第4話 魔の手
僕と七海とシルバーはアイテムショップに向かっている。シルバーは僕の腕を抱き締めるように組んでいる。彼女の柔らかい胸の感触が伝わってくる。甘い香りに包まれ、心臓の鼓動が高鳴る。
「ちょっと! ずるいよ、シルバーちゃん」
七海の頬が膨らむ。
「別に構わないでしょう?」
「ダメに決まってるじゃん。ここは公平にジャンケンで決めようよ」
「分かった。負けても文句は言わないでよね」
「うん、いいよ」
二人は拳を構えて構えた。
「行くぞー。ジャーンケーン……」
二人が同時に振り下ろす。七海はグー。シルバーはパーだった。
「はい、今日は私が京太さんをお借りしますね」
「えぇ~、そんなぁ」
七海は肩を落として項垂れている。ガスマスク越しでもシルバーが微笑んでいるのが分かる。しばらく歩くと目的地に着いたようだ。大きなショッピングモールのような建物が見える。
「ここで大抵のものは揃います」
「へぇ、便利だな」
地下と1階は食料品売り場。2階~4階にはアパレルショップや書店、家電量販店が入っている。5階にアウトドア用品やスポーツ用品、武器、防具の店があるようだ。
「さっそく行きましょう」
シルバーは僕の手を引いてエスカレーターに向かう。
「おいおい、引っ張るなって……」
「あ、ごめんなさい。つい嬉しくって……」
彼女は顔を赤らめて俯く。
エスカレーターを降りると地下1階の食品コーナーに辿り着いた。たくさんの種類の食材が並ぶ。(肉、魚、野菜、果物、調味料など……。見慣れないものが多いな……)
「京太さんは普段どんなものを食べてるんですか?」
「ん? まあ、パンとか米だな」
「そうですか、それならお弁当を作ってあげますね」
「ありがとう。楽しみにしてるよ」
「はい。任せてください!」
ガスマスク越しで表情が分かりづらいがきっと笑顔なんだろう。心まで浄化されるようだ。
そのときだった。フードを被った怪しい人物を見つけた。顔は見えなかったが体格的に女性だった。その人物は棚に並んだ商品を手に取り買い物かごではなく懐に入れていた!
(あいつは何をしてるんだ?)
「シルバー、ちょっとここで待っててくれ」
僕はその人物の後を追う。一階に上がり出入口に差し掛かるところで声をかけた。
「ちょっと! 万引きは犯罪ですよ!」
背後から声を掛けられたフードの人物の動きが止まった。彼女はゆっくりと振り返りこちらを見た。顔を見ると青ざめている。彼女は持っていた袋を落とすと慌てて走り出した。
「あ! 待て!」
しかし次の瞬間……その女は何かのスイッチが入ったかのように急に立ち止まり身体を回転させたと思うと、こちらに向けて右手を伸ばしてきた。すると、その手の周りに光が集まるように渦を巻き、やがて手の中にはナイフが出現していた。
「うわ! 危なっ!」
間一髪、飛び退くようにして避けたが左腕に痛みが走った。見ると服の袖から血が滲んでいた。
「くそっ!」
彼女は僕が戸惑っている間にも、どこからともなくナイフを取り出し、次々と攻撃を繰り出してきた。まるで獣のように攻撃してくる。(こいつ……!?)
相手の正体は不明だが間違いなく普通ではない。素早く動く手足、間髪入れずに繰り出される攻撃……、隙を見せない立ち回り。だが、不思議と冷静になれた。今までの戦闘経験の中で幾度となく窮地を乗り越えた経験があるからだ。
(相手の狙いはなんだ? このままじゃ分が悪い。何とかして情報を引き出さなくては……)
今度は彼女の左手に光が集まり、別の武器が現れた!それは銃のように見えた。相手がトリガーを引くと同時に銃弾が発射された。
(速い! 避けるのは不可能だ。ならば防ぐしかない!)
