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青い夏と、四人の幼馴染に囲まれて僕の平穏が死ぬまでの記録

17歳の夏。世間一般では「青春」という名の暴力的なキラキラが、湿度とともに僕たちの肌にまとわりつく季節だ。

僕、西野和彦は、どこにでもいる平凡な高校二年生。……と言いたいところだけど、僕の日常には、ある特殊なデバフが掛かっている。


「和彦、またそんな難しい顔して本読んでる。海、行きたくないの?」


呆れたような声が、僕のパーソナルスペースを軽々と突破してきた。

羽賀杏菜。

ショートボブを夏風に遊ばせ、サンダルの足音を響かせて僕の隣に座り込む。彼女は僕の「幼馴染その一」であり、学園のヒロインランキングがあれば間違いなく上位に食い込むであろう、無自覚な天然記念物だ。


「……別に。ただ、僕みたいな背景役が、君たちみたいなメインキャストと一緒に海に行くのは、生態系的にどうなのかと思ってただけだよ」


「あはは、また始まった。和彦くんのひねくれ思考。いいから行くの! 佳樹も小鞠も檸檬も、みんな待ってるんだから」


そう言って彼女は、僕の腕を当たり前のように掴んで引き寄せた。

羽賀杏菜、一ノ瀬佳樹、柏木小鞠、和久井檸檬。

僕を除いたこの4人の「女の子」たちは、家が近所で、親同士も仲が良くて、生まれた時からずっと一緒。……そう、僕は、4人の美少女幼馴染に囲まれるという、ラノベの設定なら勝ち確、現実ならただの拷問という環境で育ってきたのだ。


向かった先の海は、案の定、青春の暴力で溢れかえっていた。


「和彦ー、遅いよ! もう一泳ぎしてきたもんね」


和久井檸檬が、濡れた髪を豪快に振り回しながら駆け寄ってくる。ボーイッシュな彼女は、水着姿でもどこか中性的で、けれど隠しきれない健康的な曲線が僕の視神経を不必要に刺激する。


「……和彦さん。日焼け止め、塗りますか?」


日陰で大人しく座っていたのは、柏木小鞠だ。人見知りで、いつも僕の背中に隠れていた彼女も、今では眼鏡の奥の瞳に妙な熱を宿してこちらを見ている。


「西野。あんまりフラフラしてると、他の奴にナンパされるぞ。お前、ガード緩いんだから」


最後に、一ノ瀬佳樹がクールな口調で釘を刺してくる。グループのまとめ役。彼女の落ち着きは、時として同い年とは思えない色気を放つ。


……正直、きつい。

彼女たちは気づいていないんだろうか。僕が男で、彼女たちが、目を背けたくなるほど魅力的な女の子に成長してしまったことに。

「幼馴染」という言葉は、魔法の盾だ。どんなに距離が近くても、どんなに心拍数が上がっても、その一言で全てが「無効化」される。


「ねえ、和彦くん」


波打ち際。夕暮れが近づき、海がオレンジ色に染まり始めた頃。

杏菜がふいに僕の隣に並んだ。他の3人は少し離れたところで貝殻を拾っている。


「どうしたの、改まって」


「……ううん。なんか、ずっとこのままでいられたらいいなって思って」


杏菜の横顔は、沈みゆく夕日に照らされて、胸が締め付けられるほど綺麗だった。

僕は知っている。この平穏は、いつか壊れる。

誰かが恋を知り、誰かが告白し、誰かが「幼馴染」の境界線を踏み越えた瞬間、この心地よい5人の関係は崩壊する。


「……無理だよ。僕たちはもう、子供じゃないんだから」


僕の冷めた言葉に、杏菜は少しだけ目を見開いた。

そして、悪戯っぽく、けれどどこか切なげに微笑む。


「じゃあさ、賭けようよ。誰が最初に、その『境界線』を超えるか」


「賭けないよ。そんな不毛なこと」


「いいじゃん。……私はね、負けないよ? 和彦くん」


彼女の指先が、僕のシャツの袖をきゅっと掴んだ。その感触だけで、僕の心臓は簡単に「平穏」を放棄する。


やれやれ、これだ。

僕はただ、この異常な包囲網の中で、平穏なモブキャラとして生き延びたいだけなんだ。なのに、この心臓のうるささはどうだろう。

認めたくはないが、僕みたいな敗北予定の脇役でも、この逃げ場のない夏の熱気に当てられて――。


「……どうせ、恋でもなんでもしてしまうんだろうな、僕は」


誰にともなく零した独り言は、波の音にかき消された。

けれど、掴まれた袖の熱だけは、いつまでも消えてくれなかった。

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