第28話 暗黒面に堕ちる勿れ
僕はレナの背中をさすりながら、できるだけ優しい声で話しかけた。
「当たり前だろ。絶対に何とかしてやるから心配すんなって」
「……うん……」
彼女は小さくうなずいた。そして、再び顔を埋める。僕は彼女の頭の上に手を乗せ、優しく髪を撫でた。
しばらくすると彼女は顔を上げ、再びこちらを向いた。先程までと違い、その表情からは陰鬱な感情が消えている。そして、少し落ち着いたようだ。僕は安心した。
……さて、これからどうするか……。
おそらくはタイタンに潜む武装集団による犯行だろう。……だが、確証はない。他の組織の存在も視野にいれる必要があるかもしれない。……とにかく情報が足りない。ふとレナを見ると、また考え事をしているような表情を浮かべている。もしかしたら、何か知っていることがあるのかもしれない。僕は思い切って聞いてみた。
「なぁ、レナ……、もしかして何か知ってたりするのか?」
「え?……うん、あのね……」
彼女は言いづらそうにして、一度言葉を切り、唇を噛んで俯く。……そして、意を決したように再び口を開く。
「実は……、アンダーワールドで武器の取り締まりが厳しくなる前に、時限爆弾の注文がたくさん入って……、それで、たくさん作って売ったの……。ニュースで被害の大きさを見ると、たぶん……、私が売ったやつだと思う……」
彼女は悲しげに視線を落とす。僕は彼女の告白を聞き、胸の奥に痛みを覚えた。レナが作った武器が悪用され、そのせいで多くの人が命を落としている可能性があるのだ。……だが、レナは悪くない。悪いのはテロ行為を働いた奴らだ。彼女が武器を売らなかったとしても似たような事件は起こっていたはずだ。……武器規制だけでは根本的な解決にはならない。誰かがテロ行為を起こそうとする限り、同じような悲劇が起きる可能性はあるのだ。
「レナ、お前は何も気に病まなくていいんだぞ。武器を売ろうが売るまいが、原因を解決しない限りテロや犯罪は起こるんだ。それに……」
僕は彼女の肩に手を置き、微笑みかける。
「レナが作った武器で助かった人だっていると思うぞ」
「……え?そうなのかな……」
「ああ、きっとな」
「そっか……」
彼女は僕の言葉を聞いて少し安堵の表情を見せた。そして、僕の目をじっと見つめる。
「ありがとう、キョウタ……」
「いや、お礼なんて言う必要ないって」
僕は照れ隠しに笑った。
「あ、そうだ。……その武装集団がどこにいるか、心当たりはないか?」
「うーん……」
レナは首を傾げる。そして、しばらく考えた後、彼女はゆっくりと話し出した。
「……アンダーワールドの100階層に隠れ家があるっていう噂を聞いたことあるよ」
「100階層?」
「うん、でも、私も100階層には行ったことがないし……、本当かどうかはわからないけど……」
「なるほど……」
僕は思考を巡らせる。……例えば、シルバーを連れてアンダーワールドの100階層に行き、彼女の【探索】スキルで武装集団を見つけてから制圧する、という方法はどうか……。いや……、敵の戦力が分からない以上、軽率な行動はできない。いくらシルバーでも1人で敵全員を相手にするのは厳しいだろう……。では、武装集団を倒すのではなく、彼らの拠点に潜入し、レナが作った時限爆弾を設置してくるのはどうだろうか……。……新たな火種を生むだけに終わる可能性もある。しかし、上手く活用すれば、敵をあぶりだすこともできるかもしれない。たくさんの時限爆弾を設置してから、爆破予告をしてみてもいい……。そうすれば敵も身を潜めているわけにはいかないだろう。毒を以て毒を制すという感じだ。そうと決まれば善は急げである。隠密作戦のため、僕とレナだけでの潜入となる。七海には悪いが事情を説明して、地球での仕事を進めていてもらおう。
「七海……、僕は支度をしてからまたタイタンに向かおうと思う。……だから、その間、七海は僕の仕事を進めておいてほしいんだ。それと、レナに武器をたくさん作ってもらうから、しばらくレナを借りるな」
「え……?また急だね……。危なくない?」
「大丈夫だよ。心配しないで」
