第5話 サブリミナル・マインド
僕たちは今、太陽系外縁部のカイパーベルトにいる。無数の小惑星を避けつつ、討伐対象を探している。今回の任務は太陽系内に突如として現れた巨大生物、通称"結晶生命体"の殲滅である。結晶生命体とはその名の通り、結晶のような外見をした宇宙生物だ。奴らは非常に危険な存在であり、放置しておくことはできない。結晶生命体は、かつて地球に飛来したことがある。そのときは地球上の資源を喰らった後、何処かへと飛び去っていったらしい。ここ数世紀の間、結晶生命体の姿を見ることはなかったが、最近になって再び姿を現したのだ。今回はやつらが地球に到達する前に先手を打つ必要がある。
「シルバー、結晶生命体の特徴を教えてほしい」
「えっと……、あいつらは普段はおとなしく小惑星を餌にしているんだけど、たまに気まぐれで人里に降りてくるのよ」
「なるほど……、それで被害が出ているのか」
「そうよ。だから早く倒さないと」
「わかった。でも、どうやって探すんだ?まさか闇雲に動き回るわけにもいかないだろう?」
「大丈夫、私の【探索】のスキルを使えばすぐ見つかるわ」
「そうなのか。便利なスキルを持ってるんだな」
「まあね。私にかかれば結晶生命体の位置もすぐにわかるわ」
「それは心強いな。じゃあ頼む」
「オッケー。じゃあ目を閉じて集中するからちょっと待ってて」シルバーは瞑想姿勢を取り集中し始めた。
「どうぞ。いつでも始めてください」
「おっけー。それじゃあいくわよ……」
シルバーは精神を研ぎ澄まし、意識を深層心理まで潜り込ませていく。彼女はいつもガスマスクをつけていて顔が見えないが、僕の脳裏には彼女の透き通るような白い肌、そして深い青色の目が浮かぶ。僕はシルバーのことをもっと知りたい。彼女の全てが欲しい。僕はシルバーに恋をしている。シルバーのことを考えるだけで胸が高鳴る。彼女とキスがしたい。抱きしめ合いたい。
そういえば瞑想状態のときは催眠にかかりやすいと聞いたことがある。今のうちに何か命令をしてみようか……。しかしそんなことをしたら彼女に嫌われてしまうかもしれない。だがどうしても抑えきれない衝動がある。
(よし、シルバーに催眠をかけてみよう)
僕はシルバーに優しく語り掛ける。
「瞑想したままでいいから少し聞いてほしい……」
「……」
シルバーは瞑想を続けている。僕は耳元で囁くように話す。
「君がいてくれて本当にうれしいよ……、君とずっと一緒にいられたらどんなに幸せだろうか……」
シルバーは無言のままだ。聞こえていないわけではないはずだが彼女は瞑想を続けている。
「君は強く美しい……、それにとても魅力的だ……。まるで女神のように清楚でありながら艶めかしくてセクシーでもある。その魅力に引き込まれそうになるよ……」
彼女の呼吸に合わせてゆっくりと吐息を吐き出し、吸い込むタイミングで口を開く。
「君のことを愛してるよ……」
彼女はピクリと反応した。しかし依然として瞑想状態を維持している。彼女への愛情を込めて、丁寧に言葉を紡ぐ。
「君のことが好きすぎておかしくなりそうだ……。君の瞳に見つめられると僕の心臓は激しく鼓動して全身の血流が早くなる……。君の声を聞くたびに胸の奥が熱くなる……。君を抱き締めると頭がぼうっとして何も考えられなくなる……。君のことが好きすぎるんだ……」
「ん……」
彼女は鼻を鳴らす。さらに暗示を強めていく。
「君を好きになってから毎日夢を見るようになったんだ……。最初はすごく恥ずかしかったけど、今では幸せな気分になれるんだ……。夢の中なら何度でも君を抱くことができる……。もちろん現実の世界でも君が望んでくれるならいくらでも抱いてあげたい……」
「はぁ……ふぅ……」
彼女の呼吸が乱れ始める。彼女の耳に優しく息を吹きかける。
「はぁ……ん……、京太さん……、ダメよ……」
彼女は呼吸が荒くなり僅かに震え始めた。ゆっくりと耳元でささやく。
「全身の力を抜いてリラックスしてごらん……、ゆっくり呼吸するんだ……、吸って……吐いて……、吸って……吐いて……」
「すー……はー……、すー……はー……、すー……はー……」
「いい子だ……。そのまま身を委ねて……、だんだんと意識がぼんやりしてくる……、少しずつ……、ジーンと快感がやってくる……」
「すー……はー……」
