は、後ろから、ずっと見てますから」


最後列の座席で、本で顔を隠しながら柏木小鞠がボソリと呟く。

彼女の「後ろから見てる」という言葉の重みが、最近、物理的な圧力を持って僕の背中にのしかかってくる。


結局、僕の座席は窓側に杏菜、通路側に佳樹という、逃げ場のない「ダブル幼馴染サンドイッチ」状態となった。

新幹線が発車し、加速していくにつれて、僕の胃の痛みも比例して増していく。


「和彦くん、お菓子食べる? はい、あーん」


「……杏菜。公共の場で、しかも一ノ瀬が隣にいる状況で、そんなラノベのイベントみたいな真似ができるか。あと、一ノ瀬の眼鏡が光ってて怖いんだ」


「気にしなくていいわよ、西野」


一ノ瀬佳樹が、ページを捲る音を立てながら冷ややかに告げた。


「私はただ、修学旅行という非日常において、カップルという名の特権階級がどれほど周囲の風紀を乱すかを、克明に記録しているだけだから。……後で、たっぷりと事情聴取の時間を作るつもりよ」


「……やっぱり怖いじゃないか。一ノ瀬、その手に持っているのは旅行のしおりじゃなくて、裁判の記録簿か何かか?」


そんな僕たちのやり取りを、座席の隙間から和久井檸檬が覗き込んでくる。


「なーんだ、和彦、佳樹と杏菜に挟まれてカチコチじゃん。広島に着いたら、私と宮島で揚げもみじ食べような! 杏菜には内緒で、一口あげるから」


「……和久井。内緒にする気がない音量で誘わないでくれ」


やれやれ。

新幹線という密室。時速300キロメートルで移動するこの空間でさえ、4人の幼馴染たちの包囲網は一分の隙もない。

彼女になったはずの杏菜との甘い時間は、周囲の冷徹な牽制と、直球の割り込みによって、常に「中断」を余儀なくされる。


広島駅に到着し、路面電車に揺られて宮島口へ向かう頃には、僕の精神的スタミナはすでに半分を切っていた。

だが、フェリーから見える厳島神社の鳥居が近づくにつれて、杏菜がそっと、僕の手を握ってきた。


「……ねえ、和彦くん。広島、楽しみだね」


彼女の少しだけ緊張した、けれど確かな温もり。

佳樹や檸檬、小鞠の視線を感じながらも、僕はその手を振り払うことができなかった。


「……そうだな。まあ、胃がもつ限りは、楽しむ努力をするよ」


「あはは、和彦くんらしいや」


17歳の秋、修学旅行。

目的地に到着する前から、僕の平穏は完全に消失していた。

これから始まる数日間。

厳島神社の神様でも、この4人の少女たちから僕を守ってはくれないだろう。


「……どうせ、恋でもなんでもしてしまうんだろうな、僕は」


潮風に吹かれながら、僕は本日1回目の敗北宣言を呟いた。

宮島の鳥居が、夕暮れの光の中で、僕を待ち構える戦場の門のように見えた。

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