第32話 地球滅亡管理局
僕はダケサンと賭け碁をすることになった。
「シルバー、レナ、悪いが敵の本拠地を見つけて時限爆弾と地雷の設置を頼む。僕はミレイユを助けないといけない」
「分かったわ」
「了解、キョウタ」
二人はそう答えると、どこかへと消えていった。計画通り、シルバーの【探索】スキルで敵のアジトを探し出し、レナの【武器生成】スキルで爆弾を仕掛けに行くのだろう。
二人を見送った後、ダケサンの方を見ると、彼は鋭い眼光で睨みつけてきた。僕は彼の視線を受け止めつつ、ゆっくりとした足取りで歩いて行く。これから、この男と戦うことになる。果たして勝つことはできるだろうか。
僕はダケサンと向かい合い、碁盤を挟んで彼と対面する形で座った。
「30分切れ負けの早打ちでいいな?」
「ああ、構わない」
「よし……、手番は好きな方を選べ」
「では、先手を貰おう」
僕はそう言って、黒石の入った碁笥を引き寄せた。ダケサンは残った方の碁笥を自分の方に引き寄せる。そして、碁笥の蓋を開けると、互いに礼をして対局が始まった。
「「よろしくお願いします」」
パチッ。
パチン。
パチ。
パチ。…………
パチ。
静かな空間に、碁石を碁盤に置く音だけが響いている。僕もダケサンも一言も喋らない。ただ、黙々と目の前に置かれた黒と白の碁石を見つめていた。今、僕らは真剣に囲碁を打っていた。ミレイユを助けるためにと思って始めた賭け碁であったが、いざ打ってみると、これが中々どうして面白いのだ。
パチ。
パチ。
……
パチ。
パチ。……
パチ。
僕は無言で碁を打ち続けた。
……
……
……
しばらくして勝負所に差し掛かり、ダケサンは口元に手を当てて何かを考えるような仕草をしている。今、彼には二つの選択肢がある。一つは、彼の大模様に侵入した僕の黒石を攻め立てて、その周囲で優位性を築くという選択だ。もしそうなればヨセ勝負になる。先ほどのダケサンとミレイユの対局を見て、彼のヨセの腕前は相当なものだと理解できた。彼はヨセに自信を持っているはずだから少し地合で負けていてもヨセ勝負を選ぶ可能性は高い……。そして、もう一つの選択肢は、侵入した黒石を殺してしまうというものだ。その場合、ダケサンも僕も引き返せない戦いを強いられることになり、どちらもリスクを伴う。ダケサンが僕を殺すつもりで攻めてくる場合、僕はそれを凌ぎきれるだろうか……。
僕は顔を上げて、正面に座っている男の顔を見た。すると、彼もまた、顔を上げており、僕の方を見てニヤリと笑っていた。
「どうやら、お前は予想以上にやるようだな」
「それは、ありがとう」
「だが、残念だったな。俺はこの100階層の支配者であり、最強のプレイヤーだ」
「……100階層の支配者?」
「そうだ。ここは俺たち『鬼神』が支配する場所。つまり、ここで最強の碁打ちが100階層の支配者となるわけさ」
(そうか……、ということは……、もしかして)
僕は心の中で呟くと、ある考えに至った。
「なるほど、じゃあ、その『鬼神』が爆破テロを起こしたのか?」
「そういうことだ」
「そうか」
思いがけず、当初の目的である爆破テロの犯人に出会うことができた。まさか、彼がテロリストのリーダーだとは思わなかった……。彼は僕が驚く姿を見て満足げな表情を浮かべている。
「お前、随分と余裕だな」
「いや、そんなことはないよ……、ただ、その、なぜ爆破テロを起こしたのか、その理由は知りたいと思っただけなんだ……」
「ほう、理由を知りたいか……。まぁ、いいだろう。教えてやる。爆破テロを起こしたのは、俺がこの世界を支配するためだ」
「……支配? どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。俺はこの世界を支配し、タイタンだけでなく、全ての惑星を支配するつもりなんだよ」
「なんのために?」
「決まってんだろ。復讐だよ」
「復讐だと……。一体誰に対してだ」
「地球滅亡管理局だ」
「えっ!?」
「そうだ……、奴らは地球に近づく小惑星の軌道を知っていながらそれに対処せず、人類を絶滅させた……」
(なん……、だと……?地球滅亡管理局が人類を絶滅させた……?)