「……ほら、お腹の奥から……、快感が全身に波紋のように広がっていく……。全身に広がる淡い快感……、気持ち良いだろう……?」
「はぁ……ん……」
「……お腹の奥に意識を集中して……、快感を溜めていこう……。どんどん溜まっていくよ……。甘い快楽が体を満たしていく……。体の奥がどんどん気持ちよくなっていく……」
「はぁ……ん……、はぁ……、はぁ……、はぁ……」
「深く堕ちていく……、身体の奥底にある深いところまで沈んでいく……、意識が快感の海の底へ沈むほど、どんどん快感が高まる……」
「んっ!……、はあ……ん……、はあ……」
「快感が溢れ出てきて……、快感が全身に広がっていく……、快感が高まるのが止まらない……」
「んんっ!……、はぁ……ん……、んん……」
「僕が3つ数えると……今まで溜め込んだ快感が……一気に爆発する!……、3……、2……、1……」
「んっ!んんっ!……ああっ!」
突然、彼女は体を震わせながら倒れこんだ。そして身体を大きく仰け反らせガクンガクンと痙攣している。
「……あああっ!ああんっ!ああっ!ああっ!」
「おいっ!大丈夫か!?」
慌てて抱き起す。
「はぁ……、はぁ……」
彼女は虚ろな目をしながら呟いた。
「はあ……、はあ……、うそ……、なんでこんなことに……」
彼女はそれだけ言って眠りについた。
……
……
……
シルバーが探索スキルで見つけたというポイントに近づいた。結晶生命体が小惑星を喰っている様子が遠目に確認できる。その姿は数百mの巨体で、フラクタル形状の結晶が美しく幻想的な煌めきを放っている。だがそれは見た目だけであって、奴らは危険な存在なのだ。奴らはいつ人里にやってくるかわからない。そうなる前に僕たちの手で討伐しなければならない。まずは【解析】で結晶生命体のステータスを調べた。
◆種族名:結晶生命体
◆レベル:200
◆HP:136000/136000
◆攻撃力:3600
◆防御力:3600
◆敏捷力:20
◆知力:4
ステータスが高い。このまま戦っても勝てるかどうかわからない。
(結晶には打撃が有効だが、僕が宇宙空間に出て釘バットで戦うのは現実的でない、かと言ってエネルギー兵器も効果はいまひとつと聞いている)
「レナ、何か結晶生命体を倒すのに有効な兵器は出せないか?」
「えーっとねぇ、これなんかどう?電磁投射砲って言うんだけど」
彼女の両腕に光が集まり巨大な電磁投射法が出現した。解析スキルで武器の詳細を確認する。
◆名称:電磁投射砲
◆説明:電磁力により弾丸を加速させ撃ち出す兵器
◆ランク:A+
◆攻撃力:5000
◆耐久:3000/3000
「おぉ、いいじゃないか。これでいこう!」
早速、宇宙船の兵装をレナが作り出した電磁投射砲に変更した。
発射シークエンスを実行する。
ターゲットスコープが出現した。
「準備はできたよ。いつでも撃てるよ」
七海が言った。
「よし、では始めよう」
僕はそう宣言すると引き金を引いた。電磁投射砲から射出された弾頭が結晶生命体へと吸い込まれるように突き刺さった。着弾時の衝撃波が周囲を揺るがし、結晶生命体を貫いた。
その瞬間、凄まじい閃光と共に空間そのものが揺れるような振動が発生し、周囲に強力なエネルギー波が放たれ、宇宙船を襲う。船体を覆いつくしたバリアはなんとか持ちこたえ、損傷は免れたが、計器類は全て停止した。視界もホワイトアウトして何も見えない。強烈な電磁波に晒されて電子回路がショートしてしまったようだ。
そして僕の意識も薄れていった。
……
……
……
「ここはどこだ……?」
目を覚ますと見慣れない景色が広がっている。見渡す限り草原が広がり遠くに山が見える。少し先を見ると湖があるのかキラキラと水面が光っていた。後ろを振り向くと、そこには七海とシルバーとレナが倒れていた。
「おい!みんな大丈夫か!?」
僕は三人に声をかける。
「う~ん……」
「うぅ……」
「んんっ……」
皆の瞼がゆっくりと開く。全員無事に目が覚めたようだ。よかった……。しかし、安堵している暇はない、早くこの状況を把握せねば。一体何が起きたのだろうか。記憶が混濁している、なぜこんなところにいるのだろう。僕ら四人は顔を見合わせる。全員が困惑していた。
ふと足元に一枚の紙が落ちていることに気づいた。拾い上げて確認する。
***
私は地球が滅ぶことを知っていた
地球が滅んだ後に人類は滅びる
それはもう逃れられない運命だった
