第8話 8Dレポート
僕とシルバーはユキナリ博士にお礼を言って、研究所以外に何もないこのまっさらな町に別れを告げた。僕はフッシーと旅に出る。
時空の歪みについてユキナリ博士から話を聞いた。博士の話では、時間を司る伝説の怪物と空間を司る伝説の怪物が争ったことで時空の歪みが発生したらしいが、なんだかんだあって解決したようだ。レポートも提出してもらったから取り敢えずは大丈夫だろう。
この町での思い出を胸に抱いて、これから新しい一歩を踏み出すんだ。そう考えるとワクワクした。新たな冒険の始まりだ!
僕たちは今、草原の道を歩いている。どこまでも続く道だ。風に乗って草の匂いや土の匂いが運ばれてくる。時折聞こえる鳥の声や虫の音は耳に心地良い。そして隣にはシルバーがいる。彼女も楽しそうに歩いている。ガスマスクは着けていない。
「綺麗な場所よね」
彼女は目を細めて景色を眺めている。確かにこの場所は美しい。空は澄み渡って雲一つ無い快晴だし、草は風に揺れてキラキラと輝いている。空気も新鮮で美味しい。まるで心まで洗われるようだ。僕は彼女に言う。
「ああ、凄くいいところだよな」
「うん」
彼女は僕を見て微笑む。彼女の笑顔は美しい。
「僕たちの世界の地球もこれくらい平和だったらいいのにな……」
僕は思ったことをそのまま口に出した。
「……」
彼女の表情が曇る。それは難しいことだと知っているからだ。
「そうね……、ねぇ、フッシーはどう思う?」
フッシーは触手をワサワサさせている。僕たちを励ましてくれているみたいだ。
「そう、良かった」
シルバーは嬉しそうに言う。彼女はフッシーを撫でている。フッシーも喜んでいる。フッシーと彼女はすっかり仲直りしたみたいだ。昨日の敵は今日の友達だ……。しばらく歩くと小さな森が見えてきた。彼女は立ち止まって言う。
「そろそろ休憩にしましょうか」
フッシーは地面に生えている草を食べ始めた。僕も近くの石に座って休むことにした。僕はシルバーを見る。彼女は木陰で涼んでいた。彼女の横顔は美しく、目鼻立ちがくっきりしている。長く伸びたまつ毛が印象的だ。彼女は銀色の髪を手で押さえて、そよ風に当たっている。
彼女はこちらを向いて言った。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
僕は慌てて答えた。
(綺麗すぎて見惚れていたなんて言えない)
そんな僕を彼女は怪しそうに見ている。
「変なの」彼女は呟いた。
(まずいな……)
僕は話題を変えることにする。
「シルバー、喉乾かないか?水を持ってきたんだけど」
彼女は答える。
「あら、気が利くわね」
僕はリュックから水筒を取り出して渡す。彼女は受け取り、蓋を開けて飲む。その様子を見て安心する。彼女が水を飲む様子はとても色っぽい。僕は唾を飲み込む。僕はドキドキしながら、彼女の様子をうかがう。すると彼女はこちらを見つめながら話しかけてきた。
「私に欲情してるの?」
「えっ」
思わず声が出てしまった。僕は慌てる。心臓がバクバクと音を立てている。
「あ、あの」
僕は上手く喋れない。
「正直に言っていいのよ」
彼女は妖艶な笑みを浮かべている。僕は必死になって言葉を絞り出す。
「その……」
「ふふ」
シルバーは僕の頬に手を当てた。彼女のひんやりとした手が火照った肌に気持ち良い。彼女の目は潤んでいて、じっと見つめられると吸い込まれそうになる……。彼女は耳元で囁いた。
「私はあなたを愛しているわ」
彼女の甘い吐息が耳にかかる。僕は目の前が真っ白になった。
◇◇◇
そろそろ、帰ろうか。この美しい世界が名残惜しいけど、僕たちは元の世界に戻らなければならない。ピョン吉とフッシーとは仲良くなったばかりだが、彼らを一緒に連れていくわけにはいかない。
「グルルルゥ……」
「フッシー……」
ピョン吉とフッシーは悲しそうな鳴き声を上げた。
「また会えるわよ……」
「また会いに来るからな!」
ピョン吉とフッシーに別れを告げ、僕たち二人は桃色のドアをくぐった。
◇◇◇
僕たちは元の世界に戻ると、関係者に時空の裂け目が発生した原因について説明した。ユキナリ博士の8Dレポートは信頼に足り、今回はこちらの世界で特に被害もなかったためこの件はクローズとなった。さらに僕はこの件での功績が認められて課長に昇格した!