僕はダケサンの言葉を聞いて、驚きを隠せなかった。彼は今、確かに言った。地球に近づいてくる小惑星を事前に察知しながら、それを防ぐことをしなかったと。ダケサンは僕の様子をじっと見つめていた。彼は僕の反応を待っているようであった。僕はゆっくりと口を開く。
「まさか……、そんな馬鹿な」
「本当さ。だから、俺は決めた。必ず、あいつらに報いを受けさせてみせると」
「……それで、そのために何をするつもりなんだ?」
「まずは、このタイタン全土を手中にする。そして、太陽系や全ての植民惑星を我が物とし、最終的には地球滅亡管理局を征服する。それが、『鬼神』の計画の全てだ」
ダケサンは淡々とした口調で言った。僕は動揺していた。なぜなら、ダケサンの言うことが真実ならば、地球滅亡管理局はとんでもない組織ということになる。鬼神という組織も恐ろしい存在だが、地球滅亡管理局はさらにその上を行っているのだ。僕は何も言わずにダケサンの顔を見つめた。すると、彼は不敵な笑みを浮かべた後に言葉を続ける。
「どうやら、お前は俺のことを勘違いしているようだ。俺はただのテロリストではない。この世界に新たな秩序をもたらす救世主となる男だ」
「……」
「おっと、話し過ぎてしまったな、対局を続けようぜ」
ダケサンはそう言って再び碁盤に視線を落とした。
「難しい局面だが……、ここだな!」
バチーーンッ! !
ダケサンは白石を碁盤に力強く打ち付けた。その音があたりに響き渡る。彼の選んだ手は、完全に僕の黒石を殺しに来ている手であった。一瞬、背筋に冷たいものが走った。しかし、僕は冷静を保つために深く息を吸う。ダケサンの表情を見ると、彼は真剣そのものといった様子だ。僕はふっと息をつく。
(やはり、強いな)
僕はダケサンとの対局を通してそう感じた。彼は日和らない。常に全力で向かってきている。それは、彼の性格なのか、それともこの世界を支配するという野望のためだろうか。いずれにせよ、彼を倒すにはこちらも全開でなければならないと感じた。僕は頭の中で様々な可能性を考える。そして、一つの結論に至った。
(よし、これなら……、行けるかもしれない……)
僕は自分の碁笥から石を一つ取り出し、ダケサンの目を見る。そして叫ぶ。
「これが、神の一手だ!!」
バチーーンッ!!!!
僕は声高々に宣言をした。そして、黒石を取りに来るダケサンの白石を、寧ろ殺しにかかるような一手に打って出たのだった。ダケサンはその動きを見て目を丸くし、そしてニヤリと笑う。
「へぇー……、面白いじゃねぇか。いいだろう、受けて立つぞ」
そう言い放つと、ダケサンは僕の勝負手に対して、一見すると掴み所のない手を打ち付ける。攻めなのか守りなのか、狙いが分からないからこそ怖い。僕の体は緊張と興奮により汗でびしょ濡れになっている。僕はゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。それからダケサンの表情を見た。彼はまるで新しいおもちゃを与えられた子供のように嬉しそうな表情をしている。僕は冷静に思考を巡らせる。
(これは……、罠だ。誘い込まれているんだ……、でも、乗るしかない!!)
「…………っ!!!」
パシーーンッ!
僕は心を決めて、その手を打った。この選択が吉と出るのか凶と出るのか、今の時点では判断がつかない。ただ、今は目の前の相手に集中するだけだ。
「……ほう」
ダケサンは僕の打った手に対して、少し驚いた顔をした。それから、すぐに元の表情に戻ると、今度はダケサンが攻撃を仕掛けてくる。
「いいだろう」
ダケサンは自信ありげな顔で言い、次の一手を放つ。
パシーーンッ!!