この事実を知っても私は何もしなかった
それは私が人類の行く末に興味がないからだ
人間とは不思議な生き物である
自ら生み出した文化や文明を自らの手で葬り去る
愚かなのだ
だからといって私に何かできるわけではない
私は傍観者として物語を見るだけだ
地球が滅ぶとわかっていて何もできないのなら最初から関わらなければよいのだ
そうすれば悲しくならない、辛くならない、苦にならないのだから
***
(何故か見覚えがある気がする)
***
ただ一つだけ心残りがあった
私の愛娘は地球最後の日まで何を思って生きていくのであろうか
きっと彼女にとっては辛い現実となるはずだ
それが気がかりで仕方がなかった
彼女の幸せを願ってはいるが願っているだけでは叶わない
できることならば、あの子のために少しでも力になってやりたい
それが父親としての最後の役目だと思うから
***
日付は今から7700年前、地球が滅んだ年だ。この手紙を書いた人物はおそらく人間なのだろうが誰なのかは不明だ。ただ、筆跡から察すると地球滅亡まで残された時間が少ない中で必死に書き残したという印象を受ける。僕は読み終えた後、手紙を元の場所に戻し再び周囲を確認することにした。
「みんな大丈夫か?」
僕の言葉を聞いた七海は「たぶん」と答えた。
「たぶんってどういうことだよ?」
「みんな、気がついたらここにいたっていう感じなんだよね。ここがどこかすらわからないし……」
レナは僕の近くによってきて不安げに「ここはどこ?」と聞いてきた。しかし答えようがないので首を横に振る。七海とシルバーは周りを見て状況を判断しているようだ。しばらく待つと、二人とも戻ってきた。
「やっぱりよくわかんないね」
「うん、そうだね」
特に進展はなかったらしい。僕はふと思いついてシルバーに質問してみた。
「シルバー、ユニークスキルってどうやって発動するんだ?」
「イメージを強く持てばいい。ただしアクティブスキルのように表層意識を使って発動するものではないわ。潜在意識の中で発動するものなの。だから、慣れていないと発動したくてもできない時もあるのよ」
「ふーん」
「私の【重力操作】【探索】やレナの【武器生成】のようなユニークスキルは、使いこなすのには長年の訓練が必要なの」
「そうか……、たぶん原因がわかったよ……、僕のユニークスキル【時空転移】が無意識的に発動してしまったんだ。自分でもこのスキルのことはよくわからない……」
「なるほど……」
シルバーは顎に手を当てながら納得していた。彼女は少し考える素振りを見せた後に言葉を続けた。
「何れにせよ、そのスキルをもう一度使って元の世界に戻るしかないわ。このままだと私達は永遠に彷徨うことになるかもしれない」
確かにシルバーの言う通りだ。なんとかして【時空転移】をコントロールしなければならない。自分だけでなく彼女たちまで巻き込んでいることに心が痛む。
「京ちゃん、とりあえず試すだけやってみたら? ダメで元々でしょ!」
七海の明るい声を聞いて気持ちが落ち着く。
「それもそうだな! よしっ、じゃあ【時空転移】を使うぞ!!」
僕は目を閉じて集中する。
(イメージが大切なんだよな……、リラックスして……、全身の力を抜いて……、表層意識で考えてはダメだ……、潜在意識的に、本能的に行きたい場所……!自宅のマンション……、マキノの部屋の前……、鍵を回してドアを開け入る……、さらに脱衣所へと入る……、浴室へと続く扉……!)
そのときだった。突如として、四人の目の前に桃色のドアが出現した。
「やったぁ!!!」
七海が喜びの声を上げる。僕達全員が一斉に歓声を上げた。僕はドアノブを握り、迷わずに扉を開いた。
扉の先にはマキノが立っていた。マキノはバスタオル一枚しか身に付けておらず、透き通るような白い肌が露になっている。浴槽にお湯を張っている最中だったのか、熱気が伝わってくる。マキノは驚いた様子でこちらを見つめていた。視線を下げると、彼女の胸の谷間が目に入る。僕はゴクリと唾を飲み込んだ。マキノは目を丸くして驚いていたが、僕と目が合うと、ゆっくりと微笑んでみせた。
次の瞬間、僕は後ろから誰かに突き飛ばされた。七海が背後から体当たりしてきたのだ。バランスを失った僕の体は、勢いよくドアの中に入り、マキノに覆い被さる。むにゅっとした柔らかい感触と共に、バスタオル一枚のマキノを押し倒す。
つづく