僕は彼女を安心させるよう笑いかけた。
「……わかった。気をつけてね」
「ごめんな。なるべく早く終わらせるからさ」
「はいはい。レナちゃん!京ちゃんのことお願いね!」
「うん、任せて!」
レナは笑顔を見せる。
「それじゃあ、私はいつも通り出社するから……、何かあったら連絡してね」
「ああ」
七海は部屋を出ていった。僕は部屋の扉を見つめながら考える。今回の作戦は危険を伴う。だが、必ず成功させなければならない。なぜなら、これはタイタンの人々を救うだけでなく、レナが作った武器がこれ以上悪用されないようにするという意味もあるからだ。
「よし、レナ、それじゃあ作戦を説明する」
「了解」
「まず、僕のスキルについて説明する。僕のスキル【時空転移】は今のところそんなに万能じゃなくて、鮮明にイメージできて心の底から強く行きたいと思う場所にしか転移できないんだ。以前、マキノの浴室に転移したことがあっただろ?」
「あー、そういえば」
「マキノは僕と同じマンションに住んでるから浴室は鮮明にイメージできたし、それに、心の底からマキノの裸姿が見たいと思ったんだ……。それで、マキノが浴室で裸になっている姿を強くイメージしたら、転移することができたんだよ」
「ふむふむ」
「それで、作戦なんだけど……、敵の隠れ家は全く分からないから僕の時空転移で侵入したりすることはできない。だから、まずは【探索】スキルを持つシルバーのところに行こうと思う」
「なるほど。シルバーに探索してもらうのね」
「そういうことだ。僕の予想だと、彼女の【探索】スキルを使って、武装集団の拠点を見つけられるんじゃないかと思ってな」
「たしかに……。シルバーの能力は凄そうだもんね」
「そうだな。それから、彼女のスキルで敵のことが何か分かったら、そこで作戦の決め直しをしよう。……今考えているのは敵の拠点に侵入してからレナの時限爆弾を置いて敵を脅迫する作戦だ」
「オッケー。わかったよ」
「ありがとう……。それじゃあ、レナ……、服を脱いでくれるか?」
「…………」
彼女はジト目で僕を見る。
「いや、誤解だ。変な意味じゃない。僕の【時空転移】でシルバーに会いに行くためだ」
「へぇ〜……」
彼女は疑いの眼差しを向ける。
「本当に違うんだ。信じてくれ。レナが嫌ならやめるけど……。でも、そうすればシルバーのところまで一瞬で移動できるはずなんだ……。すごく便利だと思うぞ」
「本当かなぁ〜」
「本当だって」
「うーん……。まあいっか。脱ぐね」
彼女は躊躇なくパーカーを脱いだ。すると、今日はパーカーの下にインナーを着ていることが分かり、少しだけホッとした。レナも女の子だ。あまり無闇に見せたくはないはずだからな。ストレッチ素材でできた白いインナーの中で、大きな胸が窮屈そうにしている。僕はついその光景に見入ってしまう。そして、彼女は次にショートパンツに手をかけてから、恥ずかしげもなくそれを一気に下ろした。彼女の白いスポーツショーツが露わになる。上下とも体のラインがハッキリと分かるぴっちりとした姿になった。彼女が体を捻るとお尻の割れ目がクッキリと浮かび上がっているのが見えた。僕が内心動揺していると、彼女が話しかけてきた。
「キョウタ……、私って子どもっぽいのかな?……ナナミみたいな恰好のほうがいいの?」
「えっ!? 何の話だ?」
「……えっと……」
「ん……?」
「……今朝……、ナナミと一緒にシャワー浴びてたでしょ……? ……ナナミの変な声……、聞こえてたよ……」
「…………」
僕は焦った。まさか聞かれていたとは思わなかったのだ。
「あ、あれは……、出社まで時間がなかったから七海が勝手に入って来たんだ……。それから七海が変な声を出したのはちょっとした事故だったんだ。七海が急に滑って転んじゃったんだよ……」
「ふぅん……、そうなんだ……」
レナの表情はどこか冷たい感じがする。
「ああ、そうだよ……」
「……嘘だよね」
「…………」
「……でも……、なんか悔しくて……、キョウタ……、私には興味がないのかなって思って……」