(……来た! このタイミングだ!)
僕はそれを待っていたのだ。そして、僕は一気に攻勢に出る。ダケサンの放った一手が、まさに絶好の機会となったのだ。それから僕は迷うことなく、そこに切り込む。
パシーーンッ!!!
「……っ!?」
ダケサンが目を大きく見開いた。
「くっ……、やるな……」
バチーーンッ!!!
僕は彼の応手を確認すると、さらに攻撃の手を強める。
パシーーンッ!!!
「くそっ……、こんなことが……」
バチーーンッ!!!
ダケサンは悔しさを滲ませた声で言った。彼の額からは大量の冷や汗が流れ出ている。僕はその様子を見て、勝利を確信する。
「これで……、終わりだ!」
僕はそう言うと、最後の一撃を打ち込んだ。
バチーーーーーーンッ!!!!!!
「ぐあああぁぁぁぁあッッッッ!!!」
ダケサンは僕の渾身の一手を受けて、悲痛の声を上げた。そして、そのままゆっくりと崩れ落ち、重力に従って地面に倒れた。
ドサッ。
「はぁ、はぁ……。勝った……」
僕は肩で息をしながら、その場に座りこんだ。ダケサンは仰向けになって倒れていた。僕はゆっくりと彼に近づき、彼の体に触れる。彼は動く気配がない。しかし、首元に指を当てると、脈はある。どうやら気を失っているだけのようだ。
「ふぅ、良かった……」
僕は安堵のため息をつく。ダケサンとの対局は終わった。僕が勝てたのは奇跡に近い。いや、運が味方してくれたと言うべきだろうか。
そんなことを考えていると、僕たちの対局を静かに見守っていたミレイユが口を開いた。
「京太、すごいよ!ダケサンに勝つなんて!」
「うん、ありがとう」
「京太って本当に強いんだね!びっくりしちゃった!」
「ま、まあ、それほどでも……あるかな」
僕は照れながら頭を掻いた。僕はダケサンとの対局を通して自分の強さを再確認することができた。そして、同時にダケサンの強さにも触れて、もっと強くならなければならないということも実感したのである。
「ふふっ、京太のお陰で私はもうダケサンの言いなりにならなくて済むわ。それから……、私との賭け……、覚えてる?」
ミレイユはそう言って妖艶な笑みを浮かべた。僕は彼女の言葉を聞いてハッとする。
(そういえば……、僕が勝ったら彼女は僕の言うことを何でも聞くという約束をしていたんだ……)
僕はそのことを思い出し、ゴクリと唾を飲み込む。
(こんな美人なお姉さんが僕の言うことを何でも聞いてくれるのか……、どうしようかな……、何してもらおうか……)
僕はドキドキしながら考える。妄想を膨らませ、ニヤニヤと頬を緩ませる。
(そうだな……、まずは彼女のおっぱいを……、むにゅっと……、それから……、それから……、グヘへ……)
僕は下卑た笑い声を上げる。すると、僕の視線に気付いたミレイユはクスリと笑って言った。
「京太、今、私の胸を見てエッチなこと考えてるでしょ? 顔に出てるよー」
「えっ!? そ、それは……」
僕は慌てて顔を背けた。しかし、時すでに遅しである。
「いいんだよ……」
彼女はそう言って僕の手を取り、自らの胸に押し付ける。
「ちょっ! 」
僕は驚いて手を引っ込めようとするが、彼女が強く握っているため離すことができない。
「いいから……、触りたいんでしょう……?」
「べ、別に……、そういうわけじゃ……」
僕は顔を真っ赤にして否定した。
「嘘つき……」
「うっ……、くっ……!」
僕は何も言えなかった。正直、彼女の柔らかい乳房の感触が気持ちよく、このままずっと揉んでいたいとさえ思ってしまったのだ。
「ほら……、遠慮しないで……、好きなだけ……、いいのよ……?」
「……ッ! 」
