17歳の残暑と、幼馴染という名の呪縛の完成について
季節は11月を目前にしているというのに、僕の周囲の温度計だけはいまだに30度を超えているんじゃないだろうか。
和久井檸檬の引っ越し騒動が一段落し、僕たち5人には、以前と変わらない「日常」が戻ってきた……はずだった。
けれど、それはあくまで表面上の話だ。
一皮剥けば、そこには剥き出しの好意と、一歩も引かない少女たちの執念がドロドロに溶け出している。
僕は、放課後の教室で一人、読み終えたばかりの文庫本を鞄に詰め込み、逃げるように帰路についた。
「和彦くん! 待ってよ、一緒に帰ろ?」
校門の前で僕を捕まえたのは、羽賀杏菜だった。
夕暮れの光が、彼女の弾けるような笑顔をオレンジ色に染め上げる。
17年間見慣れたはずのその顔が、最近はどうしてか、直視できないほど眩しく、そして恐ろしい。
「……羽賀。今日は佳樹たちと買い物に行くんじゃなかったのか」
「そんなの、和彦くんと一緒に帰る権利に比べたら些細なことだよ。ね、いいでしょ?」
杏菜は僕の返事を待たず、当たり前のように僕の右側を陣取った。
少し遅れて、背後から音もなく近づいてきた一ノ瀬佳樹が、僕の左側を無言で占拠する。
「西野。一人でさっさと帰ろうなんて、水臭いわね。観察対象が視界から消えるのは困るわ」
「……一ノ瀬まで。僕のプライバシーは、君たちの包囲網によって完全に消滅したみたいだね」
「あら、光栄に思いなさい。……それとも、あそこにいる彼女の方がいいかしら?」
佳樹の視線の先には、テニス部の練習を終えた和久井檸檬が、汗を拭いながらこちらに大きく手を振っていた。
さらに、校門の影からは柏木小鞠が、僕の視線に気づいて小さく、でも熱烈に会釈をしてくる。
「……地獄だ。ここが青春という名の最前線か」
「あはは! 和彦くん、また変なこと言ってる」
杏菜が笑いながら、僕の腕に自分の腕を絡めてきた。
柔らかい感触。
けれど、その奥に潜む彼女の「覚悟」が、僕の肌をヒリつかせる。
「ねえ、和彦くん。覚えてる? 夏休みの終わりに、私がベランダで言ったこと」
「……忘れたいけど、忘れさせてくれないだろ」
「当たり前だよ。私、本気だもん。……佳樹も檸檬も小鞠も、みんな和彦くんを狙ってるけど、一番近くで和彦くんを捕まえてるのは、私なんだから」
彼女の声は、どこまでも澄んでいて、けれど逃げ場のない強さに満ちていた。
17歳の秋。
僕たちが「ただの幼馴染」でいられた時間は、砂時計の最後の一粒が落ちるように、静かに、けれど確実に終わりを告げようとしていた。
僕を挟んで歩く、美少女たちの足音。
それは、僕の平穏なモブ人生を粉砕するカウントダウンのようにも聞こえる。
これから冬が来ても、春になっても、この熱気だけは僕を焼き続け、そして変えていくんだろう。
「……どうせ、恋でもなんでもしてしまうんだろうな、僕は」
夕闇に溶けていく僕の独白。
隣で笑う杏菜の横顔を見ながら、僕はもう、その「負け」を認めるしかなかった。
けれど、掴まれた腕の熱は、不思議と嫌な感じではなかったんだ。
それが、僕にとっての最大の敗北であり、そして新しい物語の始まりだった。