「京ちゃん、昇格おめでとう!」
七海は嬉しそうだ。僕も内心では喜んでいる。
「ありがとう。まぁ、昇格といっても、今と大して変わらないだろうけどな」
「そんなことないよ。給料も上がるし」
「まぁ、確かに……。じゃあ、仕事頑張らないとな」
「うん!頑張って!」
彼女は笑顔で言う。僕は彼女の笑顔を見ると幸せな気分になる。
「よし、じゃあ、仕事に取り掛かろうか。一応ここでは上司と部下だからな」
「は~い」
彼女は不満げに返事する。
僕たちは書類の山を片付けていった。しかし、彼女は相変わらず仕事が遅い。書類が全然減っていない。
「あのさ、早くしないと終わらないぞ」
「わかってるって」
彼女は渋々、作業を再開する。
……
しかし、一時間後。
「疲れた~」
彼女は机に突っ伏して嘆いている。
「ほら、しっかりしろよ」
「だってぇ」
彼女は気怠そうに言う。
(困ったな……)
彼女のデスクの上は資料が散乱している。この調子だと今日中に仕事を終わらせられないだろう。
「しょうがないな」
僕は席を立つ。
「ん?どうしたの?」
「手伝ってやるよ」
「えっ?」
彼女は驚いた顔をする。そして、少し間をおいて呟いた。
「別に、一人でできるもん」
彼女はムッとした表情で僕を睨む。彼女は不機嫌になっているようだ。
(まずいな……)
このまま、彼女を放置するのは良くない。仕事が終わらず遅くまで残業することになってしまう。僕は必死に考える。
(どうすればいいんだ……)
僕は必死になって考えたが、妙案は思い浮かばなかった。仕方なく僕は提案することにする。
「その、気分転換に一緒に散歩でもしないか?公園を一緒に歩くだけでもいいんだけど……」
彼女は目を輝かせる。
「行きたい!」
僕はホッとする。僕たちは会社を出て、近くの公園へ向かった。少しずつ日が落ち始めている夕方の公園はどこか物寂しい感じもあるが、最近はチラホラと散歩している人を見かけるようになった。まだまだ空気は淀んでいるけど、少しずつ良くなってきている。僕たちが歩いていると彼女は話しかけてきた。
「なんか、こうしてるとデートみたいだね」
彼女は無邪気に笑う。
「そ、そうだな」
僕はドキドキして緊張する。
「ねぇ、手を繋ごうよ」
「えっ?」
「嫌?」
「いや、別に……」
僕は彼女の手を握る。彼女の手はすべすべしていて柔らかい。
「ふふ、あったかい」
彼女は嬉しそうだ。僕は恥ずかしくて顔が熱くなる。僕たちは黙ったまま歩き続けた。しばらくして、彼女が口を開く。
「京ちゃんは優しいよね」
「えっ?」
「私が落ち込んでいる時とか、よく話を聞いてくれたり励ましてくれたりするじゃない」
「そんなことはないと思うけど……」
僕は自信がなくて小声で答える。すると、彼女は僕の方をじっと見つめた。その視線には何かを期待しているような感じがあった。
「……」
「ど、どうかしたのか?」
「ううん、なんでもない」
彼女は慌てて首を横に振る。それから、また真剣な表情に戻って話し出した。
「私は京ちゃんに感謝してるんだよ。側にいてくれて、助けてくれるし、それに……」
「な、なんだ?」
「う、うるさい!何でもないわよ!」
「な、なんだよ……」
僕は戸惑った。彼女から感謝されているのは嬉しい。しかし、それを素直に表現できないようだ。彼女はたまにムキになるときがある。それが可愛らしくて愛おしい。
……
しばらく沈黙が続いた後、彼女は言った。
「もう会社に戻ろっか」
「そうだな」
僕たちは並んで歩いた。彼女の歩幅に合わせてゆっくりと。彼女は時々こちらをちらりと見て微笑む。僕も彼女の笑顔を見て幸せな気持ちになった。
「京ちゃん、そういえばさ、今度映画観に行かない?今やってる『猫型ダメ人間製造ロボット』の映画が気になるんだ」
「あぁ、それ面白そうだな」
「じゃあ、決まりね!」
「うん」
僕たちは笑顔で見つめ合う。僕は幸せな気分になった。そして、僕は思う。彼女と出会えて本当に良かったと。彼女と出会っていなかったら今の僕は存在しなかっただろう。僕は彼女を幸せにしてあげたい。そのために全力を尽くそう。僕は心に誓った。
……
会社に戻ると、僕たちは残りの仕事に取り掛かった。オフィスには二人だけしか残っていない。
僕は彼女のデスクに椅子を近付けて、彼女の仕事を見てあげることにした。
「このメール、どういう意味なの?」
「あぁ、これはさ……、たぶん八つ当たりしたいだけのメールだよ」
彼女は不思議そうな顔をする。
「八つ当たり?」
「この人はきっと上司に怒られたんだと思うんだ。だからイラついてるんだよ」
「ふ~ん」
彼女は納得したようだった。彼女はあまりパソコンを使わないタイプだが、最近になってようやく使い方が分かってきた。今はキーボードをポチポチと押しながら頑張っている。僕は彼女の横顔を眺めた。集中して一生懸命仕事をしている姿がとても可愛い。
彼女はきれいな姿勢で座っている。ドレスの柔らかな生地の下で太ももの形がくっきり浮き出て見えていて艶めかしく見える。つい目が吸い寄せられてしまう。いけないと思いつつも、どうしても視線が向いてしまう。
「なんて返信しようかな……」
彼女は少し困ったような表情をしながら足を組んだ。太ももが重なるとその柔らかさがさらに強調される……。僕は我慢できなくなり彼女の太ももに手を伸ばした。彼女の柔らかそうな太ももの上に手を置く。肌ざわりの良いドレス生地の下に温かさと程よい弾力を感じる。すると彼女は驚いたように僕を見た。
「京ちゃんってホント変態なんだから……」
「ごめん……我慢できなくて」
僕は慌てて手を離そうとした。しかし、彼女は僕の手首を掴んだ。
「やめないで」
「えっ?」
「もう少しこのままでいて」
「分かった」
僕は再び手を戻す。彼女は恥ずかしそうに目を逸らす。耳まで真っ赤になっている。
「……」
「……」
お互い何も言わない。
ただ時間だけが過ぎていく。
つづく