僕は我慢できずに、ゆっくりと手を動かして、彼女の柔らかさを確かめるように、優しく撫で回す。
「んっ……」
ミレイユは小さく吐息を漏らすと、体をビクッと震わせた。僕はそれを確認すると、今度は少し力を入れて、より深くまで指を押し込む。
ムニュッ。
「あっ……」
ミレイユは小さな喘ぎ声を漏らした。そして、恥ずかしそうに目を逸らす。僕はそんな彼女を見ていると、なんだかイケナイ気持ちになってしまい、さらに激しく彼女の胸を弄った。
「あんっ……、ちょっと……、激しすぎ……、やんっ!」
「ごめんなさい……、止められないんです……!」
「ひゃっ……」
ミレイユは驚いたような表情で僕の方を見る。僕は構わず彼女の体に触れ続けた。僕は彼女の首筋や鎖骨に沿って指を走らせていく。その度に彼女はピクッと反応を示した。
(すごい……、綺麗だ……)
僕は感動していた。僕に体を許してくれたとはいえ、まだ出会って間もない女性にここまでのことをするのは、倫理的にどうかと思うのだが、それでも、目の前にいる美しい女性のことが愛おしくて仕方がない。もっと触れたいという欲求を抑えることができなかった。
「京太……、そんなところばかり……、ダメだよ……。ちゃんと……、こっちも……見て……?」
そう言ってミレイユは自分の唇に人差し指を当てると、チュッという音を立てた。僕がそちらを見ると、彼女の潤んだ瞳と目が合う。
「ミレイユ……!」
僕は堪らず彼女に抱きつこうとした。その時―――
「京太さん!」
「キョウタ!」
突然、背後から声を掛けられた僕は驚きのあまり跳び上がった。振り返るとそこにはシルバーとレナの姿がある。
「敵の本拠地に爆弾を設置してきたわ。それで、これからどうするの?」
シルバーは真剣な顔で言った。僕はハッとして我に帰ると、慌てて思考回路を再起動させる。
(そうだ……、『鬼神』と名前を聞いたが、この武装集団を倒すことが当初の目的だった……。しかし、そのリーダーであるダケサンを僕が倒したということは、僕がリーダーになる資格があるということだ)
僕はゴクリと唾を飲み込んだ。チラッとシルバーの方を見ると、彼女は僕の視線に気付き、首を傾げる。
「シルバー、レナ、ありがとう……。でも……、実はここで倒れている男が敵のリーダーなんだ……」
僕はそう言って、地面に横たわる男を指差した。すると、シルバーは目を見開いて驚く。
「ええ!? そうなの!?」
「ああ、それから、彼の話によると、ここで最強の碁打ちが100階層の支配者、つまり、『鬼神』のリーダーになるんだ」
「な、なるほど……」
シルバーは納得できない様子だった。無理もない。
「ちょっと考えたんだけど、僕はしばらく100階層の支配者になろうと思う。この世界のことがもう少し分かると思うんだ。それに、ここを支配することで他の組織との繋がりができるかもしれない。そうすれば、何かあった時に助けてもらえるかなって思うんだ」
「それは急ね……」
シルバーは少し驚いているようだったが、すぐに笑顔を見せた。
「分かった! じゃあ、私も協力するわ!」
「キョウタ、私も手伝うよ! 頑張ろうね!」
二人はそう言うと、僕に微笑みかけた。
「うん、二人とも、本当にありがと……」
僕は心の底から感謝した。こんなにも頼れる仲間がいて本当に良かった。
「よし!じゃあ今度は太陽系の外にも進出するぞ!」
僕はそう言うと、気合いを入れるために自分の頬を思いっきり叩いた。パチンという音が響く。そんな僕の様子を見て、シルバーとレナはクスッと笑い声をあげた。
完
完結してみます。つづきは書くかもしれません。