「そ、そんなことないぞ!レナにはレナの可愛らしい魅力がたくさんあるじゃないか!」
「ほんとに?」
「ああ……、本当だよ」
「じゃあ……、証明してみせてよ……。私のどこが好きなのか言ってみて」
「……そ、それは……」
僕は言葉に詰まる。
「ほら……、言えないじゃん……。やっぱりキョウタは大人の魅力のあるナナミのことが好きで、私は子どもにしか見えないんでしょ?」
「いや、待ってくれ……。レナにもちゃんと可愛いところがあるし、好きだよ。でも、今は……」
「もういいよ……」
彼女は俯いて悲しそうな顔をする。僕は彼女になんて言えばいいのだろう。わからない。どうすれば正解なのだ。僕には何も思いつかない。
……なんでこっちがこんなに動揺させられてるんだ?そもそも七海が悪いんじゃないか。あいつが一緒にシャワーを浴びようと言ってきたんだ。あれさえなければレナがこんなに気にすることはなかったんだ。それにしても、なぜ僕が追い詰められているんだろう。頭を抱えたくなった。僕は悪くないはずなのに、なぜかとても悪いことをしてしまったような気分だ。
彼女は静かにこちらを見つめていた。僕は彼女の視線に耐えられなくなり顔を背けた。
それから、彼女に背中を向けてから服を脱ぐことにした。……服を脱いでいくと背後からも布擦れの音が聞こえてくる。レナも下着を脱いでいるのだろう。スルリ……と彼女が下着を脱いでいる音が聞こえる。僕は彼女のほうを見ないように注意しながら下着も全て脱ぎ終える。互いの布擦れの音が止み、静寂が訪れた。
……
しばらくすると、レナがこちらに歩いてくる音が聞こえてきた。僕は緊張で体が硬直する。
やがて、彼女は僕のすぐ後ろに立った。すぐ後ろにいる彼女の温度を感じたと思うと、僕のうなじの下のあたりに彼女の吐息がかかった。そして、彼女は僕の首筋に触れるか触れないかの距離で口を開いた。
「ねえ……、キョウタ……、どうして私を見てくれないの?」
「……」
僕は答えられない。どうすればいいのだろうか。……分からない。僕は固まったまま振り向くことができなかった。
「キョウタ……、私ね……、キョウタのことが好きなの……」
「……」
「キョウタがナナミのことを好きだってことは知ってるよ……。でもね……、ナナミと付き合ってても……、ナナミとキスしたり色んなことをしたりしても……、それでも私はキョウタのそばにいたいの……。だからお願い……、ずっと私のそばに居て……」
レナの声は震えていた。きっと泣いているのだと思う。レナが言うように、僕は七海のことが好きだ。そして、レナのことも大切な仲間であり家族だと思っている。僕はどうしたらいいのか分からなくなった。一体どうしたいのだろう。何を求めているのだろう。
……だが頭で考えていても答えは出ない。僕は自分自身の心に向き合った。彼女のことを大切に思っているからこそ、正直な想いを伝えなければならないと思った。そうしなければこれから先も後悔することになると感じたからだ。ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせる。
……
僕は意を決して振り返り、彼女の肩に手を置いて、彼女と向き合った。彼女の顔を見ると、やはり涙を浮かべていた。彼女の目から零れた雫が頬を流れ落ちる。彼女の瞳の中に僕が映っている。その瞳の中の僕はとても頼りなく見える。レナは泣きながら微笑む。そして、ゆっくりと目を閉じた。
僕は彼女を抱きしめた。彼女の温もりを感じて心の底から安心した。
そして、彼女の唇に優しく触れる……
「……ありがとう……、キョウタ……。嬉しい……」
レナは幸せそうだった。
「ごめんな……、レナ……。……僕は七海のことが好きなんだ……。でも、レナのことも大切だよ……」
「うん……、そうだよね……。……わかってるよ……。……だけど……、たまには二人っきりになりたいな……。今みたいに……」
「ああ……、もちろんだよ……」
「約束だよ……」
「ああ……」
「……大好き……」
レナはそう言って再び僕に抱きついてきた。僕はそんな彼女をしっかりと受け止めた。
つづく