咄嵯の判断で陳列してある鰹節を盾にする。
(よし、これでなんとかなるはずだ。)
いくつもの銃弾が鰹節をかすめ、辺りには鰹節の削れる音が響き、鰹節の香りが充満していた。彼女は何が起きたのか理解できなかったようで、驚いたような顔をしている。その隙に僕は彼女に向かって駆け出す。そして、そのままタックルした!彼女は勢いよく地面に倒れた。彼女を押さえつけながら、鋭利な鰹節を彼女の喉元に突き付ける。
「鰹節は鉄よりも硬いんだぜ」
「……」
「なぜ万引きをした!?」
「……」
「答えろ!」
「…………」
「そうか、なら仕方ないな……(ニヤリ)」
仰向けの彼女の上に馬乗りになったまま、彼女の両手首を頭の傍で重ね、動かせないように強く押さえつける。そして空いた手で彼女の脇の下や脇腹をくすぐった。
「ちょっ、や……、やめて下さい!」
「ほら、早く話さないとくすぐり続けるぞ」
「きゃあ! ダメーッ! そこは許してくださぃ……あ、あ、あ、あーっ!」
僕は黙ってくすぐり続ける。
「やっ、やっ、だめ、そんなとこ触っちゃダメです! ああぁ~~~~~~!!!」
「……」
「ふえぇっ! やっ、やっ、そこ、弱いんですっ、やっ、またっ、あーっ、あーっ!」
「……」
「いやっ、いやっ、もう無理っ……あぁん、あーっ!」
「……」
「ひゃあああん! あぅん、あっ、あぁん、もぉ、やめてぇ」
「……」
「もう、許じでぐださい……。何でも言うこと聞きますから……あ、あ、あ」
「本当に?」
「はい……」
「わかった」くすぐるのをやめて彼女を解放した。
「はあ、はあ、はあ……」
彼女はしばらくビクビクと痙攣した後、ようやく落ち着いたようだ。しかし、その姿は先ほどとは打って変わってしおらしいものだった。
「ごめんなさい。私が悪かったです」
「わかればいいんだよ」
「はい。それで私はどうすればいいですか?」
「そうだな、まずは名前を教えてくれないか?」
「私はレナです」
「僕は京太。よろしく」
「はい……」
「それじゃあ次は、どうして万引きなんかしたのか教えてくれるかい?」
「はい。実は……おなかが空いてたのです。でもお金を持ってなかったのです」
「そうか……大変だったね」
万引き犯とはいえ、少し可哀想かもしれないと思った。
「あの……ところで、これから私は何をするのでしょうか? 」
「う〜ん、そうだな。とりあえず君には、僕の仲間になって欲しいと思っているんだけどどうかな?」
「仲間に……?」
「うん。そう。嫌かな?」
「いえ……、そういうわけでは。ただ、急に仲間と言われても……」
「大丈夫。すぐに慣れるよ。それに悪いようにはしないから」
「は、はい……」
「じゃあ決まり! 早速行こう!」
「はいっ!」
こうして、新しい仲間が増えた。
……
「京太、その子は?」七海が尋ねる。
「彼女はレナ。さっき万引きしてた子だよ。仲間にしたんだ」
「へぇ、そうなの。まあいいわ」
「彼女は【武器生成】のユニークスキルを持っているんだ。だから武器係を任せようと思うんだ」
「そう、好きにしたら?」
七海は興味なさげに応じる。
シルバーは「それは便利ね。後で5階に行って武器を揃えようと思っていたけど、必要ないかしら?」
と顎に手を当てて考える仕草をする。
「ん~、そうだね、彼女が作れる武器を見て判断しよう」
僕はレナの方を向いた。
「レナ、君はどんな武器を作れるの?」
「はい、なんでも作れます。例えば……」
彼女は手をかざすと、その手に釘バットが現れた。
「おお!すごい!釘バットを作れるなんて!」
釘バットは僕が地球滅亡管理局に入ったときに最初に使った武器だ。この釘バットが無ければ、今の僕は無かっただろう。
「オリジナルよりも装甲破壊力は劣るかもしれません」
僕が解析スキルを発動すると、確かに装甲破壊力が下がっている。それでも十分過ぎるくらい強力な武器だが。
「凄いな。これなら武器は任せても良さそうだ」
「ありがとうございます!」
彼女は嬉しそうに笑った。彼女は笑顔がよく似合う可愛い女の子だ。橙色の髪に薄紫色の瞳、背丈は低く、幼い顔立ちの割に胸は大きく膨らんでいる。服装はパーカーとショートパンツというラフなものだったが、それが彼女の可愛らしさをより際立たせていた。
「準備は整ったわ。そろそろいくわよ」
銀色の髪を揺らしながらシルバーが言った。
僕たちは四人で結晶生命体の討伐に向かうことにした。宇宙船に乗り太陽系外縁部を目指す。
つづく